親愛なる純米酒愛好家へ
- 7月2日
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日本酒の世界には、純米酒以外を認めない人々がいる。
皮肉を込めて、あえて純米酒原理主義者と呼ぼう。
純米酒が好きだというだけなら、何の問題もない。
米と米麹と水だけで造られた酒の「純粋さ」に魅力を感じる。
醸造アルコールを使った酒よりも、純米酒の旨味、ふくらみ、やさしさを好む。
その気持ちは十分すぎるほど理解している。
そもそも、酒の好みは自由だ。
純米酒だけを飲む自由もある。
純米酒だけを扱う店があってもいい。
純米酒に造り手の思想を見出し、そこに深く共感する飲み手がいてもいい。
私が問題視しているのは、そこではない。
問題は、純米酒への嗜好が、いつの間にか他の酒を裁くための木槌に変わることだ。


