南アフリカのパイオニアたち <前編>

4月25日、南アフリカワイン協会(Wines of South Africa : WOSA)が、オンラインワインスクール大手Vinoterasとの共催で、【キャシー・ヴァン・ジルMWと巡る壮大な南アフリカワインの世界 Episode.1~先駆者たち~】と題したオンラインセミナー(ウェビナー)を行った。


モデレーターはWOSA JAPANプロジェクトマネージャーの高橋佳子さんが務め、ゲストテイスターとして、2020年度日本最優秀ソムリエの井黒卓さんが参加した。


世界に340名ほどしかいないマスター・オブ・ワインの中でも、南アフリカ在住で、同国のワインに関する世界的なトップエキスパートとして知られ、また親日家でもあるキャシー・ヴァン・ジルMWが、日本のオンラインワインスクールに初登場するという画期的なセミナーとなった。


筆者もセミナーに参加し、数多くの有益な情報を得ることができた。なるべく詳細なレポートとしたいので、前編、後編に分けてお届けしていく。


©️WOSA



革新的ウェビナー

まずは何よりも、このオンラインセミナーの進行方法に手放しの賞賛を送りたい。


セミナーに参加するまで、筆者はキャシー・ヴァン・ジルMWがライブ中継をしながら進んでいくと思い込んでいたのだが、実際は彼女が事前に作成したビデオフッテージを観た後で、そのビデオに登場したワイナリーのワインに対して、高橋佳子さんと井黒卓さんが、解説やテイスティングコメントを付け加えていく流れを繰り返すという構成であった。


ビデオフッテージには丁寧かつ正確な日本語字幕が付けられており、ダイナミックな南アフリカの風景と、キャシー・ヴァン・ジルMWのチャーミングな人柄がワイナリーから様々な情報を引き出していく様が、通訳というタイムロスなく、すっと入ってくる


海外ゲストを招いたウェビナーには、接続の安定性、音声の遅延、通訳による所要時間の倍増等、様々な難題がある。


しかし、今回のような字幕付きのビデオを用意すれば、リアルタイムの登場によるライブ感こそ無いものの、あらゆる問題が解消されるだけでなく、通訳が不要になることにより、よりヴォリュームのある内容にすることができるという、非常に大きなメリットもある。


新型コロナ禍以降、様々な形のウェビナーが開催されてきたが、海外ゲストを交えるパターンとしては、現状の(専門的技術を必要としない)テクノロジーでは、考え得る最上の構成だったのではと思う。


キャシー・ヴァン・ジルMW(画像左)が作成したビデオフッテージ。

©️WOSA




先駆者たち

さて、本題に移ろう。


シリーズ化が予定されている本セミナーだが、第一回はThe Eldersと題されていた。直訳すると「長老たち」といったところだが、ニュアンスとしては邦題の通り、「先駆者たち」となる。


このテーマもまた、キャシー・ヴァン・ジルMWらしい、流石の選択と言える。


南アフリカワインのバイブルとして知られるPlatter’s South Africa Wine Guideの共同編集者でもあるキャシー・ヴァン・ジルMWは、奥深い南アフリカワインの全容を真に知る希少な専門家だ。


当然、猛スピードで発展し続ける南アフリカワインの最新事情にも精通している。


そんな彼女がepisode.1のテーマとして選んだのは、南アフリカにおけるワイン産業の礎を築いてきたパイオニアたちだった。


勢いのある産地になればなるほど、新しい生産者に注目が移りがちになるが、それではその産地のごく一部しか理解することができない。クラシックを知ってこそ、モダンの意味や価値が分かる。それは、ワインを学ぶ上で、普遍的なことなのでは無いだろうか。




クライン・コンスタンシア

最初に紹介されたのは、Klein Constantia(クライン・コンスタンシア)


その始まりは、1685年。ケープ州の初代総督であったシモン・ファン・デル・ステルが設立した広大な敷地(コンスタンシア)の一部が、葡萄畑となったのだ。非常に美しい景観も知られるコンスタンシアだが、急勾配の斜面を形成する風化した花崗岩土壌と、冷たい海風による冷却効果が合わさり、葡萄栽培にとって理想的な環境でもあった。


1712年にシモン・ファン・デル・ステルが亡くなると、領地は三分割され、売却されたが、最も広い「ベルグフリート」というエリアは家畜の飼育に使用された一方で、ヨハン・ユルゲン・コッツェの手に渡った「クライン・コンスタンシア」とオロフ・ベルフの手に渡った「グルート・コンスタンシア」では、後に伝説となったコンスタンシア・スイートワインを作るようになった。


18世紀後半には、ワイン造りの名手として知られたヘンドリック・クルートの手によってその品質は頂点に達し、ルイ16世、マリー・アントワネット、ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソンといった人物から寵愛を受けたコンスタンシア・スイートワインは、ニューワールドでは最も初期に、その偉大さを世界的に認められた銘柄となった。


しかし、1872年にクライン・コンスタンシアの栄光は一度、終幕を迎えた。1834年の奴隷制度廃止による人手不足、1858年以降のうどん粉病被害、1860年の英国による南アフリカに対する関税優遇の撤廃、コンスタンシア・スイートワインの上顧客であった欧米諸国における、甘口から辛口への急激な嗜好の変化などが積み重なり、時代の変化に対して、経済的に追いつけなくなってしまったのだ。


所有者が変わったことに加えて、1898年のフィロキセラ到来が追い討ちとなり、栄華を誇った壮麗な葡萄畑は荒廃荘園の邸宅だけがに改修され、富裕層の社交場となっていた。


歴史に埋もれかけていたクライン・コンスタンシアが再生へと向かったのは、1980年のこと。1972年に前所有者のイアン・オースティンが葡萄畑の再生に失敗した(植樹した葡萄樹がことごとくウイルスに感染した)のを機に、ワイン造りの経験があった名家出身のダッジー・ジョーストが領地を買収し、ステレンボッシュ大学の協力を得つつ、過去の文献等を元にクライン・コンスタンシア再生プロジェクトをスタートさせた。1986年には再生後初のワインとして、ソーヴィニヨン・ブランをリリース、1990年にはついに、伝説的なヴァン・ド・コンスタンスを復活させた。


現在でもソーヴィニヨン・ブランとヴァン・ド・コンスタンスは、新生クライン・コンスタンシアの主軸となっている。




Klein Constantia, Sauvignon Blanc 2017


©️WOSA


単一畑や上級キュヴェも含め、4種のソーヴィニヨン・ブランを手掛けるクライン・コンスタンシアのスタンダードラインがこちら。


「ニュー・オールドワールド」とも呼ばれる南アフリカらしい、ヨーロッパ伝統国とニューワールドの中間的特徴をもった快作。


パッションフルーツ、ピンクグレープフルーツやグースベリーのアロマと、爽やかなハーブのタッチ、そして印象的な火打ち石のニュアンスが交錯する様に、「ニュー・オールドワールド」的特徴が色濃く反映されている。


全体的にはシャープなテクスチャーだが、ミッドパレットから粘性を感じるテクスチャーが顔を出し、メリハリの効いた構造を実現している。


フィニッシュのほろ苦さも心地よく、スマートな印象が崩れない。


価格も含め、非常に完成度の高い逸品。




Klein Constantia, Vin de Constance 2017


©️WOSA


伝説的なヴァン・ド・コンスタンスは、ミュスカ・ド・フロンティニアン(ミュスカ・ブラン・ア・プティ・グランと同一品種)から造られる、遅摘み葡萄による極甘口ワイン。酸と糖度が最良のバランスになるように、3ヶ月という期間の間、数度に分けて収穫された葡萄は、ステンレスタンクで緻密に温度管理をしながら、野生酵母で発酵される。通常、甘口ワインの自然発酵は発酵期間の超長期化という大きなリスクが伴うが、それを最新のテクノロジーと知見、そして献身性でもって補うという、偉大なチャレンジが込められたワインだ。


熟した柑橘とバラ、アーモンドの複雑な香りは、高貴な香水のよう。濃密な甘味による陶酔感と、心地良い夢覚めを演出する酸が絡みあいながら、このワインを飲むという幸運に恵まれた人を、現実と非現実が曖昧な世界へと連れていってしまう。極甘口ワインとして、間違いなく世界屈指の大傑作であり、かつての栄光にふさわしい異次元の完成度。




後編では、ウェビナーで紹介された、コンスタンシア以外のパイオニアについて触れていく。