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ワイナリー訪問記 <2> Prager, in Wachau Austria
アポイントまで少し時間が空いたので、適当にサンドウィッチを頬張ったあと、ドナウ川のほとりにあったベンチに寝転がった。 空は大きく、川は静かだった。 観光客の声も、車の音も、ここではずいぶん薄まっていく。 自分がここへ何をしに来たのかさえ、一瞬だけ曖昧になる。 出所のわからない感傷があった。 旅の疲れかもしれない。 午前中に終えた訪問の余韻かもしれない。 あるいは、Wachauという土地が持つ長い時間に、こちらの境目が少し溶け出していたのかもしれない。 川面に砕けた光が、水晶の欠片のように輝いていた。 この日訪れたのは、Wachauを代表する名ワイナリーの一つ、Pragerである。

梁 世柱
3 日前


再会 <105> 回収された未完了
Edi Keber, Collio 2023. 以前、イタリア北東部、フリウリ・ヴェネツィア=ジュリア州とスロヴェニアの国境にある町、ゴリツィアを訪れた時、どうしても果たせなかったアポイントメントが一つあった。 クリスティアン・ケベル。 オレンジワイン復興の地を、単なる過去の聖域としてではなく、現在進行形の土地としてもう一段押し上げている次世代の中でも、彼は間違いなくリーダー格の一人である。 しかし、旅には、ときどき非常に現実的な難題が現れる。 葡萄畑の話でもなく、醸造哲学の話でもなく、ただの移動時間だ。

梁 世柱
6 日前


ペアリングのパーソナライズ <7> 季節感:夏 Part.1
夏をほどく 夏という季節感に向き合うには、まず夏を一つの表情だけで受け取らないことが必要だ。 夏はよく、開放の季節として語られる。 日照は長くなり、空は大きく開き、街も人もどこか外向きになる。 たしかに、それも夏の顔のひとつだ。 けれど、夏をただ明るく、ただ軽快な季節として受け取ると、すぐに見落としが生まれる。 この季節を形づくっているのは、開放感だけではない。 熱の蓄積、湿度の停滞、光の過剰、身体の消耗。 そうしたものまで含めて、夏の輪郭はようやく見えてくる。

梁 世柱
7 日前


ナチュラルワイン:その自由は、どこで育ったか(期間限定無料公開)
ナチュラルワインを語るとき、私たちはしばしば、クラシックワインとは別の言語を使おうとする。 エネルギーがある。 生命力がある。 揺らぎがある。 身体に馴染む。 整えすぎたワインにはない、剥き出しの説得力がある。 たしかに、そういうナチュラルワインは数多く存在する。 グラスに注いだ瞬間、産地名、格付け、熟成ポテンシャルといった言葉を一度脇へ押しやり、飲み手の感覚へ直接触れてくるワイン。 果実、酸、タンニン、アルコールといった要素へ分解される前に、一つの動きとして身体にするりと入ってくるワイン。 ナチュラルワインがワインの世界にもたらした功績の一つは、この種の感受性を、無視できないものとして差し出したことだと思う。 だが、新しい言葉が必要だったことと、新しい言葉だけでワインの価値を説明できることは違う。 ここを取り違えると、ナチュラルワインを取り巻く話は急に危うさを帯びてくる。 クラシックワインの世界では、品質はいくつかの基本条件と結びつけて考えられてきた。 どの畑か。 その畑は、本当に優れているのか。 そこに植えられた葡萄は、その土地に適しているの

梁 世柱
5月21日


SommeTimes’ Académie <141>(イタリア・マルケ州3: Conero)
アドリア海に迫る山が育てる、Montepulcianoのもう一つの表情 Rosso ConeroとCònero D.O.C.G.で知る、マルケの赤 マルケ州のワインを学ぶとき、まず名前が挙がるのは白のVerdicchioです。 しかし、マルケを白ワインの州としてだけ見ると、この土地のもう一つの重要な側面を見落とします。 それが、Conero です。 Coneroは、アドリア海に面したアンコーナ周辺で造られる、Montepulciano主体の赤ワイン。 同じMontepulcianoでも、アブルッツォだけでなく、マルケにも重要な表現があります。 アドリア海を望む丘陵。 Monte Conero周辺の地形。 そして、赤ワインとしての熟成力。 ここでは、Montepulcianoの果実味に加え、厚み、スパイス感、タンニン、引き締まった余韻が重要になります。

梁 世柱
5月21日


出会い <104> オーストリアの本命ピノ・ノワール
Landauer-Gisperg, Pinot Noir Ried Schönkirchen 2021. 聖地ブルゴーニュがあまりにも高騰した現在、オールドワールドの「妙」を諦めきれない愛好家たちは、ヨーロッパ中でピノ・ノワールの捜索願を出している。 もちろん、これは優雅な旅ではない。 赤い果実が華やかに香り、酸が細く長く伸び、タンニンが絹のようにほどけ、なおかつ値札を見て軽い目眩で済むワインを探す。 それは、現代ワイン愛好家に課された新たな巡礼である。 現時点で、「目的地」の筆頭として名が挙がることが多いのは、やはりドイツだろう。

梁 世柱
5月17日


ワイナリー訪問記 <1> Martin & Melanie Muthenthaler in Wachau, Austria.
これまで、ワイナリーを訪問した際のレポートは、各産地の特集記事に組み込む形で公開してきましたが、今回から、(特にすでに特集記事を組んだことがある産地に関しては)レビューカテゴリーの中で「ワイナリー訪問記」として分離します。 産地を知ることは、地図を広げて俯瞰する仕事である。 一方で、ワイナリー訪問は、地図に足を置く仕事だ。 同じWachauと書かれていても、Loibenの光とSpitzer Grabenの冷気は違う。 同じRieslingと書かれていても、ドナウ川のほとりで育つものと、森へ向かって谷が細くなっていく場所で育つものでは、背筋の伸び方が違う。 その真理を五感で知るために、私は時に不便なところでも、迷いなく足を運ぶ。 車を運転しない私は、海外でワイナリーを訪問する際も、可能な限り公共交通機関で移動する。 ワイン産地において、車を持たない人間は、ときどき文明の外側に置かれる。 タクシーは走っていない。バスは来ない。電車は、こちらの都合など当然知らない。 それでも私は、この不便さをそこまで嫌っていない。 便利すぎる移動は、土地を素早く通過さ

梁 世柱
5月15日


改善という静かな破壊
レトロな町中華は、完璧だから愛されているわけではない。 むしろ、完璧ではないことを、客の側もどこかで引き受けている。 少し色褪せた食品サンプル。 油の染みたカウンター。 貼り紙の端がめくれた壁。 炒飯は日によってわずかに揺れ、スープには最新の味覚設計ではなく、何十年も同じ寸胴の前に立ってきた時間が沈んでいる。 そこに点数をつけることはできる。 だが、それを前面に出した瞬間、ラーメンの湯気より先に、こちらの無粋さが立ちのぼるだろう。 評価が存在しないのではない。 ただ、評価を露出させすぎないという、ささやかで、どこか慎ましい作法があるのだ。 「もっと良くなってほしい」よりも、「どうかこのままでいてほしい」。 改善よりも保存。 最適化よりも郷愁。 そこでは、変わらないことが怠慢ではなく、個性の最後の防波堤になる。

梁 世柱
5月13日


SommeTimes’ Académie <140>(イタリア・マルケ州2: Verdicchio後編)
山に抱かれた小谷のVerdicchio 後編:Matelicaで知る、内陸の白ワインの緊張感 前編では、アドリア海側へ開いた丘陵地帯のVerdicchioとして、Verdicchio dei Castelli di Jesi D.O.C. と、その上位カテゴリーである Castelli di Jesi Verdicchio Riserva D.O.C.G. を見てきました。 Verdicchioは、柑橘、白い花、青リンゴ、ハーブ、アーモンドのようなほろ苦さを持つ白葡萄。 しかし、その味わいは産地によって変わります。 海側へ開いた丘陵では、果実味と親しみやすさが前に出やすく、内陸の谷では、酸、密度、余韻の緊張感が見えやすくなります。 後編では、その内陸側の表情を担う Verdicchio di Matelica を見ていきます。 Verdicchio di Matelica D.O.C. 内陸の谷が生む、引き締まったVerdicchio 葡萄品種:Verdicchio 85%以上 ワインタイプ:白、スプマンテ、Passito 地域:マルケ州マチ

梁 世柱
5月12日


再会 <104> 約束の言葉
Savage, Chenin Blanc “not tonight josephine” 2022. *本稿は、一年半以上前に一度抜栓し、再栓して冷蔵庫に置いていたワインとの、印象深い再会をもとに書いています。Savageは南アフリカの醸造家ダンカン・サヴェージが率いるワイナリーで、この希少なキュヴェは南アフリカ最古のマスカット・アレハンドリアから造られた、至極のデザートワインです。 時間は、まっすぐ進むものだと私たちは思っている。 朝が来て、夜が降りる。 その繰り返しの先で、季節は移ろい、約束は古び、熱を持っていたものは少しずつ冷めていく。 最初の驚きも、その夜にしかなかった空気も、手の中にあった確かな感触も、進むほどに遠ざかる。 前へ進むことは、失うことでもある。 振り返れば、過去は小さくなっている。 あのときの光はもうなく、誰かの声も、部屋の明るさも、窓の外の暗さも、記憶の奥で静かに形を変えている。 人はそれを、懐かしさと呼ぶ。 美しい言葉だ。 けれどその美しさの中には、もう戻れないものを、せめて柔らかく包もうとする諦めが混じっている。

梁 世柱
5月10日


ペアリングのパーソナライズ <6> 季節感:春 Part.3
春を飲む 春を花や光の記号としてではなく、揺らぎを含んだ季節の総体として捉えるなら、春のペアリングは、軽やかさを装うことでも、酸や透明性でただ支えることでも終わらない。 そこにさらに問われるのは、香りがどのような陰影を帯びるべきか、そして質感がどのような張力を保つべきかである。 春という季節感に真に寄り添う一本は、最終的にはこの二つの層の向こう側で、その精度を問われる。 第三に、春にふさわしいのは、甘美だが表層的な香りではなく、甘さと苦さが混在する奥行きのある香りである。

梁 世柱
5月8日


「飲みやすい」は褒め言葉か
ワインを前にして、私たちはしばしば「飲みやすい」と言う。 悪い言葉ではない。 むしろ、実によくできた言葉である。 角がなく、誰も傷つけず、場を乱さない。 ソムリエはうなずき、同席者は安心し、ワインはとりあえず無事に食卓を通過する。 だが、便利すぎる言葉は、たいてい多くのディテールを削り落としたあとに残る。

梁 世柱
5月6日


SommeTimes’ Académie <139>(イタリア・マルケ州1: Verdicchio前編)
海へ開く丘から始めるVerdicchio 前編:Castelli di Jesiで知る、マルケ白ワインの基本 マ ルケ州を代表する白ワインといえば、真っ先に名前が挙がるのが Verdicchioです。 Verdicchioは、柑橘、白い花、青リンゴ、ハーブ、アーモンドのようなほろ苦さを持つ白葡萄。 爽やかに飲める一方で、酸と苦味に支えられた芯があり、造り方や産地によっては熟成にも耐える力を持ちます。 この品種を理解するうえで中心になるのが、二つの産地です。 Verdicchio dei Castelli di Jesi D.O.C. Verdicchio di Matelica D.O.C. さらに、それぞれのRiservaはD.O.C.G.として独立しています。 Castelli di Jesi Verdicchio Riserva D.O.C.G. Verdicchio di Matelica Riserva D.O.C.G. つまりVerdicchio系は、まず 無印版はD.O.C.、熟成型のRiservaはD.O.C.G. と整理すると分

梁 世柱
5月5日


出会い <103> 陸の孤島と秘宝
Botanica Wines, The Mary Delany Chenin Blanc 2024. 本稿で登場する「出会い」ワインは、去る4月に都内で開催された、南アフリカ在住のMWであり、世界的な南アフリカワインの権威として知られる、Cathy Van Zyl MWによるマスタークラス内で紹介された。 南アフリカワインの推進力を担うような、クールでトレンディーなラインナップは、まさに最先端。 出会いコラムにて、複数回に分けて選抜して紹介していこう。 南アフリカのワイン地図には、中心から眺める者には見えにくい場所がある。 見えないのは、遠いからではない。 名声の光が、そこまで届くようには設計されていなかったからだ。 Skurfberg(スカーフバーグ)は、その典型である。 ケープタウンから北へ、湿った緑が少しずつ後退し、風景が乾き、砂と岩と低い灌木の言葉へ変わっていく。 Olifants River流域、Citrusdal Mountainの山あい。 大西洋からそれほど遠くないにもかかわらず、感覚としては陸の孤島に近い。...

梁 世柱
5月2日


ペアリングのパーソナライズ <5> 季節感:春 Part.2
春を支える 春を花や光の記号としてではなく、明るさと不安定さ、軽さへの欲求となお残る鈍さが同居する季節の総体として捉えるなら、ワインペアリングに求められる条件も自ずと変わってくる。 問題は、表層的な春らしさを演出することではない。 立ち上がりの途中にある味や身体感覚を、どのように損なわず支えるかである。 春のペアリングに必要なのは、単純な軽快さではない。 香りが華やかで、口当たりが軽ければよいという発想では、季節の実感に届かない。 第一に、ワインには透明性と抑制が必要である。 春の食材は、山菜の苦味、豆の青み、貝のほのかな塩気のように、立ち上がりの途中にある繊細な味わいを備えている。

梁 世柱
5月2日


都合の良い審美眼
Prieuré Rochと、沈黙するクラシックワイン愛好家 プリューレ・ロックは、私にとって敬愛すべき造り手である。 そして、私が長年、プリューレ・ロックを取り巻く歓喜に抱いてきた違和感は、ワイン好きの社交における小さな禁忌でもある。 テロワールの声を的確に捉えるそのワインには、自然派という便利な分類には収まりきらない精度がある。 野性はあるが、粗暴ではない。 揺らぎはあるが、無秩序ではない。 そこには思想の押し売りではなく、経験によって支えられた自由がある。 だから、ここで問いたいのはプリューレ・ロックの品質ではない。 このワインは、十分過ぎるほど美しい。 問題は、その美しさを前にした飲み手の態度である。

梁 世柱
5月1日


SommeTimes’ Académie <138>(イタリア・ラツィオ州3: et cetera)
ラツィオの周縁に灯る、小さなD.O.C. FrascatiとCesanese以外で知る、土地ごとのワイン ラツィオ州のワインを学ぶとき、まず名前が挙がるのはFrascatiとCesaneseです。 しかし、それだけでラツィオを理解したことにはなりません。 北にはBolsena湖を抱くヴィテルボ周辺の火山性の土地があり、南にはCoriの丘があり、さらに海沿いにはTerracinaの香り高い白があります。 今回紹介するのは、いずれも高い知名度を持つ産地ではありませんが、それぞれに覚えておくべき理由があります。 奇妙な名前を持つ白。 火山湖のそばに残る甘口赤。 土着品種を支える丘のワイン。 海沿いで香るMoscato。 こうした小さなエリアを拾っていくと、ラツィオは「首都ローマのある州」から、湖、丘、海岸がそれぞれにワインを生む、多層的な産地として見えてきます。 最初に整理しておきたいのは、ラツィオ州のD.O.C.G.が Cannellino di Frascati、Cesanese del Piglio、Frascati Superiore の3つで

梁 世柱
4月29日


赤の地図 <オーストリア・ブルゲンラント特集:後編>
白ワインの国として語られるオーストリアに、赤ワインの側から異議を申し立てる。 そう書くと、いかにも挑発的に聞こえるかもしれない。 しかし本来、これは奇をてらった反論ではない。 ただ、見落とされてきたものを、見落とされたままにしておかないという、ごく当然の抵抗である。 ワインにおいて地名は、決してラベルの上に置かれた装飾ではない。 そこには、目には見えない風の回廊があり、日光が紡いだ金糸があり、丘陵のうねりが刻むリズムがあり、大地の熱狂と沈黙があり、そして何世代にもわたってそこで暮らし、葡萄を育て、ワインを造ってきた人々の記憶がある。 だからこそ、地名は重い。 問題は、その重さを丁寧に読み解こうとしないまま、都合の良い記号として乱暴に使う態度にある。 有名な地名には、説明を省略してもらう。 聞き慣れない地名には、理解を後回しにする。 それでいて、自分の舌は十分に公平だと信じていられるのだから、ワインの世界における教養とは、ときにずいぶん寛大な衣装である。 だが、土地は人間の怠慢を上品に包み直してはくれない。 葡萄は名声の序列に従って熟すわけではなく

梁 世柱
4月27日


ペアリングのパーソナライズ <4> 季節感:春 Part.1
春をほどく 春という季節感へのアプローチは、まず春そのものを見誤らないところから始まる。 春はしばしば、花の季節として語られる。 光はやわらぎ、空気はほどけ、世界は一斉に色づき始める。 たしかにそれは春の一面ではある。 だが、春の本質は、ただ明るく軽やかなことにあるのではない。 むしろ、明るさと不安定さが同時に進んでいく、その頼りなさにこそある。 東アジアの古い季節観は、そのことをよく知っていた。

梁 世柱
4月25日
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