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知られざるクラシコ <Chianti Classico特集 2024年版>

現地に赴いて日本国内未輸入ワインをテイスティングし続けると、素晴らしい品質と高い個性の完成度を有しているにも関わらず「なぜ未輸入のままなのか」という部分に、相当程度一貫した法則が存在していることに気付く。

 

「その産地の典型例ではない」という法則だ。典型例ではない場合、販路に携わるあらゆる人々にとって、挑戦と困難が伴うのは間違いない。私自身、飲食店、酒販店、インポーターという三つのティアに関わってきたので、そのあたりの事情は重々理解している。その上で、あえて苦言を呈そう。

 

そのワインが上質なものである限り、典型例でないことを売り辛さの直接的な言い訳にするのは、怠慢以外の何物でもない。

 

消費者としても、典型例ばかり飲んでいると、その産地への理解が真に深まることはない。

 

そして、少し踏み込んで考えてみれば、疑問をもつ人も多いはずだ。

 

そもそも、典型例とは何なのだろうか、誰がどのような基準で決めたことなのだろうか、と。

 

有史以来、自由を求めて戦い続けてきた人類が、なぜワインに自由な表現を認めないのか

 

なぜ、固定された狭小な価値観の中に、自ら進んで閉じ込めようとするのか

 

典型例とは本来、絶対的に優位なものなどではなく、数多ある可能性の中の多数派でしかないはずなのに、なぜかそこには揺るぎない権力構造が生じているように思えてならない。

 

嗜好品である以上に、本質的には農作物であるワインに対して、極めて人間的な民主主義をもちこむこと自体が、矛盾に満ちているのではないだろうか。

 

多数派の右に倣え、という現代社会の精神は、それだけで十分に堅苦しいものなのだから、ワインを飲むときくらい、自由でありたいと私は願う。

 

ワインに本来宿っているはずの自由が、私を束の間でも権威から開放してくれることを、私は願い続けている。

 

再び訪れたトスカーナ州。広大な展示会場で、私は一つのテーマと共にテイスティングを繰り返した。

 

「自由」だ。

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