Search Results
「ペアリングの基本」の検索結果
「ペアリングの基本」に対する検索結果が882件見つかりました
- ペアリングのパーソナライズ <12> 季節感:秋 Part.3
秋を飲む 秋を、実りの季節としてだけではなく、成熟と終わりが同じ時間の中を進んでいく季節として捉えるなら、ワインペアリングも、ふくらみや酸の設計だけでは完結しない。 秋のペアリングを完成させるために、最後に考えたいのはその二つだ。
- ペアリングのパーソナライズ <3> 季節感:前段
ペアリング理論がまず提示するものは、正しさである。 完璧に理論武装されたペアリングは、正しすぎるほど正しい。 実際には、理屈としては申し分のないペアリングが、ひどく無機質で、どこか空気の通わないものとして感じられることがある。
- ペアリングのパーソナライズ <11> 季節感:秋 Part.2
秋のペアリングでは、まずそこから考えてみたい。
- ペアリングのパーソナライズ <9> 季節感:夏 Part.3
夏を飲む 夏を、ただ爽やかさの記号としてではなく、開放感と疲労、みずみずしさと濃度が同居する季節の総体として捉えるなら、ワインペアリングは、質感や酸の設計だけで完結するものではない。
- ペアリングのパーソナライズ <5> 季節感:春 Part.2
春を支える 春を花や光の記号としてではなく、明るさと不安定さ、軽さへの欲求となお残る鈍さが同居する季節の総体として捉えるなら、ワインペアリングに求められる条件も自ずと変わってくる。 春のペアリングに必要なのは、単純な軽快さではない。 香りが華やかで、口当たりが軽ければよいという発想では、季節の実感に届かない。 第一に、ワインには透明性と抑制が必要である。
- ペアリングのパーソナライズ <8> 季節感:夏 Part.2
夏を支える 夏を、ただ爽やかで軽い季節としてではなく、開放感と疲労、みずみずしさと濃度が同居する季節の総体として捉えるなら、ワインペアリングに求められる条件も自ずと変わってくる。
- ペアリングのパーソナライズ <6> 季節感:春 Part.3
春を飲む 春を花や光の記号としてではなく、揺らぎを含んだ季節の総体として捉えるなら、春のペアリングは、軽やかさを装うことでも、酸や透明性でただ支えることでも終わらない。 春という季節感に真に寄り添う一本は、最終的にはこの二つの層の向こう側で、その精度を問われる。 第三に、春にふさわしいのは、甘美だが表層的な香りではなく、甘さと苦さが混在する奥行きのある香りである。
- ペアリングのパーソナライズ <10> 季節感:秋 Part.1
秋をほどく 秋は、実りの季節として語られる。 果実は熟し、稲穂は垂れ、茸が土から顔を出す。 魚には脂が乗り、野菜にも夏とは違う奥行きが見えてくる。 たしかに、秋は満ちている。 だが、その豊かさは、夏のように外へ勢いよく膨らんでいくものではない。 むしろ、十分に満ちたものが少しずつ速度を落とし、内側へ沈み始める。 実りのすぐ隣に、終わりの気配がある。 秋の美しさは、その二つを切り離せないところにあるのだ。
- ペアリングのパーソナライズ <7> 季節感:夏 Part.1
夏をほどく 夏という季節感に向き合うには、まず夏を一つの表情だけで受け取らないことが必要だ。 夏はよく、開放の季節として語られる。 日照は長くなり、空は大きく開き、街も人もどこか外向きになる。 たしかに、それも夏の顔のひとつだ。 けれど、夏をただ明るく、ただ軽快な季節として受け取ると、すぐに見落としが生まれる。 この季節を形づくっているのは、開放感だけではない。 熱の蓄積、湿度の停滞、光の過剰、身体の消耗。 そうしたものまで含めて、夏の輪郭はようやく見えてくる。
- 超クラシックパスタとペアリングの妙
パスタはイタリア料理という枠組みを大きく飛び出して、世界のスタンダード料理となっている。 このような料理に見受けられる傾向として、ある種の「フォーマット」であることが挙げられるだろう。 乾麺でも、生麺でも良く、具材やソースのバリエーションはまさに無限大。 もはや、パスタという料理の定義をどこに置くべきか分からなくすらなるレベルだが、パスタという「フォーマット」だと考えれば、理解しやすくなる。 身近な例えで言うと、天ぷらというフォーマットの元に、あらゆる具材が使える、という点にも似ているだろうか。 そんなパスタにも、スーパークラシックと呼べる料理がいくつもある。 中でも、料理人の腕が問われるパスタとしても知られるものの一つが、アーリオオーリオペペロンチーノ。
- ペアリングのパーソナライズ <4> 季節感:春 Part.1
だが、春の本質は、ただ明るく軽やかなことにあるのではない。 むしろ、明るさと不安定さが同時に進んでいく、その頼りなさにこそある。 東アジアの古い季節観は、そのことをよく知っていた。
- 生ハムメロンとペアリング
生ハムとメロン。 どちらも単独で十分に成立している食材だが、並べてみると、最初から仲が良さそうにはどうも見えない。 一方は、豚の腿肉に塩を施し、長い時間をかけて水分を抜いたもの。 もう一方は、果肉の大半に水分を抱え、甘い果汁を滴らせる夏の果物。 乾いた肉と、熟れた果実。 塩と糖。 熟成と瑞々しさ。 ずいぶん方向の違う二人を、イタリア人はなぜか同じ皿に座らせた。 この組み合わせの背景には、古代ギリシャからローマへ受け継がれ、中世以降のヨーロッパにも大きな影響を与えた「四体液説」があったといわれている。 当時の医学では、人間の健康は「熱い、冷たい、乾いた、湿った」という性質の均衡によって保たれると考えられていた。 食材にも同じ性質が割り当てられ、偏りの強いものは、反対の性質を持つ食材と組み合わせる必要があるとされた。 水分が多いメロンは、「冷たく湿った」食材であり、そのまま大量に食べるのは身体によろしくない。一方、塩漬けにして乾燥、熟成させた肉は、「熱く乾いた」性質を持つ。そこで両者を同じ皿に置き、互いの偏りを打ち消そうとした。





