全ピノ・ノワール・ファンの宝

情報が超速化した現代社会では、どんなショッキングな出来事も、あっという間に忘れ去られてしまう。国内では東日本大震災や一連の豪雨被害。海外のワイン関連なら、カリフォルニアで発生した2017年と2020年の大規模な山火事。多くの人がその出来事を忘れてしまっても、被災者の中には変わらずに苦しみ続けている人たちがたくさんいる。


2021年7月。とあるワイン銘醸地を甚大な天災が襲ったことを、一体どれだけの人がまだ記憶しているだろうか。


悲劇の場所は、ドイツ・アール渓谷


度々小規模な洪水に襲われてきたアール渓谷だが、7月14日に発生した洪水は、まさに未曾有のものだった。


6月上旬から降り注いだ雨で、土壌の水分吸収量が限界を突破したことから水位が徐々に上昇、7月14日の夕方には避難勧告が出されたが、23時頃に洪水がピークに達した時には、8mという高さに及ぶ激流が、アール川沿いにあった何もかもを、根こそぎ薙ぎ倒し、濁流が飲み込み、遥か遠くへと奪い去って行った。


ドイツのアール渓谷のことを良く知らない方も多いと思うので、改めて紹介させていただきたい。


アール地方はドイツ西部では最北に位置するワイン産地であり、最も小さな産地の一つでもある。この地方の主役となる葡萄品種はシュペートブルグンダー、つまりピノ・ノワール


近年着々とその真価を発揮してきたドイツのシュペートブルグンダーだが、筆者は特にアール渓谷に強く注目してきた


北限という位置、川沿いに拓かれた超急勾配の葡萄畑、熱をため込む狭い渓谷、吹き抜ける強烈な冷風。まさに限界的な生育条件から、緊張感と威厳に満ちた偉大なシュペートブルグンダーが生まれる。この独特の緊張感は、バーデン、ファルツと言った、シュペートブルグンダーで知られるドイツの他の地方では、あまり出会わない特性だ。


別の言い方をしよう。筆者はアール渓谷こそが、真にピノ・ノワールという葡萄品種の頂点、つまり偉大なブルゴーニュのグラン・クリュだけが到達できる聖域に辿り着く可能性をもった産地だと思っている。


ブルゴーニュが温暖化に苦しむ中、アール渓谷はピノ・ノワールの未来を一身に背負っているような産地ともいえる。


そんなアール渓谷の中でも、最も有名で、最も高い実力を誇り、そして最も大きな被害を受けたワイナリーの一つとなってしまったのが、マイヤー=ネーケル



先代のヴェルナー氏が築き上げた名声に甘えることなく、マイケドルテという二人の娘が改革を断行、現代的なセンスとバランス感覚で徹底的に磨かれたシュペートブルグンダーは、あっという間にドイツ最高峰の一角と評されるようになった。


被災当日、大波が迫りくる中、マイケとドルテは避難をせずに、ワイナリーを守るための対策に奔走していたが、すぐに膝下にまで浸水し、屋根裏に一度避難したものの、ガスタンクが破裂したため呼吸困難となり、また一階へ。その後、あっという間に増水し、ワイナリーが洪水に飲み込まれたため、窓ガラスを割って脱出。激しい洪水に流されながらも、なんとか木につかまって難を逃れることができ、木の上で一晩を過ごしたのち、奇跡的な生還を果たした。先代のヴェルナーは、被災のショックで心臓発作を起こし、意識不明の重体となったが、11月下旬にようやく退院することができた。


ワイナリーに戻ると、巨大なプレス機、フォークリフト、トラクター、300もの樽といった設備が尽く流され、ワイナリーの建物も完全な建て直しが必須となるほどに激しく損壊していた。


被災したタイミングは、収穫まで残すところ1ヶ月半というタイミング。復興作業を続けながらの畑仕事、ワイン造りは困難を極めたが、国内の様々な助けを得て、無事に2021年を仕込むことができた。


マイケとドルテは、様々な助けによって2021年ヴィンテージを終えることができた感謝を、動画のメッセージ送り届けてくれた。


マイケとドルテからのビデオレター(日本語字幕付き)


しかし、マイヤー=ネーケルが立ち向かっていく過酷な試練は、これから本格的に始まる


2021年ヴィンテージを仕込むためにリースしたほとんどの機材は返却する必要があり、ワイナリーの完全な建て直しも必須な状況。もちろん、億単位の資金が必要となる。


マイヤー=ネーケルの日本国内輸入元であるDiony社は、この状況を受けてクラウドファンディングを開始、Campfireの手数料を抜いた全額を、マイヤー=ネーケルに直接送る計画になっている。実は、アール醸造組合にはドイツ国内や海外から寄付金が寄せられたが、ワイナリー間での配分がまとまっておらず、集まった資金は浮いたままになってしまっている。マイヤー=ネーケルが、アール醸造組合から、再建に必要な資金を得られる可能性は、残念ながら非常に低いだろう。


このような状況だからこそ、ワイナリーに直接資金を送れるクラウドファンディングには、大きな意味がある。


さらに、Diony社は秘蔵品として自社熟成させていたマイヤー=ネーケルの特級畑ワインを、クラウドファンディングのプランに含めるなど、まさにできる支援を一切惜しまない姿勢で臨んでいる。


一人のジャーナリストとして、たった一つのワイナリーの援助を読者の方々にお願いするのは、間違った行為なのかも知れない。


しかし、それでも、私はマイヤー=ネーケルに存続して欲しい。


マイヤー=ネーケルを失うということは、全世界のピノ・ノワール・ファンにとって、多大なる損失となる。そう心から信じているからだ。


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