有為転変のシードル

恵比寿H(アッカ)にて、イノヴェーティヴなワインサーヴィスを牽引する新進ソムリエ菅野氏。幅広いジャンル、産出国にまたがるセレクションに加え、ノンアルコール・ペアリングの評価も高い菅野ソムリエからは、鋭い変化球的なコラムが届きました。


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今回ご紹介するのはワインではあるが葡萄原料でなく林檎原料のワイン、シードルである。

国内のシードルも最近では賑わいを見せており、大手企業も市場に参入するなど大分市民権を得てきたように感じられる。

そんなシードルであるが、実に興味深いシードルがイタリア北東部Alto Adigeで作られている。



生産者Floribunda (Egger Franz) / フロリバンダ (エッゲルフランツ)

ワイン名:Sidro alla Cotogna / スィドロ・アッラ・コトーニャ

品種:Topaz(林檎) 40% Gold Rush(林檎) 40% Cotogna(西洋カリン) 20%

タイプ:スパークリング(シードル)

生産国:イタリア

生産地:Trentino Alto Adige / 北イタリア トレンティノ=アルト・アディジェ州

ヴィンテージ:2020

インポーター:エヴィーノ

参考小売価格:¥2,400



元植物学者が作る瓶内二次発酵タイプの、SO2完全無添加のナチュラルシードルである。

実はこの作者、かなり複雑な経歴をおもちな方。

大学にて植物学者として勤務した後、退職後に父が続けて来たリンゴ栽培農家を、奥様と共に引き継ぐ。ワインの作り手を目指していたものの、所有する平地の農園は葡萄には向いていなかった。一旦はリンゴ栽培とシードル作り双方を手掛けていたが、輸入元であるエヴィーノの新津博史さんが訪問した2015~2016年時点ではシードル作りはやめてしまっていた。 シードル作りをしていた時の作品も、今の彼のスタイルとはかけ離れた所謂一般的なシードル。洗練され、それでいてナチュラルな今の作風からは想像できない過去である。

元々他のワイナリーに訪問する予定で、そことは別に紹介されたことで急遽訪問した新津さんに、彼は今の日本ワイン事情を質問したそうだ。


ナチュラルワインの席巻、瓶内二次発酵が珍重されるスパークリングワイン等々…

興味深く聞き入っていた彼は、ナチュラルスタイルでのシードルの醸造を決意する。

初ヴィンテージでは生産量は僅かに120本しかなかったが、2017年には今回紹介しているスィドロ・アッラ・コトーニャのみ培養酵母添加無し、2018年には全てのキュヴェで培養酵母の添加を取りやめている。

その凄まじいまでの創作意欲は、シードルという飲料の可能性をまさに今広げようとしている最中だ。

基本的な暗黙の共通概念としてシードルは熟成に適しておらず、安価かつ安易に消費されがちだが、彼の目指すところは長期熟成のできるシードル。

そこで登場するのが彼の農園で一緒に栽培されている西洋カリンである。日本国内のカリンと違い、西洋カリンは表皮に産毛があり分厚く、タンニンが豊富に含まれている。長期熟成に耐え得るタンニンを得るため、これをブレンドするという手法を思いついたそうだ。


それだけでなく、ニワトコの花をブレンドしたキュヴェは、その昔のアルト・アディジェの土地柄からインスピレーションを受けたものだ。


寒く貧しい地域であるアルト・アディジェでは、昔はワインがとても貴重且つ高価なものだった。そこでワインの澱に水と砂糖を入れ再発酵させたものを現地では飲まれていた。勿論クオリティはかなりひどく、せめて香りだけでも良くしようと使われていたのがニワトコの花だったが、それを応用して生まれたシードルがスィドロ・アイ・フィオーリ・ディ・サンブーコである。


他にも様々なキュヴェが彼の手で生まれているが、まだ実験段階であるというのでこれからがとても楽しみである。


彼の愛娘であるマダレーナもシードル作りに参加し、家族全員がその情熱を自分たちの林檎や作物に向けていく。歴史や伝統にはない作り方であるものの、その土地の暮らしや歴史が溶け込んだ彼らのフィロソフィーがどこに到達するのか、非常に興味深い。


<ソムリエプロフィール>

菅野 浩和 / Hirokazu Kanno

H -acca- Drink Director・Manager


1987年福島生まれ。大学進学後プロオーボエ奏者として活動。

オーケストラでの公演やレッスンを行いながら、傍らでWakiya一笑美茶楼にてアルバイトとして勤務。

多種多様なグランヴァンに触れワインの魅力に目覚める。

Wakiyaグループ在籍中に現La Mer Inc. CEOである梁世柱氏が加わり、彼によりナチュラルワインへの造詣を深める。

その後ナチュラルワインの専門スタッフとしてフレンチ食堂ぶどうにて勤務。

2017年からは梁世柱氏がシェフソムリエとして在籍していたS'accapauに合流後バトンタッチ。

専門誌に寄稿する傍ら、ナチュラルワインオンリーのペアリング及びノンアルコールペアリング、飲料全般の管理や外部委託された商品開発などを担当。

現在は恵比寿H -acca-にてドリンクディレクター及びマネージャーとして勤務。

社内の飲料関係全般を取り仕切る。