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ペアリングのパーソナライズ <8> 季節感:夏 Part.2
夏を支える 夏を、ただ爽やかで軽い季節としてではなく、開放感と疲労、みずみずしさと濃度が同居する季節の総体として捉えるなら、ワインペアリングに求められる条件も自ずと変わってくる。 ここで考えたいのは、暑さを誤魔化すための冷たさではない。 熱のただ中に置かれた身体と、すでに外へ向かって開いた夏の食材を、ワインがどう支えられるかである。 夏の料理と身体に共通しているのは、涼しさを欲しながらも、単純な軽さだけでは満たされないという点だ。
だから、よく冷えていて、ただ軽ければよいという発想では、季節の実感には届かない。 第一に、夏に適するのは、軽やかで滑らかに流れ、明確なシルエットを保ちながら、必要十分な密度を備えたワインである。 夏の食材は、たしかにみずみずしい。だが、そのみずみずしさは、淡さとは違う。

梁 世柱
6 日前


ペアリングのパーソナライズ <7> 季節感:夏 Part.1
夏をほどく 夏という季節感に向き合うには、まず夏を一つの表情だけで受け取らないことが必要だ。 夏はよく、開放の季節として語られる。 日照は長くなり、空は大きく開き、街も人もどこか外向きになる。 たしかに、それも夏の顔のひとつだ。 けれど、夏をただ明るく、ただ軽快な季節として受け取ると、すぐに見落としが生まれる。 この季節を形づくっているのは、開放感だけではない。 熱の蓄積、湿度の停滞、光の過剰、身体の消耗。 そうしたものまで含めて、夏の輪郭はようやく見えてくる。

梁 世柱
5月22日


ペアリングのパーソナライズ <6> 季節感:春 Part.3
春を飲む 春を花や光の記号としてではなく、揺らぎを含んだ季節の総体として捉えるなら、春のペアリングは、軽やかさを装うことでも、酸や透明性でただ支えることでも終わらない。 そこにさらに問われるのは、香りがどのような陰影を帯びるべきか、そして質感がどのような張力を保つべきかである。 春という季節感に真に寄り添う一本は、最終的にはこの二つの層の向こう側で、その精度を問われる。 第三に、春にふさわしいのは、甘美だが表層的な香りではなく、甘さと苦さが混在する奥行きのある香りである。

梁 世柱
5月8日


ペアリングのパーソナライズ <5> 季節感:春 Part.2
春を支える 春を花や光の記号としてではなく、明るさと不安定さ、軽さへの欲求となお残る鈍さが同居する季節の総体として捉えるなら、ワインペアリングに求められる条件も自ずと変わってくる。 問題は、表層的な春らしさを演出することではない。 立ち上がりの途中にある味や身体感覚を、どのように損なわず支えるかである。 春のペアリングに必要なのは、単純な軽快さではない。 香りが華やかで、口当たりが軽ければよいという発想では、季節の実感に届かない。 第一に、ワインには透明性と抑制が必要である。 春の食材は、山菜の苦味、豆の青み、貝のほのかな塩気のように、立ち上がりの途中にある繊細な味わいを備えている。

梁 世柱
5月2日


ペアリングのパーソナライズ <4> 季節感:春 Part.1
春をほどく 春という季節感へのアプローチは、まず春そのものを見誤らないところから始まる。 春はしばしば、花の季節として語られる。 光はやわらぎ、空気はほどけ、世界は一斉に色づき始める。 たしかにそれは春の一面ではある。 だが、春の本質は、ただ明るく軽やかなことにあるのではない。 むしろ、明るさと不安定さが同時に進んでいく、その頼りなさにこそある。 東アジアの古い季節観は、そのことをよく知っていた。

梁 世柱
4月25日


ペアリングのパーソナライズ <3> 季節感:前段
ペアリング理論がまず提示するものは、正しさである。 完璧に理論武装されたペアリングは、正しすぎるほど正しい。 だが、もし正しさだけで記憶に残るのなら、世界中の食卓はとっくに感動で満ちていなければおかしい。 皿とグラスのあいだで、毎晩のように小さな奇跡が起きていなければつじつまが合わない。 実際には、理屈としては申し分のないペアリングが、ひどく無機質で、どこか空気の通わないものとして感じられることがある。その一方で、どうしても説明しきれない「何か」が、不意に心の奥へ沈み、あとになって静かに浮かび上がってくることもある。 その「何か」を形づくる要素の一つが、季節感である。 厄介で、曖昧だが、四季のある国で生きる人々にとっては、決定的とすら言える要素だ。 気づかぬうちに肌に触れ、呼吸の深さを変え、食べる速度や、飲みたいものの質まで変えてしまうそれは、まるで見えない支配のようなものでもある。

梁 世柱
4月20日


浜焼きとの世界最強ペアリング
私は昔から、生粋の肉好きだ。 だが、最近は正直、少々重く感じるようにもなってきた。 昔はあまりよく分かっていなかった「脂の甘み」とやらの素晴らしさに、せっかく目覚めたというのに、その脂の処理に胃と新陳代謝が追いついてくれないのは、なんとも悲しいものだ。 そんな肉の代替として、私の食生活で主役級となりつつあるのは、魚介類。 アメリカに住んでいた約10年間は、どうしても鮮度の高い魚介類を買うことが難しかったというのも、私が肉食へと強く傾いた理由の一つだが、やはり日本の魚介は抜群に美味い。 そして、マイブームとなりつつある魚介類の食べ方が、魚介版BBQとも言える「浜焼き」である。 浜焼きでも魚は焼くが、主に貝類、甲殻類、そしてイカが浜焼きの主力。 生けすから出したばかりの貝が、網の上で「踊る」姿は、これでもかと食欲を掻き立てるものだ。

梁 世柱
4月12日


天津飯とペアリングチャレンジ
何となくまた、私の町中華熱が再燃している。 そしてなぜかこのマイブームが戻ってくるたびに、好きな料理が変わるのだが、今はもっぱら天津飯だ。 さて、この天津飯、実に謎めいた料理でもある。 中国の直轄市(省と同等の行政区画で、都市の最高位)である天津市を思わせる名前がついていることから、さぞかし伝統的な中国料理と思うかも知れないが、天津飯は「和製中華料理」だ。 一応の起源は、正統な中国料理である「芙蓉蟹」(所謂かに玉)。

梁 世柱
4月6日


ハラミとワインのベストペアリング
近年、牛肉の様々な部位の中でも急速に人気が高まり、もはや主役級とすら言える存在になったのが、ハラミだ。 明治以降、牛肉が普及した日本だが、実はこの時代はまだハラミは食べられていなかった。 転機は第二次世界大戦後。 深刻な食糧難によって、牛の内臓、いわゆるホルモンが流通するようになり、ハラミもその中に含まれるようになった。

梁 世柱
3月29日


ペアリングのパーソナライズ <2>
では、具体的にどのような形で、ペアリングのパーソナライズを行なっていくかを考えていこう。 まず真っ先にすべきことは、自分にとっての「完璧」なペアリングを一旦横に置くことである。 ここで重要なのは、完璧なイメージを完全に捨てるのではなく、最終的にまた戻ってくる可能性がある選択肢として残しておくことだ。 そして、相手の「好み」の範疇から決してはみ出さないアイデアを先に考えてから、必要そうであれば、自らの「完璧」とすり合わせをしていく。

梁 世柱
3月23日


ペアリングのパーソナライズ <1>
SommeTimesでは、週に一本のペースで、長い間ペアリングに関連した記事を投稿してきた。 そして、その内容の全ては、確固たるペアリング理論に基づいた、論理的思考によって構成されてきた。 しかし、ここに一つ、あらゆる論理的攻略の先に、巨大な壁として立ちはだかる、純然たる事実がある。 「ペアリングは、最終的には必ず個人の主観に落ちる。」 である。 単純な言葉に置き換えると、「好き嫌い」だ。

梁 世柱
3月16日


フライドポテトとワインのペアリング相性とは?
熱によって組織が破壊され、スポンジのように油を吸収する。 理屈ではわかっていても、本能が手を動かし続けるのか、それそのものがブラックホールと化しているのか。 フライドポテトという食べ物は、目の前に出てきた瞬間から、ゲームオーバーを告げてくる。 我々はフライドポテトを食べているのではなく、食べきったという既に確定した未来の、リプレイをしているのだ。 悪名高きビールとのコンビネーションアタックだけなら、まだなんとか耐えられるが、チェダーチーズやチリコンカン、スイートチリとクリームチーズのコンボなどで畳み掛けられると、一気に3カウントまでもって行かれてしまう。 この残酷な結果だけから見れば、フライドポテトが酒のつまみとして至高であるのは、どうやら間違いなさそうだが、SommeTimes的には、しっかりと理由まで含めて検証したいところ。

梁 世柱
3月9日


鹿肉とのベストペアリング
昨今は、赤身肉のブームもあってか、レストランで鹿肉を使った料理を目にすることも格段に増えてきた。 私個人的にも、非常に好きな肉類の一つで、ワインとの相性という意味では、牛肉や豚肉以上に楽しい側面があるのも最高だ。 鹿肉もまた、多くのジビエ類と同様に、特有の風味(臭みと呼ぶ人もいるが)を有している。 完璧な血抜きによって、その風味を極限まで抑えること自体は可能だが、私のように「鹿肉らしさ」を愛してやまない人もいる。

梁 世柱
2月23日


鴨葱こそ、クラシックなペアリングが正解
ジビエに属する肉類の中で、日本で最も浸透している食材は、間違いなく鴨肉だ。 そして、鴨肉に合わせるワインとして紹介されることが多いのは、ピノ・ノワールだろう。 しかし、この定番には大きな落とし穴がある。 薄めにスライスした鴨肉ならピノ・ノワールで問題ないのだが、ある程度の厚みを残したカットになると、途端に役不足になるのだ。

梁 世柱
2月9日


タッカンマリとの変幻自在ペアリング
韓国には、実に不思議な立ち位置の料理がある。 タッカンマリだ。 直訳で「鶏一羽」という意味をもち、1960年代頃にソウルの東大門周辺で誕生したとされている、それなりに歴史もある料理なのだが、いかんせん、この料理をそもそも食べたことがある韓国人が、かなり少ないそうなのだ。

梁 世柱
2月2日


山菜はペアリングの難敵
1月や2月。春を待ち焦がれ始める厳冬の時期になると、一足早く春の訪れを告げるかのように、山菜が市場に出回り始める。 この時期の山菜は、多くがハウス栽培ではあるが、天然物(4月頃~)とはまた違った魅力を備えた食材となる。 一般的に冬の山菜は、苦味が控えめで、香りは上品、食感は柔らかい。 むしろ、冬のハウス栽培時期の方が、好き嫌いは別れにくい食材とも言えるだろう。 さて、その山菜なのだが、ペアリングにおいてはかなりの難敵となる。

梁 世柱
1月26日


白子の極上リゾットとのペアリング
今回は、いつもよりも複雑な料理とのペアリングを考えてみよう。 お題は、「白子、トリュフ、生海苔のリゾット」。 主役級の食材が3種入っているが、非常にバランスが良く美味な料理であった。 しかし、このような料理へアプローチする際には、慎重な調整を行う必要がある。

梁 世柱
1月19日


私にとっての不正解なクラシックペアリング
日本のワイン教育において、ペアリングは「クラシック」の例をひたすら学ぶのが通例だ。 超長期間に渡って、その地域同士の郷土料理とワインが同じ食卓に並び続けた結果として、緩やかな「歩み寄り」が生じて、クラシックペアリングが誕生する。 ただしそれは、真に優れたクラシックペアリングの例に限る。 そのような例では、理論的にみても、料理とワインの関係性に、確固たる「理」が生まれているものだ。 しかし実際には、すべてのクラシックが高い完成度に至っているというわけでもない。案外と、適当なものや、こじつけ的なものも多いのだ。

梁 世柱
1月12日


イベリコ豚生ハムとの極上過ぎるペアリング
2026年最初の寄稿は、年末年始に食したものとのペアリングを紹介しよう。 おせちは中華で頼み、それはそれで楽しんだのだが、新年最初の外食で味わったペアリングがあまりにも素晴らしかった。 生ハムと、とある特殊なワインとのペアリングだ。 さて、生ハムと聞いて頭を抱える人は、食の事情をかなり追いかけている人だろう。 実は日本は、家畜の伝染病に関して、(少々行き過ぎとも思えるほど)過敏に反応する国だ。 鳥インフルエンザに感染した鶏が発見され、大規模な「処分」が行われた、というニュースを時折目にしている人も多いのではと思う。 生ハムに話を戻そう。 2022年のイタリア本土で発生したアフリカ豚熱(感染したら致死率100%と言われている。)によって、イタリア産生ハムの輸入が全面的に禁止され、その措置は今でも続いている。 そして、2025年11月末、スペインでアフリカ豚熱に感染した野生の猪が発見され、イタリア産に加えてスペイン産の生ハムも禁輸措置となった。

梁 世柱
1月5日


牛タンとのベストペアリング
焼肉の超定番メニューである牛タン。 カルビ、ロース、ハラミなどは、その時々によって頼んだり頼まなかったりするが、牛タンは必ずオーダーする、という人はなかなかに多いのでは無いだろうか。 一頭の牛から取れる牛タンの量と、消費される量が釣り合っていないため、特定の牛種専門を謳っている店舗でも、牛タンだけは別銘柄(大体は、単純に「国産」などとだけ書かれている)となることも多い。 そして実は、牛タンを積極的に食べる文化がある国は、それほど多くない。

梁 世柱
2025年12月22日
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