水を差すジャーナリズム
- 10 分前
- 読了時間: 5分
どんなワインを造っても、それは造り手の自由。
どんなワインを好きだと言っても、それは飲み手の自由。
どんなワインにこだわって販売しても、それは売り手の自由。
その通りだ。
まったく、その通りだと思う。
ワインは、解答の用意された試験ではなく、誰かの好みを裁判所に引きずり出すような飲み物でもない。
それぞれがもつ「選択の自由」に外側から手を突っ込み、「これは正しい」「これは間違っている」と乱暴に決めつけることは、たしかに傲慢だ。
だが、問題はその先にある。
自由は、否定されるべきものではない。
しかし、自由を印籠のように掲げれば、すべての問いから逃れられるわけでもない。


