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出会い <109> 日本ワインの特異点
奥出雲ワイン, 小公子 Unwooded 2025. 日本の地品種とされる文脈で語られる葡萄の中で、私が最も高く評価しているのは、小公子である。 これはあくまで私の主観だ。 だが、その主観を、今回ばかりはあまり引っ込めるつもりがない。 日本ワインは今、「日本らしさ」という言葉に真正面から向き合っている。 淡い。 軽い。 繊細。 寄り添う。 日本という国が紡いできた、独特の美意識。 アイデンティティの確立において、これほど重要な意味を持つものもないだろう。 実際に、その方角にしか現れない美しさが、確かにある。 ただし、すべてをその言葉で包んでしまうと、見えなくなるものもある。

梁 世柱
2 日前


再会 <109> 問いの先へ
Domaine Hase, Pino Fan Rouge Z 2021-2022. 日本市場には、ブルゴーニュファンが非常に多い。 ワインに深く入り込んだ人間なら、一度はその森に迷い込んだことがあるだろう。 ヴォーヌ・ロマネの名を聞けば襟元を正し、シャンボール・ミュジニーという音の響きだけで、まだ飲んでもいないワインに心を持っていかれる。 その中心にいる葡萄が、ピノ・ノワールだ。 だから日本でも、ピノ・ノワールは特別な憧れを背負ってきた。 ブルゴーニュとは違う、日本独自のピノ・ノワールを夢見て、冷涼産地の可能性と繊細でエレガントな赤ワインを結んだ。 言葉にすれば、美しい。 だが、畑は言葉ほど優しくなかった。

梁 世柱
7月25日


出会い <108> 良いテーブルワイン
山田堂, Bulles 2025. 北海道余市の新世代を語る時、どうしてもスター生産者の系譜や、ピノ・ノワールの可能性や、日本ワインの未来といった大きな言葉を使いたくなる。 だが、それはまるで同調圧力のように、造り手に重くのしかかってしまうことなのかもしれない。 偉大なワインではなく、良いテーブルワインで構わないじゃないか。 そう言えるだけの余白を、私たちは持っていた方がいいのだろう。 もちろん両者は、似ているようで少し違う。

梁 世柱
7月18日


再会 <108> 超現代的リースリング
Weingut Hermann Dönnhoff, Niederhäuser Klamm Riesling Kabinett 2022. トレンドは、一直線には進まない。 ある方向へ勢いよく進み、やがて飽和する。 すると、人々は突然その価値に疑問を抱き始める。 あまりにも使い回された「絶対」は、やがて退屈に変わる。 だから流行は揺り戻す。 しかし、その揺り戻しは、単なる逆走ではない。 過去へ戻るように見えて、実際には少し違う場所へ着地している。 一度獲得した知識や技術、美意識を身体のどこかに残したまま、かつての価値をもう一度見直す。 だから、二度目に現れる「昔」は、最初の昔とは別物だ。

梁 世柱
7月11日


出会い <107> 地場ワインの特設ステージ
Garofoli, Verdicchio dei Castelli di Jesi Classico Superiore “Serra Fiorese” 2021 長い年月、食卓を共にしてきた、同郷のワインと食を組み合わせる。 クラシックペアリングの大原則がもつ魅力は、美食的完成度だけではない。 郷土ペアリングという強固な文脈は、時に、ややマイナーなワインにさえ、強い光を当てる。 何かのきっかけがなければ、強い興味も関心も持たなかったかも知れないようなワインが、当たり前のように目の前にある。 そういう状況を、簡単に生み出すことができてしまうのだ。

梁 世柱
7月5日


再会 <107> プレミアムカジュアルという違和感
Domaine Atsushi Suzuki, Passetoutgrain 2019. 現在、北海道余市において、Domaine Takahikoに次ぐスター生産者は?と問われると、多くの人がこの名を挙げるだろう。 Domaine Atsushi Suzuki。 北海道余市町登町に拠点を置く小規模ワイナリーで、造り手は鈴木淳之。 Domaine Takahikoで研修を積んだのち、2010年代半ばに独立した。 畑と醸造の規模は大きくないが、その経歴と、注目度の高い余市という産地性も相まって、日本ワイン愛好家の間では早くから注目されてきた存在だ。 畑は余市町登町にあり、ケルナー、ツヴァイゲルト、ミュラー・トゥルガウ、ピノ・ノワールなどを栽培している。 冷涼な気候を背景に、力強さよりも調和を重視したワイン造りが特徴的だ。 醸造所には、かつてリンゴの貯蔵庫として使われていた札幌軟石の石蔵を改装した建物が用いられており、余市という土地の農業的な背景ともつながりを持つワイナリーである。

梁 世柱
6月27日


出会い <106> 名声の中に
Ramiro Ibáñez, UBE Caserío de Miraflores Alta 2024 ここ十数年、スペインワインの地図はずいぶん忙しくなった。 かつてはリオハ、リベラ・デル・ドゥエロ、プリオラート、リアス・バイシャスあたりを押さえておけば、ひとまず話が通じた。 だが今はそう簡単ではない。 世界を驚かせたビエルソの赤、地中海の熱と野性を抱えたカタルーニャ、高標高と古木が生むグレドスの赤、火山島が育む強烈な個性をまとったカナリア諸島。 次々と新たなスター産地候補が、スマッシュヒット的に登場している。 しかし、日本ではまだ話題になりきっていない、隠れた存在が一つある。 アンダルシアだ。

梁 世柱
6月20日


高級ビールを嗜む <5> West Coast Brewing
日本は、豊かなビール文化を育んできた国だ。 だから、ビールにおける「日本らしさ」そのものを否定するつもりはない。 暑い日に、よく冷えたラガーを喉へ流し込む。 焼き鳥の煙に混じる脂の香り、枝豆の表面でざらつく塩、仕事を終え、食事へと入る瞬間を整えるための一杯。 あの速度、あの潔さには、確かに日本の生活と深く結びついた美しさがある。 ただ、今回はそういうビールの話ではない。

梁 世柱
6月14日


再会 <106> 躍動するフルミント
Anita & Hans Nittnaus, Furmint Ried Tannenberg 2024. 葡萄の越境を考えるとき、私たちはたいてい、一つのわかりやすい物語を想像する。
有名産地の葡萄が、まだ名の知られていない土地へ渡っていく。
マイナーな産地が、メジャーな産地の言語を借りる。
シャルドネを植えればブルゴーニュの旋律が鳴り、カベルネを植えれば、どこかボルドーめいた低音が響く。
もちろん、現実はもう少し複雑だが、ワインの入口に立つ人々を引き寄せるには、それだけで十分なわかりやすさを持っている。 しかし、その逆は、あまり想定されない。
つまり、名高い土地の葡萄が無名の土地へ渡るのではなく、周縁に置かれていた葡萄が、いま注目される産地へ入り込み、その土地の新しい表現を作り始めるという動きである。
しかもそれは、単なる移植ではない。
かつて国境の両側にあった記憶を、現在のワインとして読み直す行為でもある。

梁 世柱
6月7日


ワイナリー訪問記 <2> Prager, in Wachau Austria
アポイントまで少し時間が空いたので、適当にサンドウィッチを頬張ったあと、ドナウ川のほとりにあったベンチに寝転がった。 空は大きく、川は静かだった。 観光客の声も、車の音も、ここではずいぶん薄まっていく。 自分がここへ何をしに来たのかさえ、一瞬だけ曖昧になる。 出所のわからない感傷があった。 旅の疲れかもしれない。 午前中に終えた訪問の余韻かもしれない。 あるいは、Wachauという土地が持つ長い時間に、こちらの境目が少し溶け出していたのかもしれない。 川面に砕けた光が、水晶の欠片のように輝いていた。 この日訪れたのは、Wachauを代表する名ワイナリーの一つ、Pragerである。

梁 世柱
5月26日


再会 <105> 回収された未完了
Edi Keber, Collio 2023. 以前、イタリア北東部、フリウリ・ヴェネツィア=ジュリア州とスロヴェニアの国境にある町、ゴリツィアを訪れた時、どうしても果たせなかったアポイントメントが一つあった。 クリスティアン・ケベル。 オレンジワイン復興の地を、単なる過去の聖域としてではなく、現在進行形の土地としてもう一段押し上げている次世代の中でも、彼は間違いなくリーダー格の一人である。 しかし、旅には、ときどき非常に現実的な難題が現れる。 葡萄畑の話でもなく、醸造哲学の話でもなく、ただの移動時間だ。

梁 世柱
5月23日


出会い <104> オーストリアの本命ピノ・ノワール
Landauer-Gisperg, Pinot Noir Ried Schönkirchen 2021. 聖地ブルゴーニュがあまりにも高騰した現在、オールドワールドの「妙」を諦めきれない愛好家たちは、ヨーロッパ中でピノ・ノワールの捜索願を出している。 もちろん、これは優雅な旅ではない。 赤い果実が華やかに香り、酸が細く長く伸び、タンニンが絹のようにほどけ、なおかつ値札を見て軽い目眩で済むワインを探す。 それは、現代ワイン愛好家に課された新たな巡礼である。 現時点で、「目的地」の筆頭として名が挙がることが多いのは、やはりドイツだろう。

梁 世柱
5月17日


ワイナリー訪問記 <1> Martin & Melanie Muthenthaler in Wachau, Austria.
これまで、ワイナリーを訪問した際のレポートは、各産地の特集記事に組み込む形で公開してきましたが、今回から、(特にすでに特集記事を組んだことがある産地に関しては)レビューカテゴリーの中で「ワイナリー訪問記」として分離します。 産地を知ることは、地図を広げて俯瞰する仕事である。 一方で、ワイナリー訪問は、地図に足を置く仕事だ。 同じWachauと書かれていても、Loibenの光とSpitzer Grabenの冷気は違う。 同じRieslingと書かれていても、ドナウ川のほとりで育つものと、森へ向かって谷が細くなっていく場所で育つものでは、背筋の伸び方が違う。 その真理を五感で知るために、私は時に不便なところでも、迷いなく足を運ぶ。 車を運転しない私は、海外でワイナリーを訪問する際も、可能な限り公共交通機関で移動する。 ワイン産地において、車を持たない人間は、ときどき文明の外側に置かれる。 タクシーは走っていない。バスは来ない。電車は、こちらの都合など当然知らない。 それでも私は、この不便さをそこまで嫌っていない。 便利すぎる移動は、土地を素早く通過さ

梁 世柱
5月15日


再会 <104> 約束の言葉
Savage, Chenin Blanc “not tonight josephine” 2022. *本稿は、一年半以上前に一度抜栓し、再栓して冷蔵庫に置いていたワインとの、印象深い再会をもとに書いています。Savageは南アフリカの醸造家ダンカン・サヴェージが率いるワイナリーで、この希少なキュヴェは南アフリカ最古のマスカット・アレハンドリアから造られた、至極のデザートワインです。 時間は、まっすぐ進むものだと私たちは思っている。 朝が来て、夜が降りる。 その繰り返しの先で、季節は移ろい、約束は古び、熱を持っていたものは少しずつ冷めていく。 最初の驚きも、その夜にしかなかった空気も、手の中にあった確かな感触も、進むほどに遠ざかる。 前へ進むことは、失うことでもある。 振り返れば、過去は小さくなっている。 あのときの光はもうなく、誰かの声も、部屋の明るさも、窓の外の暗さも、記憶の奥で静かに形を変えている。 人はそれを、懐かしさと呼ぶ。 美しい言葉だ。 けれどその美しさの中には、もう戻れないものを、せめて柔らかく包もうとする諦めが混じっている。

梁 世柱
5月10日


再会 <103> 敬愛の対象
Grace Wine, Cuvée Misawa 2021. 日本の地で、カベルネを用いて赤ワインを造る。 その事実だけを聞けば、ワイン愛好家の中には、すぐに地図を頭の中で折り畳み、別の地図を広げる人々も多いだろう。 ボルドーである。 より正確に言えば、「ボルドーのようなもの」を期待する。 香り、骨格、熟成の気配、優美な古典の舞い。 その期待は理解できる。 世界のワインが長きにわたり、ボルドーという巨大な文法のもとで夢を見てきたことは否定できない。多くの産地にとって、それは憧れであり、規範であり、ときに呪いでもあった。 だが、本物のボルドーがこの世界に変わらず君臨している以上、他の土地がその複写を目指すことには、どこか根本的な空虚感がある。

梁 世柱
4月21日


高級ビールを嗜む <4> Teenage Brewing
酒はカルチャーである。 そして、ホンモノのカルチャーは境界線を越えて、人の心に響く。 埼玉県ときがわ町にあるクラフトビール醸造所、Teenage Brewing。 クラフトビールにはめっぽううるさい私の心を、強烈に捉えた。 日本国内産ビールでは、Humans Beer以来の衝撃だったと言っても良いだろう。 「自由で現代的なアプローチで新しい驚きと記憶を創る一杯。」 Teenage Brewingは、ただ美味しいビールを造ろうとしているのではなく、「心が動く体験」という、「その先」を最初から思想に組み込んでいる。

梁 世柱
4月19日


出会い <102> 銘醸地の共通チャレンジ
Tiberini, Maturato 2024. 現在、世界各国の銘醸地、特に赤ワインで名高い産地において、白ワインへの挑戦という共通する変化が起きている。 背景にあるのは、気候変動によるアルコール濃度の高止まりと、食のライト化に伴う「重たいワインの人気低迷」だ。 伝統が深く根ざしている産地であればあるほど、変化を受け入れることは容易ではないはずだが、それでも多くの産地が前を向いているのは、素晴らしいことだと思う。 ただし、その挑戦はまだまだ日の目を見ていないのが現実だ。

梁 世柱
4月7日


再会 <102> 熟成プレスティージュシャンパーニュ
Louis Roederer, Cristal 2002. シャンパーニュはワインだ。 当たり前のことなのだが、シャンパーニュがワインであるという前提を忘れると、扱い方を間違ってしまうことがある。 特に、慎重になるべきなのは、熟成に関して。 シャンパーニュには様々なタイプ/カテゴリーがあるが、ポテンシャルに基づいて、ブルゴーニュ方式で大枠の整理をすると以下のようになる。

梁 世柱
3月31日


Not a wine review <8> 内モンゴルのミルク酒
またまた、私の探究心をこれでもかと刺激してくる珍酒に出会った。 乳酒だ。 中国の内陸部やモンゴルには、家畜の乳から造った伝統的な酒があることは知っていたが、当然日本でそう簡単に見かけるものでは無いので、これまで味わうことはできずにいた。 実は、乳酒は日本とも不思議な関係性がある。 あの国民的ドリンクである、「カルピス」の原型だとされているのだ。

梁 世柱
3月28日


出会い <101> 見落としていた名ワイン
Poderi Sanguineto I e II, Vino Nobile di Montepulciano Riserva 2021. 特定の産地に対して、本当の意味で専門性を高めるために、どうしても必須となる環境がある。 それは、同産地のワインを、ヴィンテージなどの諸条件を相当程度揃えた上で、大量に、一気に比較テイスティングできる環境だ。 正確かつ深い座学と、ごく小規模であっても条件を揃えた比較テイスティングを何度も何度も繰り返せば、高水準の専門性に至ること自体は可能だが、時間もコストもかなりかかってしまうだろう。 どちらにしても、数多くのワインを、限定されたいくつかの「線」に乗せてテイスティングすることが大切で、逆にいうとそれ以外の形式でのテイスティングは、全てが「点」になって、コンテクストの整合性と正確性がどうしても犠牲になる。

梁 世柱
3月24日
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