暖冬の続く長野県。
1月下旬および2月初旬の大寒波によって一時的な大雪は降ったものの、例年に比べて非常に雪が少ない。2月下旬には日中に10℃を越える暖かい日も多く、雪ではなく雨が降っている。
現時点で生育期の天候を予想することは難しいが、近年続く悪天候がまた今年も来るのではないかという不安と、今年こそは好天になって欲しいという希望の思いが入り交じる。
気候変動による世界ワイン産地へ与える影響が大きくなる中、春先の寒波や遅霜が多発するフランスの被害を思い起こすが、ここ長野県でも既にブドウ以外の果樹では遅霜の被害が多く発生している。
気温が高まれば萌芽時期も早まるが、その時期が早まれば早まるほど遅霜のリスクも高まる。私の地域では「ゴールデンウィーク以降に霜は降りない」と言われているが、ほとんどの果樹は4月中に萌芽するため、霜による被害を受ける可能性は大いにある。
冬から春への季節の移り変わりが極端でないことを願う。
「休眠期」
寒い冬の期間中、ブドウ達は静かに眠っている。
ブドウの生育は4期(①消費再生時期 ②拡大生産期 ③蓄積生産期 ④休眠期)に分けられ、現在ブドウは休眠期中である。
休眠期は、葉が落ちてから芽が出るまでの期間を言い、葉の無いこの期間に物質生産は行われず、樹液の循環も停止している。
冬に剪定を行う一番の理由は、樹液が出にくい時期であることであり、傷口からの病気感染リスクが低いことも挙げられる。
1月〜3月に剪定を行う者が多いが、2月に行うべきだと言う人もいれば、3月が最も適期だという意見もあり人それぞれ考えが違うようである。3月に剪定を勧める理由は、傷口から滴る樹液が病原菌の木部侵入を防止するからというものである。しかし、教科書には「休眠期後の樹液流動開始時に剪定をした場合、傷口から樹液流出による生長妨害発生の可能性がある」として遅い時期の剪定に注意が必要と書かれている。
「欧州の剪定時期」
温暖化と気候変動で植物の生育サイクルに変化の生じているヨーロッパでは、萌芽が早まることによる春の遅霜の被害が大きくなっていることから、ますます剪定のタイミングを遅らせる傾向にあると言う。1月に剪定を行った場合と、3月に剪定を行った場合の萌芽時期の違いは約1週間ほどだそうだが、この1週間の遅れが霜のリスクを軽減できることから、非常に重要視されている。萌芽の遅れは生育期間中に取り戻され、ブドウの収量や品質に影響は出ないとのこと。
「遅霜の被害で収穫量が例年の50%の見込み」などの記事を目にするが、農家として生産物の収穫量減は非常に厳しい現実的問題である。
「凍害①」
1月下旬の大寒波により日本各地で厳しい寒さに見舞われた。私の地域でも今までに体験したことのない寒さが襲い、最も寒い日で、最低気温がマイナス13℃を記録した。
ブドウは耐寒力の強い植物であるが、地域や品種によっては凍害がしばしば発生している。
凍害がいったん発生すると、樹勢/樹形の乱れや収量/品質の低下、枯死や主幹の裂開、発芽遅延/不揃い、生育不良など様々な様相を呈し、その影響は数年にわたって尾を引くと言われている。
寒さの厳しい地方では、凍害を回避するために主幹部への藁巻き防寒や、地上部の枝を地中に埋め込むなどの工夫が行われている。
「凍害②」
晩秋から初冬にかけてブドウの耐寒性は徐々に高まり、気温が0℃以下になると耐寒力は加速的に増加し強い耐寒力を獲得する。一方、いったん強い耐寒力を得たものが高温に遭遇すると反対に耐寒力を失う。したがって植物の凍害は、初冬に耐寒力を獲得する前に急激に強い低温に見舞われた時や、暖冬でいったん耐寒力を失った後に戻り寒波の襲来で強い低温に遭遇した時に発生すると言われる。
凍害は気温の強弱だけではなく、樹の早期落葉や徒長、遅伸びなどによる充実不良も大きな原因の一つとされており、新梢が伸びすぎる事による木化の遅延、樹体内炭水化物の減少および窒素含量増加によるC-N比低下(充実不良)にも注意が必要である。
窒素過多や密植、強剪定、過剰灌水などによる徒長、遅伸びや、葉の障害、結果過多、収穫遅延などは樹体内養分の浪費や同化生産量不足を招き、それが樹の衰弱を誘発し耐凍性の低下へと繫がる。
気候変動により寒暖差が大きくなる傾向にある中,急激な気温の低下や上昇によるサイクルのズレによる植物への悪影響が心配であるが、適地適産な品種選択や耐寒性の強い台木の選択、耐寒性を向上させるための栽培技術の向上など多くの対策を行う必要があり、更に生育期間中の適切な栽培管理で樹の充実を良好に保つ必要がある。
今年生まれて初めてマイナス13℃を体験した私の圃場ブドウ達が、元気に眠りから覚めることを祈る。
「昨年の反省」
すべての葉が落葉し裸になった冬のブドウ樹の様子は、非常に確認が容易である。
春から秋の生育期間中に、彼らの樹勢を見ながら適正な枝数を残し調整してきたが、中には枝が多過ぎたものや、逆に枝が少な過ぎたものが存在した。
その善し悪しは、新梢の数と太さ、長さ、節間の長さ、色艶などで判断できるが、枝を多く残し過ぎた樹の枝は全体的に細く頼りなく、制限し過ぎた樹の枝は徒長し極太の枝になってしまっている。
圃場全体としてはうまく調整できたが、まだまだ改善しなければいけない点は大いにある。
ブドウ一樹ごとの樹勢強弱を把握し、どの程度剪定したら良いか考えながら判断していかなければならない。
「剪定方法」
ブドウで行われている剪定方法には、大きく分けて“短梢剪定”と“長梢剪定”の二つがある。
短梢剪定は、結果母枝をすべて1~2芽に切る方法で、剪定は機械的で誰にでも行うことができ、生育期間中の栽培管理も含め非常に作業効率が良い。他にも結実する房の数が減少するため果実の品質が向上するとも言われる。しかし、この剪定方法は樹勢の調節が難しく、徒長枝の多出や結実不良、収穫時期の遅延など品種によって向き不向きがある。
一方、長梢剪定は結果母枝を5〜12芽に切る方法で、枝の長さを樹勢に合わせて自由に変えることができるため、樹勢調節が容易で樹の生理や生態を乱さずに管理が可能である。したがって、有核果/無核果生産を問わずどんな品種にも採用でき、特に花ぶるいのひどい品種には有効と言われる。しかし、短梢剪定に比べて難易度が高く、作業に時間を要する。
それぞれにメリットとデメリットがある為、栽培品種や圃場環境、人員、など諸々を考慮して決定しなければならない。
「シングル・ギュイヨ」
私の圃場ではいくつか異なる剪定方法を実施しているが、主は長梢剪定のシングル・ギュイヨである。長梢の結果母枝1本と短梢の予備枝を持つ剪定で、「片腕」などとも言われる。
長梢剪定を選ぶ理由は、樹勢の調節が可能であるという点が一番大きく、シングルで行う理由は株間75cmの密植栽培をしているので、結果母枝に与えることができるスペースが片腕分だけであるからである。
密植することによりブドウ樹同士を競合させ樹勢を抑えることで、果実の品質向上を狙っていたが、今年までの樹たちの生長を見る限り、再検討の必要性を感じている。土壌の力と品種の樹勢を考えると1株あたり75cmの株間は非常に狭く、樹勢に合わせた芽数を残せば枝数過多で樹幹は密になり過ぎ病気のリスクを高めてしまう。
「品質」と「樹勢」の兼ね合いが大きな課題である。
剪定作業はまだ続く。
今年もいくつかの剪定検証を行い、最善策を探していかなければならない。
<筆者プロフィール>
ソン ユガン / Yookwang Song
Farmer
1980年宮城県仙台市生まれ。実家が飲食店を経営していたこともあり幼少時よりホールサービスを開始。2004年勤務先レストランにてワインに目覚めソムリエ資格取得後、2009年よりイタリアワイン産地を3ヶ月間巡ったのち渡豪、南オーストラリア「Smallfry Wines(Barossa Valley)」にて約1年間ブドウ栽培とワイン醸造を学ぶ。また、ワイン産地を旅しながら3つのレストランにてソムリエとして勤務。さらにニュージーランドのワイン産地を3ヶ月間巡り、2012年帰国。星付きレストランを含む、都内5つのレストランにてソムリエ、ヘッドソムリエとして勤務。 2018年10月家族で長野へ移住。ワイン用ブドウを軸に有機野菜の栽培をしながら、より自然でサスティナブルなライフスタイルを探求している。 2021年ブドウ初収穫/ワイン醸造開始。 現在も定期的に都内にてワインイベントやセミナーなどを開催。 日本 ソムリエ協会認定 シニアソムリエ 英国 WSET認定 ADVANCED CERTIFICATE 豪国 A+AUSTRALIAN WINE 認定 TRADE SPECIALIST