A Place for Rosé (期間限定特別無料公開)
- 2 分前
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「日本では、ロゼワインが定着しない。」
「今年こそは、ロゼワインブームがくる。」
もう何年、この言葉を聞いてきただろう。
春になると、ワイン業界は思い出したようにロゼを売り始める。
桜が咲き始める。
そうだ、ロゼはピンク色だ。
よし、合わせよう。
発想としては、小学校低学年の色合わせと大差ない。
売り場には桜の写真が並び、SNSでは花見の風景にロゼのボトルが紛れ込む。
「桜色のワインで乾杯を」と一斉にプロモーションが展開される。
そして桜が散る。
ロゼも消える。
桜の開花から散るまで、せいぜい数週間。
その短い期間へロゼの需要を押し込み、自分たちの手で「期間限定商品」に仕立て上げたあと、
「日本ではロゼがなかなか定着しませんね」などと言っている。
これでは、そもそも定着させる気があるのか疑いたくなる。
もちろん、花見でロゼを飲むこと自体には何の問題もない。
満開に咲いた桜の樹の下で、良く冷えたロゼを開ければ、色彩的にも気分的にもよく似合う。
ただ、それを主な販売理由にした瞬間から、いろいろとおかしくなる。
国、産地、品種、テロワール、歴史、造り手、ヴィンテージ、熟成。
普段、私たちはそうしたものにワインの価値を見出しているはずなのに、春の桜プロモーションでは、それらがほとんど必要ない。
必要なのは、ピンク色。
ただ、それだけだ。
挙げ句の果てには、「桜の香りのするロゼ」などと平然と適当をばら撒く。
これはロゼの魅力を伝えているようで、実際にはかなり雑に扱っている。
どんな場所で生まれたロゼなのか。
この品種をロゼにしたときに現れる、独特の表情は。
そのロゼは、どんな料理と飲みたいのか。
そうした当たり前の説明の一切合財を放棄して、ピンク色という一点だけを抜き出す。
浅はかなプロモーションを続けた結果、ロゼはいつまで経っても「春になると思い出すワイン」から抜け出せない。
そして、それを市場の未成熟とまで呼ぶ。
随分と都合のいい話だ。

ただし、日本でロゼが定番にならない理由を、すべて売り手の怠慢で説明するのも正確ではない。
ここには、生活文化の違いがある。
海外、とりわけ南フランスをはじめとする地中海沿岸では、ロゼは夏の風景に深く組み込まれている。
強い日差し。
乾いた空気。
長い昼。
屋外のテラス。
ゆっくりとした昼食。
そこへ、よく冷えた軽快なロゼが置かれる。
ワインだけが、そこにあるのではない。
気候、食事、余暇、時間の使い方まで含めて、一つの習慣になっている。
だから「夏にはロゼ」が、生活の中の必然になる。
ただし、そのイメージをそのまま日本へ持ってくると、少々話が怪しくなる。
八月の東京。
気温は三十度を大きく超え、湿度も高い。
午後二時のテラス席は、優雅な休暇というより持久走に近い。
グラスの結露は美しく見えるが、人間の結露はただの汗だ。
日本の夏は、外へ出たくなる季節というより、外から逃げたくなる季節である。
違うのは気候だけではない。
日本ではロゼに限らず、平日の昼食にワインを飲む習慣自体が一般的ではない。
昼食時間は短く、その後には仕事や家事が続く。
結果として、ワインを含むアルコールを飲む場面は夕方以降へ偏りやすい。
輸入したワインと一緒に、生活様式まではコンテナに入ってこない。
ならば、海外のロゼ文化をそのまま移植するには無理がある。
必要なのは、日本の生活の中に、ロゼの居場所を作ることだ。
日本の夏なら、むしろ夕方からでいい。
仕事を終え、暑さの残る帰り道でもう一汗かき、冷房の効いた家へ帰る。
夏らしい料理が食卓に並ぶ。
そこでロゼを開ける。
考えてみれば、日本の夏の食卓はロゼにとってかなり面白い。
冷やしトマト。
鰹のたたき。
焼き茄子。
冷しゃぶ。
夏野菜の揚げ浸し。
とうもろこし。
冷やし中華。
薬味をたっぷり添えた素麺。
そこに、ロゼの居場所が確かにある。
白ワインのように冷やして飲めて、赤ワインほど重くない。
赤い果実のニュアンスがあり、ときには軽い渋味もある。
魚と肉が同じ食卓に並ぶことも珍しくない日本の家庭料理では、この中間的な性格がむしろ強みになる。
一本で、かなり広い範囲を受け持てる。
これは「ピンク色と桜」より、ずっと実用的な価値だ。
休日の南仏を再現する必要はない。
日本のロゼ風景には、テラスも、地中海も、サンダルも、麦わら帽子もなくていい。
いつもの夏らしい夕食の時間。
まずはビールを冷蔵庫から一本出して、喉を潤す。
ビールで整ったら、次は料理と一緒にロゼを飲む。
そのくらい生活側へ降りてきて初めて、ロゼは日本の夏に根を張る。
来年も春になって、桜の写真の横にロゼを並べるのは構わない。
ただし、それを「ロゼを広める活動」だとは、もう言わない方がいい。
桜が散るたびに一緒にロゼまで片づけてきたのは、ほかならぬワイン業界なのだから。


