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再会 <106> 躍動するフルミント
Anita & Hans Nittnaus, Furmint Ried Tannenberg 2024. 葡萄の越境を考えるとき、私たちはたいてい、一つのわかりやすい物語を想像する。
有名産地の葡萄が、まだ名の知られていない土地へ渡っていく。
マイナーな産地が、メジャーな産地の言語を借りる。
シャルドネを植えればブルゴーニュの旋律が鳴り、カベルネを植えれば、どこかボルドーめいた低音が響く。
もちろん、現実はもう少し複雑だが、ワインの入口に立つ人々を引き寄せるには、それだけで十分なわかりやすさを持っている。 しかし、その逆は、あまり想定されない。
つまり、名高い土地の葡萄が無名の土地へ渡るのではなく、周縁に置かれていた葡萄が、いま注目される産地へ入り込み、その土地の新しい表現を作り始めるという動きである。
しかもそれは、単なる移植ではない。
かつて国境の両側にあった記憶を、現在のワインとして読み直す行為でもある。

梁 世柱
6月7日


ペアリングのパーソナライズ <9> 季節感:夏 Part.3
夏を飲む 夏を、ただ爽やかさの記号としてではなく、開放感と疲労、みずみずしさと濃度が同居する季節の総体として捉えるなら、ワインペアリングは、質感や酸の設計だけで完結するものではない。 まだ見なければならない論点がある。 香りは、どのような印象を残すべきか。 そして、飲み込んだあとに何が待っていると良いのか。 Part.3で見ていきたいのは、その二つだ。 第三に、夏にふさわしいのは、熱を少し霧散させるような爽やかさを持ちながら、なおかつ酸の気配を伴った香りである。

梁 世柱
6月5日


樽風味は時代遅れなのか
新樽の風味を濃厚に効かせたワインが、少しずつ時代の中心から遠ざかっている。 かつては紛れもない高級感の証だった。 ヴァニラ、トースト、チョコレート、甘いスパイス。 熟した果実にそれらを重ね、滑らかに溶かし込み、隙のない一体感へ仕上げることは、ひとつの完成された美の形だった。 だが、時の流れと共に、飲み手の感覚は変わる。 透明感。 軽やかさ。 テロワールの声。 飲み疲れしない優しさ。 そうした言葉が価値を持ち始めると、かつての豪華さは、ときに受容しがたい重さへ変わる。 では、樽そのものが時代遅れになったのか。 そうではない。 ここで興味深い証明として立ち上がるのが、古典的なリオハである。

梁 世柱
6月3日


SommeTimes’ Académie <142>(イタリア・マルケ州4:et cetra)
VerdicchioとConeroの外側で覚える、五つのD.O.C.G./D.O.C. マルケ州を学ぶとき、まず中心になるのは白の Verdicchio、そしてMontepulciano主体の Conero です。
ただし、マルケ州には、他にも魅力的なワインたちがあります。
ここでは、Verdicchio系、Conero系の外側で覚えておきたい五つの産地を見ていきます。 Offida D.O.C.G. 南部マルケの土着白と赤をまとめる場所 主な品種:Pecorino、Passerina、Montepulciano
ワインタイプ:白、赤
地域:マルケ州南部、アスコリ・ピチェーノ周辺
D.O.C.G.昇格年:2011年 Offida D.O.C.G.は、南部マルケを理解するうえで重要な呼称です。 ここで覚えたいのは、ひとつのD.O.C.G.の中に、白と赤の両方の柱があること。
白では Pecorino と Passerina。
赤では Montepulciano が中心になります。 Pecorinoは、酸と厚みをもちやすい白

梁 世柱
6月2日


出会い <105> ハプスブルクの残響
3/4 -Tři Čtvrtě , Frankovka 2023. 現在、中東欧において、ワイン産出国として十分に成立する規模を持ちながら、日本のワイン学習の標準的な地図から、ほとんど抜け落ちている国がある。 チェコである。 チェコと聞いて、最初にワインを思い浮かべる人は多くないだろう。
プラハの美しい中世の街並み。歴史を刻んできた石畳。極上のビール。
そのあたりで大体想像力は満杯になる。 だが、謎に包まれているように見えるものほど、視点を少しずらすと、案外あっさり実像が見えてくるものだ。 チェコワインを理解する上で、最初に押さえるべき事実は単純だ。
チェコにおけるワイン用葡萄畑の大部分(約96%)は、南モラヴィアに集中している。 つまり、チェコワインを語るとは、ほとんどの場合、南モラヴィアを語ることに近い。

梁 世柱
5月30日


ペアリングのパーソナライズ <8> 季節感:夏 Part.2
夏を支える 夏を、ただ爽やかで軽い季節としてではなく、開放感と疲労、みずみずしさと濃度が同居する季節の総体として捉えるなら、ワインペアリングに求められる条件も自ずと変わってくる。 ここで考えたいのは、暑さを誤魔化すための冷たさではない。 熱のただ中に置かれた身体と、すでに外へ向かって開いた夏の食材を、ワインがどう支えられるかである。 夏の料理と身体に共通しているのは、涼しさを欲しながらも、単純な軽さだけでは満たされないという点だ。
だから、よく冷えていて、ただ軽ければよいという発想では、季節の実感には届かない。 第一に、夏に適するのは、軽やかで滑らかに流れ、明確なシルエットを保ちながら、必要十分な密度を備えたワインである。 夏の食材は、たしかにみずみずしい。だが、そのみずみずしさは、淡さとは違う。

梁 世柱
5月29日


ワイナリー訪問記 <2> Prager, in Wachau Austria
アポイントまで少し時間が空いたので、適当にサンドウィッチを頬張ったあと、ドナウ川のほとりにあったベンチに寝転がった。 空は大きく、川は静かだった。 観光客の声も、車の音も、ここではずいぶん薄まっていく。 自分がここへ何をしに来たのかさえ、一瞬だけ曖昧になる。 出所のわからない感傷があった。 旅の疲れかもしれない。 午前中に終えた訪問の余韻かもしれない。 あるいは、Wachauという土地が持つ長い時間に、こちらの境目が少し溶け出していたのかもしれない。 川面に砕けた光が、水晶の欠片のように輝いていた。 この日訪れたのは、Wachauを代表する名ワイナリーの一つ、Pragerである。

梁 世柱
5月26日


再会 <105> 回収された未完了
Edi Keber, Collio 2023. 以前、イタリア北東部、フリウリ・ヴェネツィア=ジュリア州とスロヴェニアの国境にある町、ゴリツィアを訪れた時、どうしても果たせなかったアポイントメントが一つあった。 クリスティアン・ケベル。 オレンジワイン復興の地を、単なる過去の聖域としてではなく、現在進行形の土地としてもう一段押し上げている次世代の中でも、彼は間違いなくリーダー格の一人である。 しかし、旅には、ときどき非常に現実的な難題が現れる。 葡萄畑の話でもなく、醸造哲学の話でもなく、ただの移動時間だ。

梁 世柱
5月23日


ペアリングのパーソナライズ <7> 季節感:夏 Part.1
夏をほどく 夏という季節感に向き合うには、まず夏を一つの表情だけで受け取らないことが必要だ。 夏はよく、開放の季節として語られる。 日照は長くなり、空は大きく開き、街も人もどこか外向きになる。 たしかに、それも夏の顔のひとつだ。 けれど、夏をただ明るく、ただ軽快な季節として受け取ると、すぐに見落としが生まれる。 この季節を形づくっているのは、開放感だけではない。 熱の蓄積、湿度の停滞、光の過剰、身体の消耗。 そうしたものまで含めて、夏の輪郭はようやく見えてくる。

梁 世柱
5月22日


ナチュラルワイン:その自由は、どこで育ったか(期間限定無料公開)
ナチュラルワインを語るとき、私たちはしばしば、クラシックワインとは別の言語を使おうとする。 エネルギーがある。 生命力がある。 揺らぎがある。 身体に馴染む。 整えすぎたワインにはない、剥き出しの説得力がある。 たしかに、そういうナチュラルワインは数多く存在する。 グラスに注いだ瞬間、産地名、格付け、熟成ポテンシャルといった言葉を一度脇へ押しやり、飲み手の感覚へ直接触れてくるワイン。 果実、酸、タンニン、アルコールといった要素へ分解される前に、一つの動きとして身体にするりと入ってくるワイン。 ナチュラルワインがワインの世界にもたらした功績の一つは、この種の感受性を、無視できないものとして差し出したことだと思う。 だが、新しい言葉が必要だったことと、新しい言葉だけでワインの価値を説明できることは違う。 ここを取り違えると、ナチュラルワインを取り巻く話は急に危うさを帯びてくる。 クラシックワインの世界では、品質はいくつかの基本条件と結びつけて考えられてきた。 どの畑か。 その畑は、本当に優れているのか。 そこに植えられた葡萄は、その土地に適しているの

梁 世柱
5月21日


SommeTimes’ Académie <141>(イタリア・マルケ州3: Conero)
アドリア海に迫る山が育てる、Montepulcianoのもう一つの表情 Rosso ConeroとCònero D.O.C.G.で知る、マルケの赤 マルケ州のワインを学ぶとき、まず名前が挙がるのは白のVerdicchioです。 しかし、マルケを白ワインの州としてだけ見ると、この土地のもう一つの重要な側面を見落とします。 それが、Conero です。 Coneroは、アドリア海に面したアンコーナ周辺で造られる、Montepulciano主体の赤ワイン。 同じMontepulcianoでも、アブルッツォだけでなく、マルケにも重要な表現があります。 アドリア海を望む丘陵。 Monte Conero周辺の地形。 そして、赤ワインとしての熟成力。 ここでは、Montepulcianoの果実味に加え、厚み、スパイス感、タンニン、引き締まった余韻が重要になります。

梁 世柱
5月21日


出会い <104> オーストリアの本命ピノ・ノワール
Landauer-Gisperg, Pinot Noir Ried Schönkirchen 2021. 聖地ブルゴーニュがあまりにも高騰した現在、オールドワールドの「妙」を諦めきれない愛好家たちは、ヨーロッパ中でピノ・ノワールの捜索願を出している。 もちろん、これは優雅な旅ではない。 赤い果実が華やかに香り、酸が細く長く伸び、タンニンが絹のようにほどけ、なおかつ値札を見て軽い目眩で済むワインを探す。 それは、現代ワイン愛好家に課された新たな巡礼である。 現時点で、「目的地」の筆頭として名が挙がることが多いのは、やはりドイツだろう。

梁 世柱
5月17日


ワイナリー訪問記 <1> Martin & Melanie Muthenthaler in Wachau, Austria.
これまで、ワイナリーを訪問した際のレポートは、各産地の特集記事に組み込む形で公開してきましたが、今回から、(特にすでに特集記事を組んだことがある産地に関しては)レビューカテゴリーの中で「ワイナリー訪問記」として分離します。 産地を知ることは、地図を広げて俯瞰する仕事である。 一方で、ワイナリー訪問は、地図に足を置く仕事だ。 同じWachauと書かれていても、Loibenの光とSpitzer Grabenの冷気は違う。 同じRieslingと書かれていても、ドナウ川のほとりで育つものと、森へ向かって谷が細くなっていく場所で育つものでは、背筋の伸び方が違う。 その真理を五感で知るために、私は時に不便なところでも、迷いなく足を運ぶ。 車を運転しない私は、海外でワイナリーを訪問する際も、可能な限り公共交通機関で移動する。 ワイン産地において、車を持たない人間は、ときどき文明の外側に置かれる。 タクシーは走っていない。バスは来ない。電車は、こちらの都合など当然知らない。 それでも私は、この不便さをそこまで嫌っていない。 便利すぎる移動は、土地を素早く通過さ

梁 世柱
5月15日


改善という静かな破壊
レトロな町中華は、完璧だから愛されているわけではない。 むしろ、完璧ではないことを、客の側もどこかで引き受けている。 少し色褪せた食品サンプル。 油の染みたカウンター。 貼り紙の端がめくれた壁。 炒飯は日によってわずかに揺れ、スープには最新の味覚設計ではなく、何十年も同じ寸胴の前に立ってきた時間が沈んでいる。 そこに点数をつけることはできる。 だが、それを前面に出した瞬間、ラーメンの湯気より先に、こちらの無粋さが立ちのぼるだろう。 評価が存在しないのではない。 ただ、評価を露出させすぎないという、ささやかで、どこか慎ましい作法があるのだ。 「もっと良くなってほしい」よりも、「どうかこのままでいてほしい」。 改善よりも保存。 最適化よりも郷愁。 そこでは、変わらないことが怠慢ではなく、個性の最後の防波堤になる。

梁 世柱
5月13日


SommeTimes’ Académie <140>(イタリア・マルケ州2: Verdicchio後編)
山に抱かれた小谷のVerdicchio 後編:Matelicaで知る、内陸の白ワインの緊張感 前編では、アドリア海側へ開いた丘陵地帯のVerdicchioとして、Verdicchio dei Castelli di Jesi D.O.C. と、その上位カテゴリーである Castelli di Jesi Verdicchio Riserva D.O.C.G. を見てきました。 Verdicchioは、柑橘、白い花、青リンゴ、ハーブ、アーモンドのようなほろ苦さを持つ白葡萄。 しかし、その味わいは産地によって変わります。 海側へ開いた丘陵では、果実味と親しみやすさが前に出やすく、内陸の谷では、酸、密度、余韻の緊張感が見えやすくなります。 後編では、その内陸側の表情を担う Verdicchio di Matelica を見ていきます。 Verdicchio di Matelica D.O.C. 内陸の谷が生む、引き締まったVerdicchio 葡萄品種:Verdicchio 85%以上 ワインタイプ:白、スプマンテ、Passito 地域:マルケ州マチ

梁 世柱
5月12日


再会 <104> 約束の言葉
Savage, Chenin Blanc “not tonight josephine” 2022. *本稿は、一年半以上前に一度抜栓し、再栓して冷蔵庫に置いていたワインとの、印象深い再会をもとに書いています。Savageは南アフリカの醸造家ダンカン・サヴェージが率いるワイナリーで、この希少なキュヴェは南アフリカ最古のマスカット・アレハンドリアから造られた、至極のデザートワインです。 時間は、まっすぐ進むものだと私たちは思っている。 朝が来て、夜が降りる。 その繰り返しの先で、季節は移ろい、約束は古び、熱を持っていたものは少しずつ冷めていく。 最初の驚きも、その夜にしかなかった空気も、手の中にあった確かな感触も、進むほどに遠ざかる。 前へ進むことは、失うことでもある。 振り返れば、過去は小さくなっている。 あのときの光はもうなく、誰かの声も、部屋の明るさも、窓の外の暗さも、記憶の奥で静かに形を変えている。 人はそれを、懐かしさと呼ぶ。 美しい言葉だ。 けれどその美しさの中には、もう戻れないものを、せめて柔らかく包もうとする諦めが混じっている。

梁 世柱
5月10日


ペアリングのパーソナライズ <6> 季節感:春 Part.3
春を飲む 春を花や光の記号としてではなく、揺らぎを含んだ季節の総体として捉えるなら、春のペアリングは、軽やかさを装うことでも、酸や透明性でただ支えることでも終わらない。 そこにさらに問われるのは、香りがどのような陰影を帯びるべきか、そして質感がどのような張力を保つべきかである。 春という季節感に真に寄り添う一本は、最終的にはこの二つの層の向こう側で、その精度を問われる。 第三に、春にふさわしいのは、甘美だが表層的な香りではなく、甘さと苦さが混在する奥行きのある香りである。

梁 世柱
5月8日


「飲みやすい」は褒め言葉か
ワインを前にして、私たちはしばしば「飲みやすい」と言う。 悪い言葉ではない。 むしろ、実によくできた言葉である。 角がなく、誰も傷つけず、場を乱さない。 ソムリエはうなずき、同席者は安心し、ワインはとりあえず無事に食卓を通過する。 だが、便利すぎる言葉は、たいてい多くのディテールを削り落としたあとに残る。

梁 世柱
5月6日


SommeTimes’ Académie <139>(イタリア・マルケ州1: Verdicchio前編)
海へ開く丘から始めるVerdicchio 前編:Castelli di Jesiで知る、マルケ白ワインの基本 マルケ州を代表する白ワインといえば、真っ先に名前が挙がるのが Verdicchioです。 Verdicchioは、柑橘、白い花、青リンゴ、ハーブ、アーモンドのようなほろ苦さを持つ白葡萄。 爽やかに飲める一方で、酸と苦味に支えられた芯があり、造り方や産地によっては熟成にも耐える力を持ちます。 この品種を理解するうえで中心になるのが、二つの産地です。 Verdicchio dei Castelli di Jesi D.O.C. Verdicchio di Matelica D.O.C. さらに、それぞれのRiservaはD.O.C.G.として独立しています。 Castelli di Jesi Verdicchio Riserva D.O.C.G. Verdicchio di Matelica Riserva D.O.C.G. つまりVerdicchio系は、まず 無印版はD.O.C.、熟成型のRiservaはD.O.C.G. と整理すると分か

梁 世柱
5月5日
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