top of page

A Place for Rosé (期間限定特別無料公開)

8月12日
読了時間: 4分

「日本では、ロゼワインが定着しない。」

「今年こそは、ロゼワインブームがくる。」


もう何年、この言葉を聞いてきただろう。


春になると、ワイン業界は思い出したようにロゼを売り始める。


桜が咲き始める。

そうだ、ロゼはピンク色だ。

よし、合わせよう。


発想としては、小学校低学年の色合わせと大差ない。


売り場には桜の写真が並び、SNSでは花見の風景にロゼのボトルが紛れ込む。


「桜色のワインで乾杯を」と一斉にプロモーションが展開される。


そして桜が散る。

ロゼも消える。


桜の開花から散るまで、せいぜい数週間。

その短い期間へロゼの需要を押し込み、自分たちの手で「期間限定商品」に仕立て上げたあと、

「日本ではロゼがなかなか定着しませんね」などと言っている。


これでは、そもそも定着させる気があるのか疑いたくなる。


もちろん、花見でロゼを飲むこと自体には何の問題もない。


満開に咲いた桜の樹の下で、良く冷えたロゼを開ければ、色彩的にも気分的にもよく似合う。


ただ、それを主な販売理由にした瞬間から、いろいろとおかしくなる。


国、産地、品種、テロワール、歴史、造り手、ヴィンテージ、熟成。


普段、私たちはそうしたものにワインの価値を見出しているはずなのに、春の桜プロモーションでは、それらがほとんど必要ない。


必要なのは、ピンク色。

ただ、それだけだ。


挙げ句の果てには、「桜の香りのするロゼ」などと平然と適当をばら撒く。


これはロゼの魅力を伝えているようで、実際にはかなり雑に扱っている。


どんな場所で生まれたロゼなのか。

この品種をロゼにしたときに現れる、独特の表情は。

そのロゼは、どんな料理と飲みたいのか。


そうした当たり前の説明の一切合財を放棄して、ピンク色という一点だけを抜き出す。


浅はかなプロモーションを続けた結果、ロゼはいつまで経っても「春になると思い出すワイン」から抜け出せない。


そして、それを市場の未成熟とまで呼ぶ。


随分と都合のいい話だ。



ただし、日本でロゼが定番にならない理由を、すべて売り手の怠慢で説明するのも正確ではない。


ここには、生活文化の違いがある。


海外、とりわけ南フランスをはじめとする地中海沿岸では、ロゼは夏の風景に深く組み込まれている。


強い日差し。

乾いた空気。

長い昼。

屋外のテラス。

ゆっくりとした昼食。


そこへ、よく冷えた軽快なロゼが置かれる。


ワインだけが、そこにあるのではない。

気候、食事、余暇、時間の使い方まで含めて、一つの習慣になっている。


だから「夏にはロゼ」が、生活の中の必然になる。


ただし、そのイメージをそのまま日本へ持ってくると、少々話が怪しくなる。


八月の東京。


気温は三十度を大きく超え、湿度も高い。

午後二時のテラス席は、優雅な休暇というより持久走に近い。


グラスの結露は美しく見えるが、人間の結露はただの汗だ。


日本の夏は、外へ出たくなる季節というより、外から逃げたくなる季節である。


違うのは気候だけではない。


日本ではロゼに限らず、平日の昼食にワインを飲む習慣自体が一般的ではない。

昼食時間は短く、その後には仕事や家事が続く。

結果として、ワインを含むアルコールを飲む場面は夕方以降へ偏りやすい。


輸入したワインと一緒に、生活様式まではコンテナに入ってこない。

ならば、海外のロゼ文化をそのまま移植するには無理がある。

必要なのは、日本の生活の中に、ロゼの居場所を作ることだ。



日本の夏なら、むしろ夕方からでいい。


仕事を終え、暑さの残る帰り道でもう一汗かき、冷房の効いた家へ帰る。

夏らしい料理が食卓に並ぶ。

そこでロゼを開ける。


考えてみれば、日本の夏の食卓はロゼにとってかなり面白い。


冷やしトマト。

鰹のたたき。

焼き茄子。

冷しゃぶ。

夏野菜の揚げ浸し。

とうもろこし。

冷やし中華。

薬味をたっぷり添えた素麺。


そこに、ロゼの居場所が確かにある。


白ワインのように冷やして飲めて、赤ワインほど重くない。

赤い果実のニュアンスがあり、ときには軽い渋味もある。


魚と肉が同じ食卓に並ぶことも珍しくない日本の家庭料理では、この中間的な性格がむしろ強みになる。

一本で、かなり広い範囲を受け持てる。

これは「ピンク色と桜」より、ずっと実用的な価値だ。



休日の南仏を再現する必要はない。


日本のロゼ風景には、テラスも、地中海も、サンダルも、麦わら帽子もなくていい。


いつもの夏らしい夕食の時間。

まずはビールを冷蔵庫から一本出して、喉を潤す。

ビールで整ったら、次は料理と一緒にロゼを飲む。

そのくらい生活側へ降りてきて初めて、ロゼは日本の夏に根を張る。


来年も春になって、桜の写真の横にロゼを並べるのは構わない。

ただし、それを「ロゼを広める活動」だとは、もう言わない方がいい。

桜が散るたびに一緒にロゼまで片づけてきたのは、ほかならぬワイン業界なのだから。

お問い合わせ

この​サイトについてのお問い合わせや取材依頼などは下記よりご連絡ください。

​有料会員になる

800円/月のプレミアムプランに加入して、全ての記事にフリーアクセス​。
 

© 2024 SommeTimes

bottom of page