新潟の夜に響く、鈴虫の音

シンガポールの名店でソムリエを務め、日本に帰国後も海外系の名店に所属。現在は都内屈指のラグジュアリーホテルであるアマン東京で辣腕を振るう藤原ソムリエ。東京でも指折りの国際派ソムリエである藤原ソムリエから今回届いたコラムは、注目が高まり続けている新潟のアルバリーニョにまつわるストーリー。


---------------------------------------------------------


佐渡島を対岸に望む新潟市角田浜に広がるワイナリー、カーヴ・ドッチ。「落のワイン蔵(カーブ・ド・オチ)」という意味をもち、創設者であった落希一郎氏の名を今も冠している。豪雪地帯で知られるゆえ極寒だと条件反射で思ってしまうが、現地の方も異口同音されるように新潟は暑く、海岸沿いは昼夜の寒暖差も少ない


ようやく夏の盛りが過ぎる頃、新潟へと向かった。残暑は続く中、いくつもの山々を越えて行くと美しい里山が一面に広がってきた。


新潟は広い。


生命力溢れる田んぼの青々しい輝きと稲穂の黄金色が混じるグラデーションは本当に美しく、深呼吸すると身体中の細胞が喜んでいた。安らぎと故郷の郷愁の念を抱かせるこの静謐な美しさは、守っていくべき大切な事だと思う道中であった。


葡萄畑が見えて来ると、いくつかのワイナリーの看板が目についた。


新潟ワインコースト」である。



到着するとそこは多くの観光客で賑わっていた。施設内にはレストランやカフェ、マルシェやビール醸造所、そして温泉まである。時期柄もあろうか比較的若い方が多く散見された。長い道中を終えようやく一息つけると、オーベルジュである宿泊所トラヴィーニュに向かった。大きな暖炉を囲むラウンジからは、西ヨーロッパの田園をほうふつとさせる葡萄畑が一面に広がっていた。細かく手入れが行き届き整然としている畑だなと感じていた矢先、ウェルカムドリンクがグラスに注がれた。それがカーヴドッチのワイン、アルバリーニョである。



生産者:CAVE D’OCCI / カーヴドッチ

ワイン名:Albarino / アルバリーニョ

葡萄品種:アルバリーニョ 100%

ワインタイプ:白ワイン

生産国:日本

生産地:Niigata / 新潟県新潟市

ヴィンテージ:2020

参考小売価格:¥4,800


「目の前に広がる葡萄畑がアルバリーニョで、その葡萄から生まれたものがこのワインなのです。」


と、とても粋な計らいを頂戴した。黄桃やカリン、洋梨やジャスミンなどの芳香を放ちながら厚みがあり、アルバリーニョはアロマティック品種だと智覚させられた瞬間であった。


アルバリーニョはスペイン・ガリシア州ポルトガル・ミーニョ地方の土着品種で、「海のワイン」と呼ばれるリアス・バイシャスを象徴するワインである。比較的温暖で雨が多く多湿で、日本と似た気候条件があるとされ、今では日本でも多く栽培されている品種である。


これまで酸が豊富でフレッシュなタイプが多かったが、近年は樽に由来する複雑で芳醇なワインも生産されるようになってきている。日本海のミネラルを含む土壌に根を張り、水分や養分を吸収した葡萄から造られるワインには、どこか塩味を伴う旨味がある。


ワイナリーがある角田浜は水捌けがよく、痩せた土壌で極端な砂質土壌が広がる。容赦なく夏の太陽が照りつける中、カーヴドッチ醸造責任者の掛川史人さんが土を掘って見せてくださった。20センチほどは軽々といとも簡単に手で掘れ、砂はサラサラと5本の指の間をすり抜け風に舞っていった。海沿いに近いので、単純に砂質土壌が広がっているのかと安直に思ったが、そもそも新潟の「潟」とは海岸に近いところで砂丘により河口がせき止められ、海と隔てられた湖沼のことを指しているのだ。信濃川や阿賀野川が運んだ土砂が日本海に堆積し、偏西風により陸側に吹き上げられ砂丘は形成された。痩せた新潟の砂丘地は、葡萄には理想郷だったのである。



都市ではナチュラルテイストのどうぶつシリーズが人気を博しているが、クラシカルな作りであるセパージュシリーズは品種や風土をダイレクトに感じる事が出来る。「あくまで趣味」と笑顔で話すどうぶつシリーズには掛川さんの明るさと実直さが体現されていおり、同時にセパージュシリーズに対する畏敬の念を感じた。海岸の砂浜を思わせる砂質土壌。極端に養分が少なく水はけが良いこの土壌は、品種の持つ繊細な味わいと華やかな香りをワインに与えていた。


夜の帳が下りると鈴虫の鳴き声が聴こえ、葡萄畑は秋への深まりを感じた。今年も彩り深い収穫を、心待ちにしているかのようだった。


【参考文献】

・Fermier「テロワール」https://fermier.jp/?page_id=112 (参照2021.8.29)

・ENOTECA online「“海のワイン”と呼ばれるアルバリーニョの特徴」

https://www.enoteca.co.jp/article/archives/15025/(参照2021.8.29)


<ソムリエプロフィール>

藤原 龍 / Ryo Fujihara

アマン東京 ソムリエ


シンガポール「WakuGhin」や「ジャンジョルジュ東京」など、国内外のミシュラン星付き名店を経て、2018年より現職。

ホテル館内のイタリアンレストラン、鮨店、カフェや客室のワインリストを手掛ける。 日本酒にも傾倒し、その深い知見による酒ペアリングは内外からの信望も厚い。