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ごちゃ混ぜのオレンジ

Gemischter Satz。原語表記すると、読める人はほとんどいないのではないだろうか?日本語風に読むと「ゲミシュター・サッツ」。日本語にしても、舌を噛みそうで読みにくいし、どうにも覚えにくい。


しかし、ワイン(マニア)道を突き進む人なら、知っておいて損はない


まず、生産地が素敵すぎる。


音楽と芸術の都。

そう、ウィーンなのだ。(筆者の個人的な住みたい街ランキングTop3の一角)


余談だが、オーストリア・ウィーンは、産業規模のワイン産地がある世界で唯一の首都だった。(過去形なのは、近年ポルトガルの首都リスボン近郊がワイン産地として急成長を遂げたから)


そして、作り方が普通じゃない


ゲミシュター・サッツというDAC(オーストリアの原産地呼称制度)は、

1. 多種類葡萄を畑で混植する(ごちゃ混ぜ栽培)

2. その畑で収穫した葡萄を混醸する(ごちゃ混ぜ醸造)

が基本となっている。


精緻極まる音楽を後世に残したモーツァルトがいた都とは思えないほど、なんともアバウトなワインだ。


しかし、ゲミシュター・サッツこそ、最もウィーンらしい(新酒のシュトゥルムも有名だけど)、ウィーンの伝統ワイン。


一度回り道をして、ゲミシュター・サッツ(混植混醸)というワインそのものについて説明しよう。


大昔の葡萄畑は、複数品種の混植が当たり前だった。

昔は今ほど葡萄の生理学や栽培学の研究が進んでおらず、現代では常識的な病害や害虫への防除策がほとんどなかったので、その年の葡萄がうまく育つかどうかは、神のみぞ知る。という状況だったのだ。


そこで、リスクの分散という重要な役割を果たしてきたのが混植。多種多様な葡萄を植えておけば、いくつかの葡萄品種がやられてしまっても、生き残った葡萄からワインが作れた、という訳。


近代的なワイン造りが始まった頃には、葡萄栽培の技術も高くなり、リスク分散しておく必要性が薄れたこと、より緻密なワイン造りの為、葡萄品種ごとに醸造して、後からブレンドするのが主流となったこともあり、混植混醸というかつての伝統は、ヨーロッパや新世界の各地で急速に廃れていってしまった


世界でもすっかり稀な存在になり、ようやく近年になって復権の兆しが見えてきた混植混醸を、20年以上前から復活させて、啓蒙活動に取り組んできたのが、ウィーンという産地であり、この地を代表する造り手である、ウィーニンガーだ。


混植混醸には、実は致命的ともなりかねない難点がある。

全ての葡萄を「同じタイミング」で収穫するのが基本となるため、細かなコントロールがほとんど効かないのだ。そうなると、収穫タイミングを見極めるワイナリーの観察眼と判断力と経験(要するに実力)、そしてヴィンテージの恩恵が極めて重要になってくる。


つまり、簡単に高品質のワインを作れるということではないのだ。


しかし、そのリスクと引き換えに、混植混醸は比類なき個性をワインに与えることができる。


畑に植えられた多種類の葡萄が、同時期に収穫されることによって、葡萄品種同士が互いの個性を抑え合うという現象が起こる。その結果として、テロワールの味わいが最前面に出てくるのだ。


特に白ワインにおいてこの特性は顕著に出る

優れた造り手が優れたテロワールの混植畑から手掛けた混醸白ワインは、まさにミネラルモンスターと化すのだ。


さて、遠回りは終了して今回のワインに焦点を当てていく。


生産者:Hajszan Neumann / ハイサン・ノイマン

ワイン名:Gemischter Satz "Natural" / ゲミシュター・サッツ "ナチュラル"

葡萄品種:5品種の混植

ワインタイプ:オレンジワイン

生産国:オーストリア

生産地:Wien / ウィーン

ヴィンテージ:2018

インポーター:ヘレンベルガーホーフ

参考小売価格:6,000円



造り手であるハイサン・ノイマンは、ウィーニンガーが買収したワイナリーを、本丸とは違うコンセプトのブランドにするために、よりナチュラルな方向性にしたプロジェクトだ。


その過程で、一つ、とてつもないワインが誕生した。

それがこの、ゲミシュター・サッツのオレンジワインである。


葡萄の果皮を漬け込みながら発酵させるオレンジワインは、果汁に加えて果皮からもたくさんの情報を引き出す。ここに、混植混植という伝統が掛け合わされたとき、ミネラルと果実味と酸と旨味の巨大なミルフィーユのように折り重なったモンスターワインが生まれた。


今となっては世界中で作られ、第4のカテゴリーとして完全に確立したオレンジワインだが、世界広しと言えど、ここまで圧巻の品質に至ったオレンジワインは、片手で数えられる程度しか存在していない


混植混醸とオレンジ

ありそうでなかったこの組み合わせは、今後世界のワインシーンを席巻していくのだろうか。


引き続き、注目していきたい。


<ソムリエプロフィール>

梁 世柱 / Seju Yang

La Mer Inc. CEO

1983年大阪生まれ。2003年にNYに移住後、様々なレストランにてソムリエとして研鑽を積む。

2011年starchefs.comよりRising Star NYC Sommelier Award受賞。

2012年Zagat SurveyよりZagat 30 under 30 NYC Sommelier Award受賞。

同年、Wine Enthusiast紙より、America’s 100 Best Wine Restaurant Award受賞。

世界最大のソムリエ激戦地での連続受賞は日本出身のソムリエとして唯一の快挙となった。

2012年に日本帰国後は、ミシュランガイド三ッ星店も含め、都内のレストランでシェフ・ソムリエを歴任。

2017年、オーストラリアにて開催されたSomms of the Worldに、World’s 50 Best Sommeliersの一員として招聘。

2018年、La Mer Inc.設立。代表取締役社長兼CEOに就任。

ワインジャーナリストとしてワイン専門誌に多数寄稿。



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