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再会 <116> リースリングの頂が、ファルツにもある
A. Christmann, Riesling Idig GG 2024 世界最高峰の白葡萄を一つ選べと言われたら、私はほとんど迷わずリースリングを選ぶ。 もちろん、シャルドネの偉大さは十分に知っている。 ソーヴィニヨン・ブランにも、他では代え難い魅力がある。 それでも、私はリースリングを推す。 酸の精度、果実の純度、テロワールの表現力、そして途方もない熟成能力。 これほど多くの要素を、これほど高い次元で成立させられる白葡萄は、そう多くない。 そして、その真価を知ろうとするなら、やはりドイツを避けて通ることはできないだろう。 モーゼルの険しい斜面。 ラインガウの堂々たる風格。 この二つの産地は、ドイツのリースリングを語るうえで、歴史的にも象徴的にも特別な地位を占めてきた。 では、ファルツはどうだろう。

梁 世柱
5 時間前


出会い <115> サルデーニャのヌラグス
Pala, Milleluci Sardegna Nuragus di Cagliari 2024 イタリアワインの面白さを語るとき、地品種はどうしても外せない。 サンジョヴェーゼ、ネッビオーロといった有名品種だけでも、十分に奥深い。 だが、少し視線を外してみると、そこには名前すら聞いたことのないような葡萄が、呆れるほどたくさん存在する。 世界的な名声を得たわけでもない。 国際市場で高値が付くわけでもない。 それでも、その土地で何世代にもわたって栽培され、時には絶滅に瀕しながらも、人々の日常と寄り添うように生き残ってきた。 こうしたマイナー地品種の中には、時折、驚くほど魅力的なワインが隠れている。

梁 世柱
10月25日


再会 <115> クラシック・オレンジ
La Castellada, Ribolla Gialla 2018 オレンジワインは、もう珍しい存在ではなくなった。 かつては一部の愛好家や、ナチュラルワインを専門とする店でしか出会えなかったものが、今では世界各地で造られ、白でも赤でもロゼでもない、独立したカテゴリーとして認識されるようになった。 ジョージア、イタリア、スロヴェニアを代表格とするオールドワールド各国。 そして、日本すらも含む、世界各地のニューワールドワイン産出国。 造り手とそれぞれの文化的背景が増えれば、当然ながら解釈も増える。 軽快でフルーティーなもの。 和紅茶のようなタンニンを持つもの。 濃密で、酸化的で、強烈な存在感を放つもの。 これほど表現の幅が広がったということは、カテゴリーとしての成熟も意味するのだから、大いに歓迎すべきだ。

梁 世柱
10月18日


出会い <114> 掘り出し物の極上スパークリング
Mas Bertran, Argila Vinyes Velles de Xarel·lo 2013 スパークリングワインの世界で、カヴァほど「安いのにちゃんとしている」という評価に長く縛られてきた存在も、そう多くない。 瓶内二次発酵。 長い澱熟成。 伝統品種。 愚直なほど真面目に造られているのに、シャンパーニュと並べられた瞬間、価格は急に現実的になる。 消費者にとってはありがたい話だが、造り手にとっては、ずいぶん複雑だろう。 実際、カヴァは長く大量生産と低価格のイメージを背負ってきた。

梁 世柱
10月11日


再会 <114> アルバリーニョが未来を担う
Domaine Sogga, Albariño 2025 日本ワインのラベルに、アルバリーニョの名を見かけることが、もう珍しくなくなってきた。 もちろん、その始まりを語るなら、新潟ワインコーストは避けて通れない。 日本はどこにいっても結局、ワイン用葡萄の栽培地としては、多雨多湿の範疇にある。 生育期や収穫期に雨が集中することは、年間降雨量の数字以上に大きなデメリットにもなる。 そんな葡萄にとって決して楽ではない環境で、試験栽培された数多くの品種から、アルバリーニョが結果を残した。

梁 世柱
10月3日


出会い <113> ウルバリーニョ
Viñedo & Bodega Bouza, Albariño 2024. ウルグアイワインと聞けば、まずタナが思い浮かぶ。 いや、むしろタナしか思い浮かばない、というのが正直なところだ。 ウルグアイを代表する葡萄として、「ウルタナ」の愛称で呼ばれることもあるほど、あまりにも強く定着しているのだから、まぁ仕方はないだろう。 だが、現在のウルグアイをタナだけで理解しようとすると、かなり重要なものを見落とすことになるのかもしれない。 ウルグアイで造られたアルバリーニョを初めて飲んだ瞬間、私はそう説得された気がしたのだ。

梁 世柱
9月27日


再会 <113> ナチュラルワインとテロワール
Odinstal, Riesling Herxheimer Himmelreich GG 2024. ナチュラルワインを語る時、私たちはついつい、造り手や造り方の話に夢中になる。 自由な発想。 自然と歩むライフスタイル。 髭とタトゥ。 野生酵母。 低亜硫酸。 アンフォラ。 もちろん、それらはワインを楽しむ上で、大切な要素になり得るものだ。 だが、ときどき思う。 肝心の畑は、どこへ行ったのだろうか、と。 ナチュラルワインという大きな言葉の中に入った瞬間、それまでワインの世界が長い時間をかけて議論してきた、テロワール、そして畑の優劣という概念が無視されてしまうことがある。

梁 世柱
9月20日


出会い <112> 信頼のマーク
Fioretti Brera, Arghilos 2022. ワインの世界には、大小様々な生産者団体がある。 その団体が何を志しているのか。 そして、その厳格さと覚悟がどこまで実体を伴っているのか。 そこによって、生産者団体が正直全く意味をなさないこともあれば、その逆もまたある。 例えば、私がイタリアワインにVignaioli Indipendentiのマークを見た時、それはかなり高い確率で後者として機能する。 つまり、信頼の入口になる。

梁 世柱
9月13日


再会 <112> 壊れたナチュラルワイン
Jérôme Jouret, Java 2021. どこまで行っても私はワイン愛好家だ。 残念な思いをしたからといって、そのワインを完全に見捨てるということは基本的にしない。 よくなっているかも知れない、という願いを込めて再訪することは、決して珍しくないのだ。 ただし、それは私があくまでも飲み手だから、と言えるのかも知れない。 例えばワインバーが、あるボトルを数年間寝かせるとする。 このワインには、時間が必要かもしれない。 予測と願いを背負いながら、ボトルはセラーの一角に置かれ、季節を越え、ヴィンテージを越え、誰かに開けられる日を待つ。 ワインバーにとって、それは単なる保管ではない。 スペースを使い、資金を寝かせる。 そして何より、そのボトルをいつ、誰に、どんな文脈で出すのかという判断を背負う。 だからこそ、数年を経て開けられたワインが、一時間ともたず壊れていく光景には、なかなか厳しいものがある。

梁 世柱
9月5日


出会い <111> Think outside the box.
Luna Piena, Primavera 2024. 日本ワインの面白さは、時に、全く想定外の場所からやってくる。 国際品種への挑戦。 甲州やMBAの進化。 あるいは、生食用葡萄や山葡萄系品種の可能性。 そうした分かりやすいテーマは、もちろん重要だ。 比較できる対象が多いから、価値判断がしやすいのも良い。 だが、その「比べる相手」がほとんどいないワインの場合はどうだろうか。

梁 世柱
8月29日


再会 <111> ハイプのリアル
Tony Bornard, Le Ginglet 2022. 嫌な予感ほど、よく当たるという。 それが、経験則に基づいた「予測」なのであれば、なおさらのことだろう。 Tony BornardのLe Ginglet 2022を久しぶりに開けた時、抜栓直後の香りそのものは、この地でこの葡萄でこの造り方をしたからこそ立ち現れる、いわゆる「薄ウマ系赤」の魅力に満ちていた。 無添加ナチュラルワインにしばしば見られる、少し不穏な揺らぎはあったが、まだ決定的に壊れているわけではなかった。 だが、舌の奥に、嫌な影があった。 私は同伴者につぶやくように告げた。 「これは、30分以内に飲み切った方がいい。」 もちろん、そんなことは言いたくない。 ワインを前にして、タイマーをセットするような飲み方は、正直あまり美しいとは思えない。

梁 世柱
8月23日


出会い <110> 牧歌的なマイナー産地ワイン
Keltis, Sivi Pinot 2020. シーンの最先端に立っているワインバーへ行き、ソムリエにセレクトを委ね、近い経験値で語れる仲間たちと飲む。 発見と検証が、同じ瞬間に高い密度で揃うのだから、これほど効率の良い学びはなかなか無い。 定期的にどこかで集まる海外の仲間たちとの時間には、非日常的な充実があるものだ。 今回紹介するワインは、ウィーンでの「そういう場」に現れた一本。 スロヴェニアのKeltisが造るSivi Pinotである。 オレンジワインという言葉が、ずいぶん気軽に使われるようになって、かなり時が経った。 白葡萄を醸造する際に、マセレーションと初期発酵を同時進行させる。 製法的にはオレンジワインの核心的要素だが、世間はむしろ、オレンジ色をしたワインという誤解の方ばかりを気にしている。 もちろん、入口としてはそれでもいいのだが、扉の向こう側で見た世界を素直に受け入れないと、迷い人のまま成長しない。

梁 世柱
8月15日


再会 <110> 褪せない輝き
Elio Altare, Langhe Arborina 2005. 10年以上の時を経て、久しぶりに再会したワインは、以前とは違う顔をしている。 いつまでも変わらない若々しさ、なんてものを求める方が、冷静に考えればどうかしている。 ワインはボトルの中で年を取る。 こちらも、その間に少々年を取る。 味覚は変わり、時に衰え、興味の居所が変わることもある。 かつて心を奪われた輝きが、再会の瞬間にそのまま残っているなんて期待は、やめておいた方がいい。 それでも、ときどき不思議なことが起きる。 少し峠を過ぎていてもなお、褪せない輝き。 そんな矛盾に、出会うことはある。

梁 世柱
8月8日


出会い <109> 日本ワインの特異点
奥出雲ワイン, 小公子 Unwooded 2025. 日本の地品種とされる文脈で語られる葡萄の中で、私が最も高く評価しているのは、小公子である。 これはあくまで私の主観だ。 だが、その主観を、今回ばかりはあまり引っ込めるつもりがない。 日本ワインは今、「日本らしさ」という言葉に真正面から向き合っている。 淡い。 軽い。 繊細。 寄り添う。 日本という国が紡いできた、独特の美意識。 アイデンティティの確立において、これほど重要な意味を持つものもないだろう。 実際に、その方角にしか現れない美しさが、確かにある。 ただし、すべてをその言葉で包んでしまうと、見えなくなるものもある。

梁 世柱
8月1日


再会 <109> 問いの先へ
Domaine Hase, Pino Fan Rouge Z 2021-2022. 日本市場には、ブルゴーニュファンが非常に多い。 ワインに深く入り込んだ人間なら、一度はその森に迷い込んだことがあるだろう。 ヴォーヌ・ロマネの名を聞けば襟元を正し、シャンボール・ミュジニーという音の響きだけで、まだ飲んでもいないワインに心を持っていかれる。 その中心にいる葡萄が、ピノ・ノワールだ。 だから日本でも、ピノ・ノワールは特別な憧れを背負ってきた。 ブルゴーニュとは違う、日本独自のピノ・ノワールを夢見て、冷涼産地の可能性と繊細でエレガントな赤ワインを結んだ。 言葉にすれば、美しい。 だが、畑は言葉ほど優しくなかった。

梁 世柱
7月25日


出会い <108> 良いテーブルワイン
山田堂, Bulles 2025. 北海道余市の新世代を語る時、どうしてもスター生産者の系譜や、ピノ・ノワールの可能性や、日本ワインの未来といった大きな言葉を使いたくなる。 だが、それはまるで同調圧力のように、造り手に重くのしかかってしまうことなのかもしれない。 偉大なワインではなく、良いテーブルワインで構わないじゃないか。 そう言えるだけの余白を、私たちは持っていた方がいいのだろう。 もちろん両者は、似ているようで少し違う。

梁 世柱
7月18日


再会 <108> 超現代的リースリング
Weingut Hermann Dönnhoff, Niederhäuser Klamm Riesling Kabinett 2022. トレンドは、一直線には進まない。 ある方向へ勢いよく進み、やがて飽和する。 すると、人々は突然その価値に疑問を抱き始める。 あまりにも使い回された「絶対」は、やがて退屈に変わる。 だから流行は揺り戻す。 しかし、その揺り戻しは、単なる逆走ではない。 過去へ戻るように見えて、実際には少し違う場所へ着地している。 一度獲得した知識や技術、美意識を身体のどこかに残したまま、かつての価値をもう一度見直す。 だから、二度目に現れる「昔」は、最初の昔とは別物だ。

梁 世柱
7月11日


出会い <107> 地場ワインの特設ステージ
Garofoli, Verdicchio dei Castelli di Jesi Classico Superiore “Serra Fiorese” 2021 長い年月、食卓を共にしてきた、同郷のワインと食を組み合わせる。 クラシックペアリングの大原則がもつ魅力は、美食的完成度だけではない。 郷土ペアリングという強固な文脈は、時に、ややマイナーなワインにさえ、強い光を当てる。 何かのきっかけがなければ、強い興味も関心も持たなかったかも知れないようなワインが、当たり前のように目の前にある。 そういう状況を、簡単に生み出すことができてしまうのだ。

梁 世柱
7月5日


再会 <107> プレミアムカジュアルという違和感
Domaine Atsushi Suzuki, Passetoutgrain 2019. 現在、北海道余市において、Domaine Takahikoに次ぐスター生産者は?と問われると、多くの人がこの名を挙げるだろう。 Domaine Atsushi Suzuki。 北海道余市町登町に拠点を置く小規模ワイナリーで、造り手は鈴木淳之。 Domaine Takahikoで研修を積んだのち、2010年代半ばに独立した。 畑と醸造の規模は大きくないが、その経歴と、注目度の高い余市という産地性も相まって、日本ワイン愛好家の間では早くから注目されてきた存在だ。 畑は余市町登町にあり、ケルナー、ツヴァイゲルト、ミュラー・トゥルガウ、ピノ・ノワールなどを栽培している。 冷涼な気候を背景に、力強さよりも調和を重視したワイン造りが特徴的だ。 醸造所には、かつてリンゴの貯蔵庫として使われていた札幌軟石の石蔵を改装した建物が用いられており、余市という土地の農業的な背景ともつながりを持つワイナリーである。

梁 世柱
6月27日


出会い <106> 名声の中に
Ramiro Ibáñez, UBE Caserío de Miraflores Alta 2024 ここ十数年、スペインワインの地図はずいぶん忙しくなった。 かつてはリオハ、リベラ・デル・ドゥエロ、プリオラート、リアス・バイシャスあたりを押さえておけば、ひとまず話が通じた。 だが今はそう簡単ではない。 世界を驚かせたビエルソの赤、地中海の熱と野性を抱えたカタルーニャ、高標高と古木が生むグレドスの赤、火山島が育む強烈な個性をまとったカナリア諸島。 次々と新たなスター産地候補が、スマッシュヒット的に登場している。 しかし、日本ではまだ話題になりきっていない、隠れた存在が一つある。 アンダルシアだ。

梁 世柱
6月20日
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