西ドイツを襲った大洪水

7月15日、世界に名だたる銘醸地が連なる西ドイツ(ベルギー、オランダの一部も)を、記録的豪雨とそれによって引き起こされた未曾有の洪水が襲った。13日頃から降り注いだ雨は、複数のエリアで例年同時期の約2ヶ月分に相当する降雨量を24時間で記録し、多くの河川を氾濫させた。


被害を受けた地域からは、現時点で180名以上の死者と、数多くの行方不明者が報告されているが、その中でも最も甚大な被害を受けたのが、ドイツの北西部に位置するアール峡谷である。


7月19日の時点で、死者数が117名に達したアール峡谷は、ドイツ北限のワイン産地であり、世界屈指のピノ・ノワール(シュペートブルグンダー)の銘醸地としても名を馳せている。その被害の全容が明らかになるのは、まだ先と思われるが、現地から届けられた写真と、断続的に更新される被害状況報告を見る限り、アール峡谷が危機的状況に瀕している可能性は極めて高い


日本国内でも人気の高い生産者であるクロイツベルクマイヤー=ネーケルからも、被害状況の報告が届いている。


アール川から程近い場所に醸造所を構えるクロイツベルク(輸入元:ヘレンベルガーホーフ)では、三段に積み上げた樽の二段目まで浸水する被害を受け、水が引いた現在は、醸造所の復旧作業に追われている。生育期真っ盛りの葡萄畑では、救援に駆けつけたルドルフ・フュルスト(フランケン)のスタッフが総出で作業に当たっている。




クロイツベルクの様子(画像提供:ヘレンベルガーホーフ)



マイヤー=ネーケル(輸入元:Diony)からは、醸造所の樽や熟成中のボトルなどが流され、3km先で発見されたという衝撃的なニュースが届いている。樽が流されるほどの水流があったことから、醸造所の被害も大きなものであったことが予想されるが、こちらにもグンダーロッホ(ラインヘッセン)から救援チームが送られ、復旧作業に加わったとのことだ。


収穫に向けて葡萄畑においても最も人手が必要とされる時期(急斜面が多いアール峡谷の葡萄畑には機械が入れない)であり、醸造所の設備も今年のヴィンテージの醸造に使用することが可能かは不透明なままだ。救援を得ることができていないワイナリーも決して少なくはないだろう。アール峡谷は今、非常に多くの助けを必要としている


一方、モーゼルからも被害状況の報告が届いているが、アール峡谷に比べると被害は限定的であるようだ。例年3~4月に、降水と雪解け水による水位上昇で洪水に見舞われることが多いモーゼルでは、ある程度の洪水対策(セラーの低い位置にワインが入った樽を置かない等)ができており、今回の洪水は季節外れの異常事態ではあったものの、醸造所やワインへの被害は最低限に抑えられたようである。むしろモーゼルでは、洪水に慣れていないアール峡谷への支援体勢を整える動きが活発化している。ザンクト・ウルバンス・ホーフはマイヤー=ネーケルに救援物資を送り、ドクター・ローゼンはSNS上で、アール峡谷復興の義援金を送るためのVDP(ドイツ高品質醸造所連盟)のアカウントをシェアしている。アール峡谷で醸造所が壊滅した造り手の、今ヴィンテージの醸造を引き受けるワイナリーも、モーゼルに限らず、ドイツ全土で出てくるだろう。


危機的状況にあっても、他助の精神に満ちたドイツの生産者たちの迅速な動きには、強く心を動かされる。即効性の高い義援金は確かな助けになるが、長期的に見れば、アール産のワインをより多くの人が飲むことの方が助けになるだろう。長い時間がかかると思われる復興には、継続的にキャッシュフローが流れていく必要がある。


VDPが立ち上げた義援金サイトはこちら


しかしそもそも、なぜこのような異常な洪水被害が生じたのだろうか。


全長89kmのアール川(ライン川の支流)は、基本的には穏やかで緩やかな小河川であり、洪水の被害は100年に一度程度記録されてきた。1910年の洪水被害以降は、実は2016年に洪水(3.5mの水位上昇)が発生しているが、それから僅か5年後の2021年に、2016年の2倍とも報じられている規模の洪水に襲われた理由は、ただ一つしか無い。


気候変動だ。


近年、世界各地のワイン産地で、旱魃が報告されてきた。カリフォルニア、チリ、ポルトガル等では特に顕著であり、大規模な山火事の発生にも繋がっている。気候変動の恐ろしいところは、このような被害が、一箇所では収まらないことにある。旱魃によって蒸発した地中の水分は、巨大な雨雲を生成し、他の場所に局地的な豪雨被害をもたらすのだ。


日本国内においても、2兆1500億円という過去最大の水害被害額を記録した2019年のように(その大部分は東日本台風が原因)、大規模水害が頻発するようになっており、決して他人事では済まされない。


ナチュラル・ワイン特集記事でも繰り返し述べてきたことだが、ワイン産業の大部分は環境破壊に加担している窒素系化学肥料の大量施肥は、大気中に温室効果ガスである窒素を放出し、農薬は葡萄畑を取り囲む生態系を破壊するリスクと共に、土が二酸化炭素を固定できる能力を著しく減衰させ、重く分厚い瓶に詰められたワインは輸送中に大量の二酸化炭素を排出する生活必需品ではなく、あくまで嗜好品であるワインが環境破壊に加担し続けることを、もはや世界が許容しなくなるのは間違い無い


一体我々は、どれだけたくさんの「教訓」を必要とするのだろうか。どれだけたくさんの「悲劇」に遭遇すれば、考えを改めるのだろうか。


小さな力も、束ねれば大きなうねりとなる。


読者の一人一人が、ワインを購入する際に、「そのワイナリーが何かしらの形で環境保全に取り組んでいるかどうか」を考慮するだけでも、ワイン産業は確実に変わっていく。


ワインという文化を子や孫の世代に繋いでいくためにも、美しい地球を残していくためにも、我々一人一人が、変わっていく必要があるのでは無いだろうか。



ヘレンベルガーホーフによる、クロイツベルク支援の取り組み。