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南アフリカのパイオニアたち <後編>

前編ではクライン・コンスタンシアを中心にレポートしたが、ワイン産地としての豊かな歴史を誇る南アフリカには、まだまだパイオニアたちがいる。


確かにクライン・コンスタンシアは象徴的な存在ではあるが、それだけでは決して全容は見えない。多様なアイデンティティとスタイルが混在する在り方こそが、南アフリカの「らしさ」なのだ。


Diemersdal, Sauvignon Rosé 2021

1698年にその歴史が始まり、1885年には現在もワイナリーを取り仕切るLouws家の所有となったDiemersdal(ディーマーズダル)は、ケープ州でも最も古い産地の一つであるDurbanville Valleyの象徴的な存在だ。大西洋を流れる寒流の影響を受けた冷涼なテロワールを活かし、緻密でデリケートなワイン造りに心血を注ぐ。


ワイン名は、少しややこしい。ソーヴィニョン・ブランのロゼ(そもそもありえないが)でも、カベルネ・ソーヴィニヨンのロゼでもないが、その両方ではある。


セパージュは93%のソーヴィニヨン・ブラン(白ワイン)に、7%のカベルネ・ソーヴィニヨン(赤ワイン)で構成されている。



白葡萄と黒葡萄を両方使ってロゼを造ることに関しては非常に制限の多いヨーロッパ伝統国に比べ、ニューワールドでは自由な発想でブレンドすることができる。これは、ロゼというカテゴリーにおいては、「違い」というよりも明確な「アドヴァンテージ」だ。特に、温暖化によって単一の品種ではロゼとしてのバランスが取りづらくなってきているエリアも多い中、自由な組み合わせがもたらす恩恵は計り知れない


ディーマーズダルのロゼも、その例に漏れず、アルコール濃度を13.39%としっかり抑えめにしながら、フレッシュで清涼感のあるソーヴィニヨン・ブラン由来のアロマと、黒スグリ的なカベルネ・ソーヴィニヨン由来のアロマが絶妙に交わりつつ、味わいには海辺の産地らしいソルティーなタッチが加わる。


テロワールの個性に加えて、発想のセンスも感じられ、品質も高い。

相対的に、価格は非常にリーズナブルだ。



Vergelegen Flagship G.V.B. Red 2012

1700年創業のVergelegen(フィルハーレヘン)は古い銘醸が今でも数多く残るステレンボッシュにおいても、一際格式高い存在だ。ワイナリー名は南アフリカではそれなりにある「字面通りに読めない」タイプで、日本語表記も現地の発音を聞く限り、正確性に少々欠けるが、それは仕方ないだろう。むしろ、読めないが故に、覚えやすいとも言える。


また、フィルハーレヘンは、環境問題への意識が全体的に高い南アフリカの中でも、リーダー的存在である。特に生態系の多様性保護に関する取り組みは素晴らしく、侵略的外来種の排除、動物の保護活動、森林の保護活動などに注力している。


セミナーでは2017年のシャルドネもあったのだが、2017年は西ケープで大規模な山火事があった年で、ワインにも残念ながらスモークテイント(煙の影響で、ワインに燻したような味わいが生じてしまう)が感じられた。このワインを、今回のフィルハーレヘンの評価に組み込むのはフェアではないだろう。


しかし、ペアリング目線で見ると、スモークテイントは必ずしもマイナスではない。燻したような風味を「特徴」として捉えれば、クリエイティヴなペアリングを生み出すことは可能だ。一度、このようなワインを燻製したハムや鶏肉などと合わせて見ていただきたい。普通のワインでは実現できないような、興味深い世界がそこに広がっていることに、必ず気付くはずだ。



さて、驚くほど素晴らしかったのは「Flagship G.V.B. Red 2012」というキュヴェ。ワインの世界で、GとVが並ぶと、「Grand Vin(偉大なワイン)」と解釈されるのが通例だが、南アフリカの場合は、Grown, Vinified and Bottledを意味し、これはつまりドメーヌワインや、エステートワインに相当する言葉となる。


セパージュはカベルネ・ソーヴィニヨンが65%、メルロが21%、カベルネ・フランが5%、プティ・ヴェルドが9%と、典型的なボルドー左岸型となっている。


アルコール濃度は14.52%とパワフルだが、100%新樽のバリック熟成がしっかりとした土台を形成しており、構造に破綻が無く、非常にシームレス。


熟成からくるアーシーなアロマに、ブラックベリーやカシス、ブラックカラントの香りが彩を添える。クローブやシナモン的な甘いスパイスのタッチ、ほのかにスモーキーな風味と、まさにテキストブック的なスタイルだが、印象としては完全なニューワールドタイプというよりも、カリフォルニアとボルドーの中間的な味わいに近い。


この手のワインにはもう飽きた、という御仁は少なからずいらっしゃるとは思うが、多様性が重要なワインの世界において、決して無くなるべきではないスタイルでもあるし、これだけの高い完成度でこのスタイルのワインを造れるということそのものが、フィルハーレヘンの高い技術と、恵まれたテロワールを証明している。



Lanzerac, Pinotage 2019

ステレンボッシュの重要なパイオニアとして、その名が真っ先に挙がることも多いのが、Lanzerac(ランゼラック)。その歴史は1692年にまで遡ることができるのだが、ランゼラックの名を世に知らしめたのは、なんといっても「ピノタージュ」だ。


南アフリカ独自の交配品種であるピノタージュに関して、本記事で詳しく解説をすることはしないが、1957年にランゼラックが南アフリカで初めてピノタージュを植樹してから、この品種は長きに渡って賛否両論の的となってきた。


「高貴な両親から生まれた、ワイルドチャイルド」とも呼ばれるピノタージュにとって、どのスタイルで造ることが正解なのかは、未だに不明だ。


少なくともはっきりしているのは、この葡萄は「適当に」扱うと、とんでもない駄作ワインになってしまうということ。歪な酸とタンニン、独特の焦げたような薫香、強い揮発酸のタッチなど、とにかくバランスが悪いワインになり、好き嫌いがあまりにもはっきりと別れてしまう。かくいう筆者も、低品質なピノタージュは、低品質なマスカット・ベイリーAと同じくらい、苦手だ。


近年はロゼ用の品種として確かなポテンシャルを示し、ナチュラル感の強いワインメイキングとも相性の良さを発揮し始めたピノタージュだが、正統進化が完全に諦められた訳ではない。



その最後の砦こそが、ピノタージュのパイオニアたるランゼラックなのだ。しっかりと収量制限をし、適熟のタイミングを見定め、丁寧な手摘みと選果でクリーンさを高め、部分的にフレンチオークの新樽も取り入れながら、ピノタージュらしい豪快なタッチと、確かな技術を感じる洗練されたテクスチャーが共存する「ファインワイン」へと仕上げている。


このワインが、ピノタージュの一つの重要な指標であることに、異論はない。



パイオニアを知り、今を知る

続々と新たな、しかも、とびっきり優れた造り手が現れる南アフリカで、パイオニアの影が薄くなりがちなのは、仕方の無いことだ。しかし、品質面で見れば、パイオニアたちの実力は、再評価されて然るべきである。


流行りだけを追いかけていても、その産地の真価は決して見えない。歴史があってこその今であり、パイオニアがいてこその、若手なのだ。どちらかに極端に偏ることなく、両方を知ること。その大切さを改めて痛感させてくれた、素晴らしいセミナーだった。





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