久住高原に宿る山のテロワール

ある特定の果樹に、並々ならぬ興味と関心をもち続ける。


我々の行動は人々に奇妙に映っているのかもしれない。休日や暇な時間を見つけては、一般人が好むレジャースポットには目もくれず果樹を愛でる旅に出かけ、時には海を越え異国の地にまで赴くこともある。この果樹とはブドウの樹。一房のブドウが酵母という微生物の力を借りてワインという人々を魅了する液体へと変化し、それは毎年繰り返される。その生命の神秘と循環に魅了されるのであろう。我々にとってブドウ樹の畑を訪れることは勉強であると同時に、この上ない非日常的な楽しみのひとつでもある。


私がソムリエを目指すことを決意したのは20代前半の頃だが、修業先に選んだのは美食の街・東京やニューヨークでもなく、ワインの本場パリでもミラノでもない。大分県の山奥にある久住高原である。超がつくほどの“ど田舎”だ。阿蘇くじゅう国立公園に属し、標高600から1,100メートル、希少野生動植物が生息する広大な草原を有する。SDGsの目標のひとつに“陸の豊かさを守ろう(英Life on Land)”というものがあるが、この考え方が生まれるはるか昔から景観や生態系を守るための野焼きや放牧が、数百年を超える伝統として行われてきた自然豊かな土地である。



そんな久住高原に位置するリゾートホテル『レゾネイトクラブくじゅう』に、約5年間お世話になった。自然と“共鳴する”(Resonate)をコンセプトとする宿泊施設で、まわりの生態系に配慮した木造の建物、紅殻之湯と呼ばれる赤褐色の上質な温泉、豊後牛を名物料理とするフレンチと季節を感じる日本料理のレストランが魅力のホテルである。


大分では“とても”や“非常に”を表現する際には、“しんけん”という方言を使うことが多い。関連があるかはわからないが、印象として大分には物事を真剣に取り組む人たちが多いと感じている。ホテルの周りは自然豊かで穏やかな空気が流れていたが、レストランの現場は常に緊張感が張り詰めていた。シェフもスーシェフもマネージャーもソムリエも、相手が新人だろうと中途半端な仕事を見逃すことはなかった。ヘマをしたり気合いが抜けていたときには、容赦なく雷が落ちてきた。時には凹むほど叱られることもあったが、そんな経験も今となっては良い思い出である。熱い情熱を持った先輩方に鍛えられ、ソムリエコンクールを勝ち抜けるほどの強いメンタルを身につけることができた。


久住で修行して良かったことはこれだけではない。ブドウの樹、ブドウ畑が日常の光景に溶け込んでいたことだ。職場から車で10分ほどのところに久住ワイナリーがあり、毎日このブドウ畑の脇道を車で通勤していた。ワインの勉強のために、わざわざ遠くまでブドウ畑を見に行く必要がなかったのだ。久住のブドウ畑は山梨県勝沼のような日本的なブドウ畑の光景ではなく、くじゅう連山の麓に広がる約6ヘクタールの一枚畑はまるでアペニン山脈の麓に広がるタウラージ(*1)のような広大な景観を持つ。ワイン生産者の多くがブドウ畑を取り巻く生物多様性の重要さを指摘するが、この久住ワイナリーの環境は日本でもトップクラスの生物多様性を誇るのではないかと思われる。雄大な自然の中で四季の変化を感じながら、休眠、萌芽、展葉、開花、結実、色付きといった、ブドウの樹が種を残し生命を維持するために行う必要な活動を年中いつでも見ることができ、肌で感じることができた。


*1タウラージ:イタリア・カンパーニャ州の銘醸赤ワイン。葡萄品種はアリアニコ。イタリア全土でも最も偉大な赤ワインの一つに数え上げられる。





久住ワイナリーは標高約850メートルの場所にあり、九州のワイナリーの中では冷涼な気候で冬には雪も積もる粘土質土壌の上に酸性の火山灰土による黒ボク土が50~100センチ程度広がっており、2002年からブドウが植樹されている。ワイナリーのオープンは2006年でオープンしてすぐにワインを購入した。ファーストヴィンテージは2005年だっただろうか。最初のシャルドネは甘口だった。非常に飲みやすい白ワインという印象で、ピノ・ノワールやメルローも飲みやすいが物足りなさを感じた。当時はソムリエになりたての頃でテイスターとして未熟だったという前提だが、久住で本格的ワインを造るのは厳しいのでは、というのが最初の率直な評価だったと記憶している。ところが時が経つにつれてその評価は誤りだったと気付かされる。


久住でのワイン造りの難しさは、収穫のタイミングも関係している。気候が冷涼であるため九州の他のワイナリーと比較して収穫が数週間から1ヶ月ほど遅い。常に台風の通り道となる九州において収穫が遅いというのは、台風の風にさらされるリスクが高くなるということである。美しい自然は時に、我々に思いがけない試練を与えることがあることを思い知らされる。だからこそ嵐を乗り越え素晴らしいワインができたときの感動は、言葉では言い表せない。ファーストヴィンテージの時に酷評した久住ワイナリー・ピノ・ノワール2010年は、「ここまで変わるのか」と、これまでに飲んだあらゆるワインの中でも最も感動したワインのひとつである。


2018年ヴィンテージからは支配人だった土持浩嗣さんが醸造家としてもデビューして、素晴らしいワインをリリースしている。現在では特にシャルドネによる白ワインと、“くしふるの夢”という独自の山ブドウを使用した赤ワイン造りに力を入れているそうだ。より久住らしいワインを造ろうと、努力されているのがうかがえる。土持さんのシャルドネは冷涼な気候を反映した涼しげなアロマと伸びのある綺麗な酸、心地よいミネラル感が特徴だ。樽のトリートメントもしっかりコントロールされている。イタリアで例えると山岳地帯のヴァッレ・ダオスタやトレンティーノのシャルドネに似ており、他の九州産シャルドネでは表現できない山のテロワールが明確に刻印されている。


久住ワイナリーを語る上で、どうしても忘れられない思い出がもうひとつある。久住を離れ福岡のイタリアンレストランで働きはじめてすぐの頃、ミゾレ(仮名)という同僚がいた。歳は10ほども離れていたが陽気な性格で友人も多かった。口数が少なく後輩の面倒見が決して良いとはいえない私にも、不思議とミゾレはなついてくれていた。


ミゾレはソムリエには興味がなく、ワインを深く勉強するタイプではなかったが、お酒を飲むのは好きだったようだ。仕事帰りにコンビニで缶ビールをおご らされたことも何度かある。なにか面白そうな物事はないか、アンテナを常に張っている感じで何かしらお酒関係のイベントに参加する時にはよくついてきていた。福岡では九州のワイナリーが一堂に集う九州ワインフェスタというイベントが開催されているが、これも同様に。特に久住ワイナリーが好きでブースに入り浸っては、土持さんやスタッフさんたちと楽しそうに話をしていたのをよく覚えている。


8年前の2013年、収穫前の久住ワイナリーを台風が襲った。風で傷ついたブドウがあるため急いでブドウを収穫する必要があり、休日を利用して参加することにした。一人でも多く人手が欲しいとの情報があったため、ミゾレも誘った。ブドウ狩りは楽しみだと喜んでいた。ブドウ狩りとは少し違う気もしたのだが、台風が過ぎ去った心地よい秋晴れの中でミゾレは一房一房のブドウを愛でるように収穫を楽しんでいた。


この原稿を書き上げている7月某日は、ミゾレの命日である。3年前の暑い夏の日に、ミゾレは突然倒れた。ご家族の話では亡くなる当日まで、いつもと変わらず元気な様子だったそうだ。早すぎる旅立ち…3年が過ぎた今でもこの時期になるとやりきれない思いがこみ上げてくるが、人はいつの日か自然の元へ帰らなければならない宿命を負っている。それまでは与えられた時間を力強く生きていきたいと改めて思う。


今回、数あるワインの中からこの一本を選んだ。生命溢れるブドウの樹から生まれたこのワインは美しく素晴らしい。