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混迷の銘醸地 <シャブリ特集:前編>

今日よりも、より良い明日がきっと来る。


エントロピーの増大に抗うことが、生きるということそのものである人類にとって、少なくとも今はまだ、時間とは不可逆的なものなのだろう。そう、過去に向かって生きることが、精神世界の中だけの話なのであれば、我々にはそもそも選択肢が無いのだ。


それでも、人は過去を振り返る。


私がいま、世界中のワイン産地の中で、最も危惧しているのが、シャブリだ。


シャブリは今、美しい過去の記憶、より良い未来に期待する思い、そして人々がシャブリに求める理想像が、複雑に入り組んだ迷路と化し、そもそもゴールが存在するのかも、分からない状態にある。


混迷の根源的原因はただ一つ、気候変動だ。


思い起こせば10数年前、シャブリの造り手たちとこの問題に関して議論すると、決まって同じ答えが返ってきた。


地球温暖化は、シャブリにとっては恩恵となる。


それが、過去のシャブリにとって、誰もが予想し、期待していた「より良い明日」だった。


そもそもシャブリは、冷涼という括りには到底収まりきらないほどの、限界的産地だった。冬と春の寒さから葡萄樹を守るために、明け方前の深夜3時ごろに葡萄畑に出て灯油に火をつけ、巨額を投じてスプリンクラーを設置し、時には葡萄畑に電線すら張り巡らしてきたのがシャブリという産地だ。


そのような地域にとって、温暖化が恵みに思えたのも、不思議ではない。厳しい環境の中で、日々自然と向き合ってきたシャブリの人々は、温暖化によって、楽にワインを造れる年が増えると、期待せずにはいられなかったはずだ。


しかし、現実は、彼らが願った通りにはなっていない。


葡萄を温める火



幻想的な光景だが、環境負荷が高いことは言わずもがな




襲い掛かる二つの変動

過去20年間を振り返ってみると、真に偉大なヴィンテージと呼べるのは、2002年と2010年しかない。20年間で、たったの二度だけだ。2005年、2009年、2015年の一般的な評価は高いが、それは「シャブリがコート・ド・ボーヌ的に味わいになっても良い」とした場合の話だ。


2011年以降に限定しても、難しいヴィンテージが続いている。

どうしようもなくダメだった2011年と2013年。

不安定な気候で収量が激減した2012年。

に苦しんだ2014年。

暑苦しいワインの多い2015年。

霜害に苦しんだ2016年と2017年。

酷暑でバランスを見失った2018年と2019年。


品質だけを見れば、2012年、2014年、2016年、2017年は良好と言えるヴィンテージだったが、収量が低過ぎたため、生産者にとっては厳しい年だった。


2018年ヴィンテージでは、ついにアルコール濃度15%と表記されたシャブリをそれなりに見かけるようになり、筆者は絶望感にも似た感情に苛まれた。ヨーロッパでは±0.5%の誤差がアルコール濃度表記に認められている。つまり、シャブリのように、どちらかというとアルコール濃度を低く見せたいタイプのワインが、14.5% ではなく、15%と表記するしかなかったということは、実際のアルコール濃度は15%を上回っていたのだろう。これはもはや、教科書を修正しないとならないレベルの変化だ。

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