これは、アンチ・ナチュラルワイン派だった私の考え方が変わるきっかけになったお話です。
ナチュラルワインの一部はオフ・フレーヴァー(醸造的に欠陥であると思われている香りや味わい)をもっていることが多いです。私も白ワインでマニキュアみたいに感じる揮発酸の香りや、赤ワインでも還元からくる焼けたゴム(硫黄臭)のような香りは好きではないです。初めはそこまで気にしていなかったのですが、ワインの勉強をすればするほど、この香りや味わいは欠陥だと思うようになりました。
そんな私の考えを根本的に覆し、改めねばならないなと思わせてくれたのが、とあるMW(マスター・オブ・ワイン *1)のセミナーでした。
皆さんもご存知かもしれませんが、昔ながらの栽培方法でプロヴィナージュ(マルコタージュ)という方法があります。チリでもムグロンとして知られ、ブドウ樹の最も簡単な増やし方で、枝を地中に植えるだけ。根っこがでたら本体と切り離して、と簡単に増やしていく方法です。フィロキセラ以前では多くの畑がこのように植樹されていました。しかし、近年ではより良いブドウを求めて、クローナル・セレクション(優良株のクローン選抜)や土壌や気候に合わせたルート・ストック(台木選別)など新しい栽培技術が組み合わされ、ヴァイン・ナーサリーvine nursery(ブドウ苗木園)で大切に、大切に育てられています。
ここからが本題です。
「これらの(近代的な)栽培方法は見方を変えるとある種の一脱した姿であり、倫理観が欠けている」とMWは言うのです。
実際人間に置き換えると、自分の手足を切って隣に刺して増やしているような状態にあり、100年経っても同じ人間が生きていることになる。何世代も同じ生き物が地上にいる、育ち続けていることは本当に正しいことなのか?
さらにバクテリア、ウィルスというのはどんどん進化していて、大昔のクローンをずっと植え続ければ、一発で進化したウィルスやバクテリアにやられてしまう可能性がある。気候変動により、環境は劇的に変わってきているのに、変わっていないのはブドウだけ。美味しいワインを造る為とはいえ本当にそれで良いのか?
実はこういう倫理観を声高々に挙げているのが賛否両論ある“自然派“ワイナリーの方達だ。彼らの多くは、葡萄畑における生態系の多様性を重視するので、クローンに頼ったモノカルチャーを嫌う。読者の皆様の中には自然派ワインを飲んで、「あれは飲めたもんじゃない」と片付けてしまう方もいるだろう。しかしこのような倫理観のフィルターを通して物事を見ると、「なるほどな」と納得していただける方も多いのではないだろうか。
これを聞いて、実際に私は、「なるほどなー!!」と思いました。
たしかに倫理観で見るとおかしい。おかしい。。例え綺麗な顔をした女性でも100人同じ顔が並んでいたら気持ち悪ささえ覚える。ナチュラルワインを自分の好みで判断するから受け付けないのであって、この倫理観を聞いて納得していただければナチュラルワインの見方は変わるのではないでしょうか?
そんなことを考えながら、今回はビオディナミのパイオニアのワインを選んでみました。世界中の著名生産者が加盟するビオディナミ推奨グループ、Renaissance des Appellationsの創設者でもありますニコラ・ジョリーのワインです。有名がゆえ、説明をある程度割愛させていただきますが、こちらはレ・ヴュー・クロというセカンドワイン。樹齢80年を超えるオールド・ヴァインから造られます。彼のトップキュヴェのクーレ・ド・セランは飲む1日前にデキャンタをしてくれとニコラ・ジョリー本人も言っていますが、レ・ヴュー・クロは開けて割とすぐ飲めます。
私もそうでしたが、ナチュラルワイン嫌いな人は飲まず嫌いしている人が多い気がします。まずは王道生産者から少しずつ試してみてはいかがでしょう?あなたの新しい扉が開くかも!
生産者:Nicolas Joly / ニコラジョリー
畑:Les Vieux Clos / レヴュークロ
クラス:セカンド
葡萄品種:Chenin Blanc / シュナンブラン
ワインタイプ:White / 白ワイン
アルコール度数:15%
生産国:France / フランス
生産地:Savennieres / サヴニエール
ヴィンテージ:2018
インポーター:ファインズ
参考小売価格:¥6,300
ティスティング コメント
トップノーズはVA(Volatile acid)=揮発酸が強いです。わかりやすくいうとマニキュア、良い香りに例えるとBeeswax(蜜蝋)などです。ほのかにクミンとかインドカレーのスパイスみたいなオリエンタルな香りがあります。フルーツのトーンはゴールデンデリシャスやカリンなど、瑞々しくクランチーでフレッシュなTree fruits(木なり)のイメージです。
味わいはボリュームがあり、なんとアルコール15%もあります。成熟度の高さからくるコンセントレーションもあり、アタックからミッドパレットまでぎゅっと詰まったイメージです。葡萄品種の特徴からくる、活き活きとした強い酸味が作り出すみずみずしいマウスフィールもあり、ボリューミーな味わいを引き締めています。アフターには塩味を伴ったミネラルのグリップがあり、メリハリのある立体的な味わいとなってうて、広がっていくような長い余韻が特徴的です。
(*1)MW:イギリスに拠点を置くマスター・オブ・ワイン協会が認定する最上位資格。ワイン業界の慣例で、敬称として名前の後にMWとつける。日本人の取得者は、日本在住の大橋健一MWと、イギリス在住の田中麻衣MWの2名のみ。
<ソムリエプロフィール>
井黒 卓
国際ソムリエ協会(A.S.I.)認定ソムリエ
米国Court of Master Sommelier認定ソムリエ
2020年 JSA主催 第9回全日本最優秀ソムリエコンクール 優勝
2021年 ASI主催 アジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクール 日本代表