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SommeTimes’ Académie <144>(イタリア・アブルッツォ州2: Montepulciano後編)
Montepulcianoの別解 前編では、アブルッツォ州の赤ワインの入口として、Montepulciano d’Abruzzo D.O.C. を見ました。 広域D.O.C.であるMontepulciano d’Abruzzoは、カジュアルな文脈の中でも、軽快な赤から熟成によって厚みを見せる赤まで、表情の幅が広いことに特徴があります。 一方で、アブルッツォ州には、より小さな範囲で定められたMontepulciano系も存在しています。 北部の Colline Teramane Montepulciano d’Abruzzo D.O.C.G.。 新しく独立した Casauria D.O.C.G.。 キエーティ近郊の小さな Villamagna D.O.C.。 この三つは、同じMontepulcianoを、より限定されたテロワールの中で捉えることができる原産地呼称です。

梁 世柱
2 日前


高級ビールを嗜む <5> West Coast Brewing
日本は、豊かなビール文化を育んできた国だ。 だから、ビールにおける「日本らしさ」そのものを否定するつもりはない。 暑い日に、よく冷えたラガーを喉へ流し込む。 焼き鳥の煙に混じる脂の香り、枝豆の表面でざらつく塩、仕事を終え、食事へと入る瞬間を整えるための一杯。 あの速度、あの潔さには、確かに日本の生活と深く結びついた美しさがある。 ただ、今回はそういうビールの話ではない。

梁 世柱
4 日前


ポルケッタとのクラシックペアリング
近年、日本のイタリア料理店で見かける機会が増えた料理の一つが、ポルケッタだ。 ポルケッタは、イタリア中部を代表する豚肉料理。 豚肉を開き、塩、コショウ、ニンニク、ローズマリー、フェンネル、セージなどのハーブを擦り込み、大きな塊のまま、ゆっくりとローストする。 地域によっては丸ごとの仔豚を使うこともあれば、豚バラや肩肉を巻き込んで仕上げることもあるが、日本で一般的に提供されているのは後者のスタイルだ。 豚肉の甘み、脂の厚み、焼き目の香ばしさ。 そこに、ハーブの清涼感、フェンネルの甘く青い香り、ニンニクの温かい刺激が重なる。 だからポルケッタは、決して軽い料理ではない。 だが、鈍重な料理でもない。 噛むたびに、肉と脂の力強さと、香草の涼しさや少し乾いた甘さが交互に現れる。 この複雑さこそがポルケッタらしさであり、ペアリングを面白くしている理由でもある。

梁 世柱
5 日前


対話:ナチュラルワインと現場のリスク
ヨーロッパのある国で、二十年以上ナチュラルワインを専門に扱ってきたというワインプロフェッショナルに出会った。 綺麗に整えられた、長く豊かな顎髭、細身の長身、そして、屈託のない笑顔。 その人には、長い時間をワインと共に過ごしてきた者だけが持つ、穏やかな確信があった。 知識を誇示するのではなく、経験が身体の奥で熟成し、必要なときだけ言葉になる。 そんな空気感のある人だった。 他愛のない自己紹介を済ませたあと、話題はやがてナチュラルワインにおける欠陥へ辿り着いた。 様々な欠陥の話が出たが、議論の中心になったのはネズミ臭だった。

梁 世柱
6月11日


SommeTimes’ Académie <143>(イタリア・アブルッツォ州1:Montepulciano前編)
Montepulciano d’Abruzzo D.O.C.で知る、山と海の赤ワイン アブルッツォ州のワインを学ぶとき、まず中心になるのは Montepulciano d’Abruzzo D.O.C. です。 アブルッツォを代表する赤ワインであり、イタリア全体で見ても知名度の高いD.O.C.の一つと言えます。
濃い色調、明るく豊かな果実味、シンプルで分かりやすい味わい、手の届きやすい価格帯。
そうした印象から、日常的な赤として広く親しまれているワインです。 ただし、Montepulciano d’Abruzzoは、単に「安くて濃い赤」だけで終わるワインではありません。 アドリア海側の明るさと、アペニン山脈へ向かう内陸の冷涼さが交差する、丘陵地と高台の畑。 その広がりの中で、Montepulcianoは、果実味だけでなく、酸、タンニン、熟成による厚みも見せます。

梁 世柱
6月9日


再会 <106> 躍動するフルミント
Anita & Hans Nittnaus, Furmint Ried Tannenberg 2024. 葡萄の越境を考えるとき、私たちはたいてい、一つのわかりやすい物語を想像する。
有名産地の葡萄が、まだ名の知られていない土地へ渡っていく。
マイナーな産地が、メジャーな産地の言語を借りる。
シャルドネを植えればブルゴーニュの旋律が鳴り、カベルネを植えれば、どこかボルドーめいた低音が響く。
もちろん、現実はもう少し複雑だが、ワインの入口に立つ人々を引き寄せるには、それだけで十分なわかりやすさを持っている。 しかし、その逆は、あまり想定されない。
つまり、名高い土地の葡萄が無名の土地へ渡るのではなく、周縁に置かれていた葡萄が、いま注目される産地へ入り込み、その土地の新しい表現を作り始めるという動きである。
しかもそれは、単なる移植ではない。
かつて国境の両側にあった記憶を、現在のワインとして読み直す行為でもある。

梁 世柱
6月7日


ペアリングのパーソナライズ <9> 季節感:夏 Part.3
夏を飲む 夏を、ただ爽やかさの記号としてではなく、開放感と疲労、みずみずしさと濃度が同居する季節の総体として捉えるなら、ワインペアリングは、質感や酸の設計だけで完結するものではない。 まだ見なければならない論点がある。 香りは、どのような印象を残すべきか。 そして、飲み込んだあとに何が待っていると良いのか。 Part.3で見ていきたいのは、その二つだ。 第三に、夏にふさわしいのは、熱を少し霧散させるような爽やかさを持ちながら、なおかつ酸の気配を伴った香りである。

梁 世柱
6月5日


樽風味は時代遅れなのか
新樽の風味を濃厚に効かせたワインが、少しずつ時代の中心から遠ざかっている。 かつては紛れもない高級感の証だった。 ヴァニラ、トースト、チョコレート、甘いスパイス。 熟した果実にそれらを重ね、滑らかに溶かし込み、隙のない一体感へ仕上げることは、ひとつの完成された美の形だった。 だが、時の流れと共に、飲み手の感覚は変わる。 透明感。 軽やかさ。 テロワールの声。 飲み疲れしない優しさ。 そうした言葉が価値を持ち始めると、かつての豪華さは、ときに受容しがたい重さへ変わる。 では、樽そのものが時代遅れになったのか。 そうではない。 ここで興味深い証明として立ち上がるのが、古典的なリオハである。

梁 世柱
6月3日


SommeTimes’ Académie <142>(イタリア・マルケ州4:et cetra)
VerdicchioとConeroの外側で覚える、五つのD.O.C.G./D.O.C. マルケ州を学ぶとき、まず中心になるのは白の Verdicchio、そしてMontepulciano主体の Conero です。
ただし、マルケ州には、他にも魅力的なワインたちがあります。
ここでは、Verdicchio系、Conero系の外側で覚えておきたい五つの産地を見ていきます。 Offida D.O.C.G. 南部マルケの土着白と赤をまとめる場所 主な品種:Pecorino、Passerina、Montepulciano
ワインタイプ:白、赤
地域:マルケ州南部、アスコリ・ピチェーノ周辺
D.O.C.G.昇格年:2011年 Offida D.O.C.G.は、南部マルケを理解するうえで重要な呼称です。 ここで覚えたいのは、ひとつのD.O.C.G.の中に、白と赤の両方の柱があること。
白では Pecorino と Passerina。
赤では Montepulciano が中心になります。 Pecorinoは、酸と厚みをもちやすい白

梁 世柱
6月2日


出会い <105> ハプスブルクの残響
3/4 -Tři Čtvrtě , Frankovka 2023. 現在、中東欧において、ワイン産出国として十分に成立する規模を持ちながら、日本のワイン学習の標準的な地図から、ほとんど抜け落ちている国がある。 チェコである。 チェコと聞いて、最初にワインを思い浮かべる人は多くないだろう。
プラハの美しい中世の街並み。歴史を刻んできた石畳。極上のビール。
そのあたりで大体想像力は満杯になる。 だが、謎に包まれているように見えるものほど、視点を少しずらすと、案外あっさり実像が見えてくるものだ。 チェコワインを理解する上で、最初に押さえるべき事実は単純だ。
チェコにおけるワイン用葡萄畑の大部分(約96%)は、南モラヴィアに集中している。 つまり、チェコワインを語るとは、ほとんどの場合、南モラヴィアを語ることに近い。

梁 世柱
5月30日


ペアリングのパーソナライズ <8> 季節感:夏 Part.2
夏を支える 夏を、ただ爽やかで軽い季節としてではなく、開放感と疲労、みずみずしさと濃度が同居する季節の総体として捉えるなら、ワインペアリングに求められる条件も自ずと変わってくる。 ここで考えたいのは、暑さを誤魔化すための冷たさではない。 熱のただ中に置かれた身体と、すでに外へ向かって開いた夏の食材を、ワインがどう支えられるかである。 夏の料理と身体に共通しているのは、涼しさを欲しながらも、単純な軽さだけでは満たされないという点だ。
だから、よく冷えていて、ただ軽ければよいという発想では、季節の実感には届かない。 第一に、夏に適するのは、軽やかで滑らかに流れ、明確なシルエットを保ちながら、必要十分な密度を備えたワインである。 夏の食材は、たしかにみずみずしい。だが、そのみずみずしさは、淡さとは違う。

梁 世柱
5月29日


ワイナリー訪問記 <2> Prager, in Wachau Austria
アポイントまで少し時間が空いたので、適当にサンドウィッチを頬張ったあと、ドナウ川のほとりにあったベンチに寝転がった。 空は大きく、川は静かだった。 観光客の声も、車の音も、ここではずいぶん薄まっていく。 自分がここへ何をしに来たのかさえ、一瞬だけ曖昧になる。 出所のわからない感傷があった。 旅の疲れかもしれない。 午前中に終えた訪問の余韻かもしれない。 あるいは、Wachauという土地が持つ長い時間に、こちらの境目が少し溶け出していたのかもしれない。 川面に砕けた光が、水晶の欠片のように輝いていた。 この日訪れたのは、Wachauを代表する名ワイナリーの一つ、Pragerである。

梁 世柱
5月26日


再会 <105> 回収された未完了
Edi Keber, Collio 2023. 以前、イタリア北東部、フリウリ・ヴェネツィア=ジュリア州とスロヴェニアの国境にある町、ゴリツィアを訪れた時、どうしても果たせなかったアポイントメントが一つあった。 クリスティアン・ケベル。 オレンジワイン復興の地を、単なる過去の聖域としてではなく、現在進行形の土地としてもう一段押し上げている次世代の中でも、彼は間違いなくリーダー格の一人である。 しかし、旅には、ときどき非常に現実的な難題が現れる。 葡萄畑の話でもなく、醸造哲学の話でもなく、ただの移動時間だ。

梁 世柱
5月23日


ペアリングのパーソナライズ <7> 季節感:夏 Part.1
夏をほどく 夏という季節感に向き合うには、まず夏を一つの表情だけで受け取らないことが必要だ。 夏はよく、開放の季節として語られる。 日照は長くなり、空は大きく開き、街も人もどこか外向きになる。 たしかに、それも夏の顔のひとつだ。 けれど、夏をただ明るく、ただ軽快な季節として受け取ると、すぐに見落としが生まれる。 この季節を形づくっているのは、開放感だけではない。 熱の蓄積、湿度の停滞、光の過剰、身体の消耗。 そうしたものまで含めて、夏の輪郭はようやく見えてくる。

梁 世柱
5月22日


ナチュラルワイン:その自由は、どこで育ったか(期間限定無料公開)
ナチュラルワインを語るとき、私たちはしばしば、クラシックワインとは別の言語を使おうとする。 エネルギーがある。 生命力がある。 揺らぎがある。 身体に馴染む。 整えすぎたワインにはない、剥き出しの説得力がある。 たしかに、そういうナチュラルワインは数多く存在する。 グラスに注いだ瞬間、産地名、格付け、熟成ポテンシャルといった言葉を一度脇へ押しやり、飲み手の感覚へ直接触れてくるワイン。 果実、酸、タンニン、アルコールといった要素へ分解される前に、一つの動きとして身体にするりと入ってくるワイン。 ナチュラルワインがワインの世界にもたらした功績の一つは、この種の感受性を、無視できないものとして差し出したことだと思う。 だが、新しい言葉が必要だったことと、新しい言葉だけでワインの価値を説明できることは違う。 ここを取り違えると、ナチュラルワインを取り巻く話は急に危うさを帯びてくる。 クラシックワインの世界では、品質はいくつかの基本条件と結びつけて考えられてきた。 どの畑か。 その畑は、本当に優れているのか。 そこに植えられた葡萄は、その土地に適しているの

梁 世柱
5月21日


SommeTimes’ Académie <141>(イタリア・マルケ州3: Conero)
アドリア海に迫る山が育てる、Montepulcianoのもう一つの表情 Rosso ConeroとCònero D.O.C.G.で知る、マルケの赤 マルケ州のワインを学ぶとき、まず名前が挙がるのは白のVerdicchioです。 しかし、マルケを白ワインの州としてだけ見ると、この土地のもう一つの重要な側面を見落とします。 それが、Conero です。 Coneroは、アドリア海に面したアンコーナ周辺で造られる、Montepulciano主体の赤ワイン。 同じMontepulcianoでも、アブルッツォだけでなく、マルケにも重要な表現があります。 アドリア海を望む丘陵。 Monte Conero周辺の地形。 そして、赤ワインとしての熟成力。 ここでは、Montepulcianoの果実味に加え、厚み、スパイス感、タンニン、引き締まった余韻が重要になります。

梁 世柱
5月21日


出会い <104> オーストリアの本命ピノ・ノワール
Landauer-Gisperg, Pinot Noir Ried Schönkirchen 2021. 聖地ブルゴーニュがあまりにも高騰した現在、オールドワールドの「妙」を諦めきれない愛好家たちは、ヨーロッパ中でピノ・ノワールの捜索願を出している。 もちろん、これは優雅な旅ではない。 赤い果実が華やかに香り、酸が細く長く伸び、タンニンが絹のようにほどけ、なおかつ値札を見て軽い目眩で済むワインを探す。 それは、現代ワイン愛好家に課された新たな巡礼である。 現時点で、「目的地」の筆頭として名が挙がることが多いのは、やはりドイツだろう。

梁 世柱
5月17日


ワイナリー訪問記 <1> Martin & Melanie Muthenthaler in Wachau, Austria.
これまで、ワイナリーを訪問した際のレポートは、各産地の特集記事に組み込む形で公開してきましたが、今回から、(特にすでに特集記事を組んだことがある産地に関しては)レビューカテゴリーの中で「ワイナリー訪問記」として分離します。 産地を知ることは、地図を広げて俯瞰する仕事である。 一方で、ワイナリー訪問は、地図に足を置く仕事だ。 同じWachauと書かれていても、Loibenの光とSpitzer Grabenの冷気は違う。 同じRieslingと書かれていても、ドナウ川のほとりで育つものと、森へ向かって谷が細くなっていく場所で育つものでは、背筋の伸び方が違う。 その真理を五感で知るために、私は時に不便なところでも、迷いなく足を運ぶ。 車を運転しない私は、海外でワイナリーを訪問する際も、可能な限り公共交通機関で移動する。 ワイン産地において、車を持たない人間は、ときどき文明の外側に置かれる。 タクシーは走っていない。バスは来ない。電車は、こちらの都合など当然知らない。 それでも私は、この不便さをそこまで嫌っていない。 便利すぎる移動は、土地を素早く通過さ

梁 世柱
5月15日
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