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再会 <103> 敬愛の対象
Grace Wine, Cuvée Misawa 2021. 日本の地で、カベルネを用いて赤ワインを造る。 その事実だけを聞けば、ワイン愛好家の中には、すぐに地図を頭の中で折り畳み、別の地図を広げる人々も多いだろう。 ボルドーである。 より正確に言えば、「ボルドーのようなもの」を期待する。 香り、骨格、熟成の気配、優美な古典の舞い。 その期待は理解できる。 世界のワインが長きにわたり、ボルドーという巨大な文法のもとで夢を見てきたことは否定できない。多くの産地にとって、それは憧れであり、規範であり、ときに呪いでもあった。 だが、本物のボルドーがこの世界に変わらず君臨している以上、他の土地がその複写を目指すことには、どこか根本的な空虚感がある。

梁 世柱
4月21日


Wine Memo <39>
Yamazaki Winery, Pinot Noir 2013. 先日の「再会」でドメーヌ・タカヒコのナナツモリ2015年を紹介したが、同じタイミングで飲んだもう一つのワインも、実に刺激的で興味深いものだった。 山崎ワイナリーは、北海道三笠市にある。 山崎ワイナリーのワインからは、かねてから非常に実直で職人気質な性質を感じてきたが、ヴィンテージから13年経過したワインを飲めたのは幸運だった。 北海道のワイン産地といえば、どうしても余市に人気が集中しているし、その後を追う仁木にも勢いがある。

梁 世柱
3月21日


再会 <101> 熟成したジャパン・ナチュラルの旗手
Domaine Takahiko, “Nana-Tsu-Mori” Pinot Noir 2015. 絶対に教えたくないお店。というのが数店舗ある。 大体決まって、最高のワインが熟成された状態でストックしてあるお店、もしくは希少なワインが普通にオンリストされてしまっているお店、だ。 そのようなお店の所在がワイン通にバレてしまうと、限りある在庫が一気に吸い尽くされてしまうし、何より私自身があえて頻繁には訪れないようにしている。 さて、今回の再会は、久々に行った「そういうお店」の一つで起こった。 店内の看板に目を向けた瞬間、固まってしまった。 なんと、ドメーヌ・タカヒコのナナツモリがグラスで出ている。しかも2015年ヴィンテージだ。

梁 世柱
3月18日


出会い <95> 熟度の境界線
Vino della Gatta SAKAKI, 猫なで声 2024. ¥4,200 日本ワインに良く見受けられる問題として、葡萄の熟度不足が挙げられる。 この熟度とは、単純な糖度だけではなく、ポリフェノールなどの総合的な熟度であるため、その品種とその土地の相性も非常に重要となるのだ。 さて、ここで疑問を抱く人もいるかも知れない。 十分な熟度、と熟度が足りない、の境界線はどこにあるのだろうか、と。

梁 世柱
2025年12月9日


出会い <94> 日本ワインの新たな方程式
The Rias Wine, Albarino 凪 2024. ¥3,200 日本における現在進行形のワイナリー設立ブームには、不安を覚える側面も多くあるが、希望の光も同時に多く見えている。 その最たる光とは、フランス系国際品種偏重からの脱却だ。 そもそも、ヨーロッパの中には、日本のワイン産地と気候条件がある程度近しい産地が、フランス以外にそれなりにある(むしろ、フランスの中にはあまり無い。)のだが、1980年代以降の日本ワインの発展は、実質的にフランス系品種に支配されてきた。 醸造用ブドウは、ちゃんと熟してこそ、真に意味性をもつ。 適していないテロワールで無理やり育てられ、結果としてしっかりと熟していない葡萄から造られた、密度が極端に低く薄いワインに、「日本らしさ」という言い訳を覆い被せるのは、実にナンセンスだと私は常々主張してきた。

梁 世柱
2025年11月25日


出会い <91> 北海道で華開くドイツ系品種
山田堂, Yoichi Blanc 2024. ¥2,800 寒冷地である北海道が、1970年代からドイツ・オーストリア系品種に目をつけたのは、英断だった。 1976年のパリスの審判をきっかけに、世界各地で爆発的にフランス系国際品種が広まることになったのだが、その大波が本格化する前に、ミュラー=トゥルガウ、ケルナー、バッカス、ツヴァイゲルト(レーベ)などの葡萄が北海道に導入されたのは、運命のいたずら、とすら言えるのかも知れない。 パリスの審判から、ロバート・パーカーJrの台頭という一連の流れの中で、2010年代に入るまでは、パワー型ワインの全盛期となったため、繊細な北海道のドイツ・オーストリア系ワインがセールスに苦しんだことは想像に難くないが、耐え忍んだだけの価値はあったと、私は思う。

梁 世柱
2025年10月14日


出会い <89> 無添加甲州の可能性
Kitani Wine, 甲州 キュヴェ・タカシ 2023. ¥2,800 日本が誇る地品種(厳密に言うと中国からの渡来品種ではあるが)である甲州は、まだまだ完成系と言える姿を示していないと、私は考えている。 中央葡萄酒(Grace)の三澤甲州(旧キュヴェ三澤 明野甲州)のように、逸脱した領域に踏み込み始めたワインも登場してきてはいるが、それでもまだ、甲州という葡萄はあらゆる進化の可能性を残しているのではないだろうか。 映画「ウスケボーイズ」のモデルとなった人物としても知られるシャトー・メルシャン元工場長の浅井昭吾(ペンネーム:麻井宇介)氏が、フランス・ロワール地方のミュスカデから着想を得た、甲州にシュール・リー製法を用いるという手法を、1985年に他の日本ワイナリーへ公開して以降、そのスタイルは確かに現代に至るまで甲州ワインの地盤を固めているが、まだまだ見えていない「その先」があるはずなのだ。

梁 世柱
2025年9月10日


再会 <89> 正規価格なら、世界最高レベル
Terre de Ciel, Raisin Chardonnay 2024. ¥3,400 市場原理とは、ワインの世界においてなんとも憎らしいものだ。 特定のワインに人気が集中し、需要とバランスの供給が崩れ始めると、入手困難→抽選販売(もしくはかなり重い抱き合わせ販売)→二次市場での価格高騰、というお決まりのパターンを辿る。 しかし、こういう現象が起こった際に、私は造り手が蔵出し価格を上げること自体は、手放しで大歓迎している。 二次市場価格が高騰してしまうほどの人気を得るということは、並大抵の努力で実現できることではない。

梁 世柱
2025年9月3日


出会い <88> 食用ブドウのデザートワイン
ひるぜんワイン, 岡山 ピオーネ 2023. ¥2,300 飲食店に行く醍醐味の一つは、「発見」にあると私は思う。 料理そのものが美味しいか、自分の好みに合うかどうか、という発見ももちろんだが、ワイン人としては、飲み物面での発見に、心踊らされるのは当然のことだろう。 特に、普段の私なら選ばないようなものや、そもそもレーダーにすらかかっていなかったものと出会うと、その飲食店での体験は、深く記憶に刻まれることとなる。

梁 世柱
2025年8月27日


リスキー過ぎる生ワイン
ジャーナリストとして、深く首を傾げるワインと出会った時、そのことに言及すべきかどうかは、実に悩ましい問題だ。 失敗は誰にでもある。 どれだけ熟達した造り手でも、人間である以上は、時に間違った選択をしてしまうことも、当然あるのだ。 そう思っているからこそ、私は基本的には、静観という立場を取るようにしているのだが、事態の重さ次第では、やはり書くべきではないか、と思い立つこともある。 今回は、そのケースに該当すると思っていただきたい。

梁 世柱
2025年7月19日


出会い <79> デラウェアに見る、根付くことの意味
Agri-Coeur, Dela Logique 2023. ¥5,500 ハイブリッドという言葉を聞いた時、一般的にはどういう印象を抱くだろうか? 現代的、先進的、最新技術。 おそらく、そのようなフレーズが並ぶだろう。 しかし、ワインの世界においては、真逆とも言えるイメージがついて回る。 そう、ワイン用葡萄におけるハイブリッドは、ヨーロッパの伝統的なワイン用葡萄であるヴィティス・ヴィニフェラ種よりも遥かに劣る、という定評が完全に固まっているのだ。

梁 世柱
2025年4月7日


Wine Memo <30>
Tsukuba Winery, Twin Peaks Marselan 2022. ¥4,900 温暖化を見据えて、ボルドーを名乗れる品種として新たに認可された6種の葡萄。 黒葡萄は、マルスラン、トゥリガ・ナシオナル、カステット、アリナルノア。 白葡萄は、アルヴァリーニョとリリオリラ。 トゥリガ・ナシオナルとアルヴァリーニョは比較的良く知られた品種だが、その他はかなりマイナー。 黒葡萄のカステットは元々ボルドー近辺の絶滅危惧種。マルスランとアリナルノアは交配品種。白葡萄のリリオリラも交配品種だ。

梁 世柱
2024年11月23日


Wine Memo <28>
金井醸造場, Vino da Manriki+Tenjin 朝焼2020. 今から約12年前、私がまだNYにいた頃の話だが、当時は現在でいう「オレンジワイン」の解釈がまだまだ固まっていなかった。 オレンジワインという言葉自体は徐々に浸透してきていたものの、その時代においては、ジョージアとゴリツィア周辺(イタリアとスロヴェニアの国境地帯)のワインのみがオレンジワイン(もしくはアンバーワイン)とみなされていたし、醸し発酵白ワイン(skin fermented white wine)という通称も現役だった。 さらにややこしかったのは、グリ葡萄を使用したオレンジワイン。 フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州の銘醸、La CastelladaがリリースしたPinot Grigio(グリ系葡萄であるピノ・グリージオに、長期のマセレーションを施したワイン)は、NYのマーケットでも大きな衝撃と共に、流行に敏感なソムリエたちの話題を独占していたが、あくまでも同州の伝統的なワインであるRamato(偶発的にマセレーションが長期化したことによって誕生した、非常に淡い

梁 世柱
2024年9月6日


再会 <66> 北海道生まれ、最高のVin de Soif
Domaine Ichi, op.10 Petillant Naturel Rosé 2023. Vin de Soif(ヴァン・ド・ソワフ)という言葉に明確な定義があるわけでないが、一般的には、フレッシュかつフルーティーで、アルコール濃度が低く、極めてドリンカビリティに長けたワインのことを指す。 ワンフレーズで言い表すなら、「超グビグビ系ワイン」、といったところだろうか。 グビグビ、はサラサラでもスルスルでもゴクゴクでも構わない。どちらにしても、似たようなものだ。 この言葉自体がナチュラルワインを示唆しているわけでもないのだが、低亜硫酸醸造の方が、Vin de Soifらしい性質を遥かに実現しやすいというのもあり、実際にはナチュラルと呼べるカテゴリー内に入っていることが非常に多い。 そんなVin de Soifは、私にとって極めて重要な役割をもったワインである。

梁 世柱
2024年8月18日


再会 <61> ネクスト・ステージ
Botanical Life, vin-shu plus rouge 1 ~terra~ 2022. ¥3,800 良いところも、そうとは言い切れないところも含めて、ワインに対して全面的に正直であることは、私がジャーナリストとして何よりも大切にしているポリシーだ。 そのワインの良い部分だけを探そう、というアイデア自体を否定しているわけではないが、建前とお世辞を並べただけの上っ面な賞賛は、少なくともジャーナリズムではないと私は思う。 しかし、状況によっては、ある程度譲歩せざるを得なくなることも確かにある。 記事化が確定している訪問先のワインに、疑問符が多く付いてしまった時などは、まさにそうだ。 そのような経験はいくつか思いあたるが、(後悔という意味で)最も印象に残っているのは、兵庫県にあるBotanical Lifeでの出来事。

梁 世柱
2024年5月26日


再会 <59> どこまでも心地よい北海道ピノ
10R winery, 上幌ワイン “風” 2022. 好適品種がどうかの判断はとても難しい。 数値的に何か明確な指標があるわけでもないので、「葡萄がちゃんと熟す」という基準そのものが、実に曖昧なのだ。 私自身がその判断を行う際は、以下の4要素を基本的な考慮対象としている。 ・フェノールの熟度(不必要に未熟な味わいが生じていないかどうか) ・ミッドパレットの充実度(スカスカの味わいになっていないかどうか) ・果実味と酸とアルコール濃度のバランス(この判断が一番主観的となるだろうか) ・余韻の長さ(短く弱い余韻はあまり良くない) また、収量とその安定性、農薬への依存度といった味わい以外の要素も、現代では考慮対象とするのがスタンダードとなりつつある。

梁 世柱
2024年4月21日


Wine Memo <22>
安心院ワイン, 小公子 2021. ¥3,920 同じ言葉と文化を話す同朋として、もちろん日本ワインの発展を心から願っている。 しかし、その想いと、ワインに対する評価は明確に切り離すべきだと私は思う。 少なくとも、私のようなプロフェッショナル側の立場であれば。 私にとって日本は、世界に数多くあるワイン産地の一つであり、それ以上でも以下でもない。 日本ワイン愛好家には冷たいと思われるだろうし、実際に良くそう言われもするが、色眼鏡をかけまくって、自信満々で日本ワインを海外の専門家に紹介した結果、微妙な反応が返ってきた時なんかは、なんとも行き場のない気持ちになるものだ。 新興産地としてワイン産業が発展しつつある国のソムリエやジャーナリストと話をしても、明確な根拠なく自国のワインを褒め称えることは稀である。 彼らは皆、自国で形成されつつあるワイン文化が、すでに世界的な銘醸地として知られている伝統国と比べてどれほどのレベルに至っているかを、実に冷静に見極めているのだ。

梁 世柱
2024年4月4日


再会 <47> 魂に染みるワイン
Beau Paysage “Kurahara le bois” 2014. 正直に言おう。 私がSommeTimesで「再会」のシリーズを書き始めてから、このワインをテーマとする機会は幾度となくあった。 それでも第47回目の投稿まで時間がかかったのは、単純に気乗りがしなかったからだ。 その理由もいくつかある。 このワインに対する私と世間の評価には、大きな隔たりがあると感じてきたこと。 このワインに対する私の正直な意見に、不快感を覚える人が少なからずいるであろうこと。 このワインを神聖視する人たち対して、私の真意が正しく届くことは決してないのではないか、と心のどこかで思ってきたこと。 気乗りがしない、と言う状況は今もさして変わらないが、海外のワインメーカーたちと、このワインを一緒に飲む機会が最近あったので、勢いに任せて、意を決した形だ。 さて、まずは誤解を恐れず、単刀直入に書こう。 私はこのワイン、つまり日本ワインの中でも最も希少価値が高いものの一つとされるBeau Paysageに対して、ある種の畏敬の念を抱き続けてきたが、美味しいワインだとも、

梁 世柱
2023年10月15日


Wine Memo <10>
Ito Farm, Hanamusubi Petillant 2022. 私は物持ちがかなり良い方だ。 特に、家具や家電を壊れてもいないのに買い替えることには、かなり抵抗がある。 日本に戻ってきてから10年が過ぎたが、今ある家具や家電のほとんどが、一度も買い替えられることなく(壊れた洗濯機を除く)、元気に役割を果たしている。 趣味のギター関連機材に至っては、20年以上使い続けているものも数多くある。 大豪邸に住んでいるわけでも、倉庫があるわけでも無いので、何か大きな物を買う時は、以前にあったものを捨てねばならない。 もちろん、過去には捨てたこともあるのだが、その捨てられたものがどこへ行ってどのように処理されるのか、と考えると、どうにも自分の行いが正しいと思えなくなってしまうのだ。 現代風に良く言えばSDGs、昔風に悪く言えば貧乏くさい考え方だが、私は「捨てない」方が心地良い。 同じ目線で、ワインのことを見るのもまた面白かったりする。

梁 世柱
2023年8月10日


Wine Memo <9>
domaine tetta, Bonbons Colorés 2021. その個性は、消すべきか、活かすべきか。 個性を研ぎ澄ました先にあるオリジナリティか、平均化の成れの果てとしての999/1000か。 人間社会に当てはめると、実にリアルな問題として浮かび上がってくるこのテーマは、ワインの世界でも、ようやくまともに議論がされるようになったのではないだろうか。 そして、その議論の構造もまた、人間社会と酷似している。 個性を尊重する社会に!(品種やテロワールの個性を大切に!)と声高に叫びながらも、現実での個性派は生きづらさ(売りやすさ、分かりやすさ)という呪縛から逃げきれていない。

梁 世柱
2023年7月11日
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