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躍動するブリット・フィズ -Gusbourneの挑戦- (特別無料公開)

イングランドは、オールド・ワールドか、ニュー・ワールドか。


もし一般的な「大航海時代より前に」という法則を当てはめるなら、11世紀には南イングランドでワイン造りが行われていた記録が残っている(*1)ため、れっきとしたオールド・ワールドに該当する。しかし、クオリティ・ワイン産地としての実態は、現在圧倒的な主力商品となっている「ブリット・フィズ」(*2)の歴史と共に始まったため、その意味では50年足らず程度の歴史しかない。つまり、ニュー・ワールドの中でも、かなりの新参者ということになる。


この興味深い議論は、今でもイングランド内外の識者たちによって繰り広げられているが、肝心のブリット・フィズが放つ圧巻の魅力、個性、品質を前にしては、些細なことに過ぎないのかも知れない。


ブリット・フィズは、世界規模で見ても、現在最高レベルの超急成長産業となっている。


イングランド全体の数字ではあるが、2000年時点では900ha程度だった葡萄畑は、現在3690haにまで広がっている。実際には、この成長の大部分がブリット・フィズによるものとなるため、ブリット・フィズはわずか20年ちょっとで4倍以上の成長を果たした(過去8年間で倍増)ということになる。


なぜ、これほどの成長を可能にするだけの、莫大な資本が集まったのか。


理由は極めてシンプル。


南イングランドが、シャンパーニュ製法の新たな理想郷として、既に世界的に認められたからだ。



*1:おそらくは紀元前後の古代ローマ時代には、小規模ながらすでにワイン造りは始まっていた可能性が高いと考えられるが、信頼のおける記録が残っていない。


*2:南イングランドで、シャンパーニュ地方の葡萄品種(シャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエ)を中心に、シャンパーニュ製法にて造られた高品質スパークリングワインの通称。1970年代にこれらの品種が南イングランドに植えられ始めたが、本格的な産業としての成長は2000年代に入ってから。




Gusbourneの挑戦

2023年5月、ブリット・フィズの中でも屈指の高評価を受けるGusbourneから、グローバル・ブランド・アンバサダーを務めるローラ・リースMSが来日した。



クローズド・セミナーのテーマとなった、数々の野心的なワインからは、Gusbourneの、そしてブリット・フィズの現在地が明確に見えてきたので、SommeTimesでもレポートさせていただく。


2004年、アンドリュー・ウィーバーによって創設されたGusbourneは、南イングランドでも最も温暖なケント州とウェスト・サセックス州に葡萄畑を拓いた。


植樹したのは、シャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエ


創設当初から、「世界最高峰のスパークリングワイン」を明確な目標として掲げてきたGusbourneは、自社畑産の葡萄のみ、単一ヴィンテージのワインのみという徹底したこだわりに加え、あらゆる細部をファインチューンしながら爆発的な成長を遂げてきた。


イングランドには、PDO English Quality Sparkling Wineという原産地呼称制度が存在してはいるものの、規定内容は極めてニューワールド的、つまり非常に緩い規定となっているため、Gusbourneでは、シャンパーニュ地方の規定をベースに、厳格な自主規定を設けている。


例えば、手摘みによる収穫、全房でのプレス、4tの葡萄に対して最大2050Lのキュヴェ、単一ヴィンテージは3年以上の熟成といった「世界で最も厳格な」シャンパーニュ地方の規定を、自主的に守っているのだ。


しかし、盲目的に全ての規定をそのまま採用しているわけではない。そもそもシャンパーニュ地方の規定は非常に古く、現代のスタンダードから見れば、非効率的かつ非効果的な部分も残されている。


収穫に用いる籠もその一つで、シャンパーニュ地方では穴の空いた小さな籠を用いることが義務付けられているが、Gusbourneでは独自に広く浅い籠を開発し、「自重で葡萄が潰れて色素が出ないように」というそもそもの目的は果たしつつ、圧倒的に効率性を高めている。


ローラ・リースMSいわく、「シャンパーニュ地方の規定は、インスピレーションであり、スターティングポイントでもあるが、我々にとってルールそのものではない。」とのこと。


Gusbourneが目指す高みがどこにあるのか、はっきりと感じ取れるスタンスだ。


さらに、毎ヴィンテージのブレンドに用いられるベースワインは、250種類を超えているとのこと。


驚くほど細かく分けて醸造されたベースワインをもとに、時に3ヶ月以上もかけて行われるブレンディングは、1%単位の超精密な作業となる。


どこまでも全力で本気。神は細部に宿る、というのはまさにこのことだ。


そして、このような緻密極まりないワイン造りこそが、ブリット・フィズが現在、絶対的な聖域とされてきたシャンパーニュに迫ろうとしている理由の、最たるものなのでは無いだろうか。




ブリット・フィズのテロワール

ニューワールドのワインをテロワールと紐付けることはできない。


長らくの間、オールドワールド至上主義者たちによって、洗脳的に押し付けられてきたこの常識らしきものは、ワイン業界にいまだに蔓延る、最大の嘘である。


テロワールはどこにでも平等に存在し、それを徹底的に捻じ曲げるような行為を行わない限り、ワインは世界中のどこで造られても、テロワールから逃れることはできない


この真実は、例外なくブリット・フィズにも当てはまる。


Gusbourneでは、2017年ヴィンテージから、単一畑キュヴェを仕込み始めた。現地のセラードア販売が中心となっているため、日本ではまだ入手できない状況ではあるが、今回のセミナーに合わせて、日本に初上陸を果たした4つのキュヴェを詳説していこう。


2017年ヴィンテージの単一畑キュヴェは、ケント州とウェスト・サセックス州からそれぞれ、BdBとBdNが造られた。


ケント州とウェスト・サセックス州のテロワールを大まかに分けると、以下のようになる。


ケント州は南イングランドでは最も温暖な地域(それでも、ワイン造りにとって限界気候であることには変わりないが)となり、粘土質の表土の下に、チョークが混じった砂質土壌となっている。海抜0m付近からの緩やかな丘は、暖流が流れる海への距離の近さも相まって、高品質な葡萄栽培を可能にするポケットを形成している。ここでは、気候、土壌、立地、地勢の全てが、「芳醇で力強い果実味」というテロワールの個性へと繋がっている。


ウェスト・サセックス州は、気候的にはケント州と微々たる差しか無いが、葡萄畑の標高が最大で100m付近となり、土壌も非常に強いチョーク系石灰質となっている。100mというと、僅かな標高差と思うかも知れないが、栽培限界地にとってこの差は非常に大きいものとなる。

さらに、石灰系土壌の特性も相まって、ウェスト・サセックス州では、「輪郭のはっきりとした構造とエレガントな果実味」というテロワールが生じる。


また、ケント州とウェスト・サセックス州共に、限界産地ならではの、張り詰めたような鋭い酸味が宿ることも忘れるべきでは無いだろう。



Blanc de Blancs

Gusbourne, Blanc de Blancs “Selhurst Park Vyd.” 2017, West Sussex.

葡萄畑の標高が高いウェスト・サセックス州の中でも、標高100mエリアの最も高い位置にある畑から、このキュヴェが生まれた。


土壌は分厚いチョーク系石灰岩となっており、ケント州の畑と比べると1~2週間程度収穫時期も遅くなる。


チョークやフリント系のアロマから既に強烈なテロワールの息吹を感じるが、タイトで緻密なテクスチャー、煌びやかな酸、強靭なミネラルが見事な調和を見せる酒質にも驚かされる。BdBとしては、際立ってエレガントな味わいとなり、シャンパーニュ地方のグランクリュで例えると、Cramantと良く似た特徴と言えるだろう。



Gusbourne, Blanc de Blancs “Commanders Vyd.” 2017, Kent.

ケント州にある葡萄畑からは、より温暖で海風からも守られるポケットにあるCommanders Vineyardが選ばれた。標高は30mほどで、海洋性の化石を含む、粘土と砂の土壌となる。


ウェスト・サセックス州のBdBと比べると、はっきりと明るく豊かな果実味があり、全体像がより大きくなっているが、南イングランドらしい強烈な酸は健在。


立体的で力強いテクスチャーと太い酸のバランスは、シャンパーニュ地方のグランクリュである、Avizeのシャルドネを思い起こさせる。



Blanc de Noirs

Gusbourne, Blanc de Noirs “Down Field Vyd.” 2017, West Sussex.

ウェスト・サセックス州の中でもより温暖な、Down Field Vineyardから造られるこのBdNは、2017年ヴィンテージの単一畑シリーズの中では、個人的に最も心惹かれたワインであった。


チョークや化石系石灰が含まれてはいるものの、ローム土壌が主体となるこの畑では、ピノ・ノワールが躍動するようだ。


リフトされた開放的なアロマ、流麗でエレガントなテクスチャー、ディテール豊かな余韻が素晴らしく、そのトータルバランスも見事。


シャンパーニュ地方のグランクリュに例えると、Verzenay的性質と言えるだろう。


Gusbourne, Blanc de Noirs “Boot Hill Vyd.” 2017, Kent.

極少量生産されるスティルワイン用の葡萄も育つ、ケント州のBoot Hill Vineyardは、Gusbourneが所有する全ての葡萄畑の中で、最も温暖な場所となる。


粘土質主体の土壌らしく、アップルパイを思わせるような、パワフルで丸みのある果実味が特徴的。重心が低く腰の据わった味わいだ。


同じくシャンパーニュ地方のグランクリュに例えるなら、まさにAmbonnay的性質となる。




51 Degrees North

単一畑キュヴェの比較は、私の好奇心を最大限に刺激する素晴らしい体験だったが、今回の来日は、別の「特別なワイン」のプロモーションが目的だった。


そのワインこそが、Gusbourneの野心的な最新作にして、ブリット・フィズ最高価格(日本国内販売価格:約40,000円)となるプレステージキュヴェ「51 Degrees North」だ。


特徴的なキュヴェ名は、ワイナリーの緯度に由来している。


Gusbourneの精鋭チームが、葡萄畑のテロワールをより深く正確に理解し始めたタイミングに、温暖な2014年ヴィンテージが重なったことで、このプロジェクトがスタートした。


ケント州、ウェスト・サセックス州の両方から、厳しいブラインド試飲を経て選び抜かれた最高品質のベースワインをブレンド。


2014年ヴィンテージはシャルドネ64%、ピノ・ノワール36%となり、2015年4月に瓶詰めされたワインは、8年後にようやく販売開始となった。


KrugやLouis Roederer社のCristal、Bollinger社のトップキュヴェなどと共に、ベンチマークテイスティングを繰り返し、世界の最高品質という確信を得てからリリースされた「51 Degrees North」は、文字通り、歴史を塗り替える一本だ。


複合的で多層的なアロマ、奥深い複雑性と、輝くようなエレガンスが共存する極上の味わい、8年の熟成を経てもまだ全容が見えない程の、脅威的なポテンシャル。


事前に価格を知らされていたため、正直それなりの疑念をもってテイスティングに臨んだのだが、そんなのものは一瞬で吹き飛ばされてしまった。


「51 Degrees North」の異次元的品質でもって、ついにブリット・フィズは、堂々と「最上のシャンパーニュに並び立つ領域」に入ったと言えるだろう。





ブリット・フィズの未来

これまでは、その高品質は広く認められながらも、新しさや面白さが先行していた感も強いブリット・フィズ。


しかし、もはや認識を改める他ないだろう。


ブリット・フィズの主産地である南イングランドは、世界最高峰のスパークリングワイン産地である、と。


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