omnes viae Romam ducunt.
全ての道はローマに通ず。
古代ローマ帝国時代に、ヨーロッパ中の主要都市からローマへと道が繋がっていたことから、17世紀の詩人ラ・フォンテーヌが、「起点や手段に関わらず、全ては一つの真理へと集約していく」ことを意味するものとして、ラテン語で記した寓話だ。
全ての道が通じていた、というのはあながち大袈裟な表現でもなく、実際に古代ローマ帝国が最盛期を謳歌した1~2世紀までには、現在のフランス、イベリア半島(スペイン及びポルトガル)、南イングランド、北アフリカ、ギリシャなど、当時古代ローマ帝国の属州となっていた地中海全域に渡って、網の目のような道路網が敷かれ、あらゆる道は分岐と合流を繰り返しながら、最終的には帝都ローマへと繋がっていた。

そして、ローマ街道の中でも最も良く知られる南イタリアの「アッピア街道」には、3つの要所があった。
現在のカンパーニャ州カゼルタ県にかつて存在したカプア(9世紀に破壊された)は、南イタリア最大の重要都市として栄え、アッピア街道の終着点だった現在のプッリァ州の沿岸都市ブリンディジは、後の時代に海運の重要な玄関口となったことで知られているが、最後の一つにして、カプアに次いで大いに栄えた都市こそが、筆者が今回訪れたベネヴェントだ。
ローマから南へとアッピア街道は進み、カプアを経由しベネヴェントへ辿り着いたところから、南回りのアッピア街道と、北回りのトライアナ街道へと分岐し、二つの街道は共にブリンディジまで続いていた。

当然、最も重要な街道の分岐点であり合流地点となったベネヴェントは、ローマ街道の要所となった。
軍事だけでなく、物流にも極めて大きな影響を与えたローマ街道が、古代ローマ文化の発展において、主たる役割を担ってきたことは言うまでもないが、その文化には当然「ワイン」も大いに含まれていた。
つまり、ローマ街道とヨーロッパ(特に西ヨーロッパ)の葡萄畑には、切っても切り離せない深い関係性があるのだ。
「Bene=良い、Vento=風」と名付けられたこの古都もまた、その例外ではない。
DOP
古都ベネヴェントが属しているのは、サンニオ地方と呼ばれる内陸部の一帯だ。
しかし、おそらく日本中のワイン専門家や愛好家に「サンニオ」と伝えても、イタリアワインを専門とする人を除けば、ほとんど伝わらないのではないだろうか。
カンパーニャ州産のワイン自体が日本ではまだまだマイナーだが、その中でも比較的良く知られている部類に入ると言えるのは、Taurasi、Greco di Tufo、Fiano di Avellinoというイルピニア地方に属している3つのDOCGだろう。
ただし、イタリアワインに明るい人なら、もう一つのDOCGを思い浮かべることができるかも知れない。
そう、サンニオ地方に内包されている、Aglianico del Taburno DOCGだ。

かつてサンニオ地方には多数のDOCが存在していたが、2011年の統廃合によって整理され、現在は非常に分かりやすい4階層の制度となっている。
最上位にあるのは、唯一のDOCGでもあるAglianico del Taburno DOCG。
中間層の上位となるのが、ファランギーナに特化したFalanghina del Sannio DOC。
中間層の下位であり、かつて散在していたDOC群を吸収する形で更新されたのがSannio DOC。
そして、葡萄品種などに厳しい規定がかからないBenevento IGTが最下層となる。
変革として特に注目すべきはSannio DOCだろう。
一般消費者はもちろんのこと、専門家ですらアップデートに苦心するほどDOCとDOCGが乱立し続けるイタリアにおいて、統合的発展というのは、実に野心的な試みとも言えるからだ。
あえて統合した理由を、サンニオワイン協会の副会長であり、サンニオ地方最大級の協同組合の一つであるLa Guardienseの社長でもあるドミツィオ・ピーニャ氏に尋ねたところ、興味深い返答があった。
「サンニオ地方の造り手たちは、(細分化されたDOCの影響によって)横の繋がりに乏しかった。だから、DOCをひとまとめにして、我々も一つにまとまり、そして世界中の市場に対しても、我々の結束を伝えたかった。実は、このアイデアを出したのは私なんだよ。」
ピーニャ氏のアイデアは、非常に理にかなっている。
確かに、統合してしまうことで、細かなテロワールの差異を理解することが難しくなるというデメリットはあるが、その役割はより上位のAglianico del Taburno DOCGとFalanghina del Sannio DOCに任せれば良い。
そして、ベースとなるSannio DOCは分かりやすさと「集の力」を最優先とすることで、産地全体の知名度向上へと繋げやすくなるのは間違いないだろう。
では、以降よりサンニオ地方のDOPを詳説していく。
Aglianico del Taburno DOCG
数えきれないほどあるイタリアの地葡萄に、厳格な「縦軸評価」をもち込んだ上で、イタリア三大黒葡萄は何かと聞かれると、近年の日本では、ネッビオーロ、サンジョーヴェーゼ、そしてネレッロ・マスカレーゼと答える人が多いのではないだろうか。
ネッビオーロとサンジョヴェーゼに関しては疑いの余地すら無く、ネレッロ・マスカレーゼも極めて優れたワインを生み出す葡萄であるのは間違いないが、「三大」というヒエラルキーの頂点たる葡萄としては、高品質ワインとなった歴史が浅すぎる。
そう、真にその階位に相応しいのは、ネッビオーロ、サンジョヴェーゼ、そしてアリアニコである。

アリアニコは長らくの間、ギリシャ語の「hellanico(ギリシャの)」が語源とされ、その起源もまたギリシャであると考えられてきたが、近年の遺伝子調査によってその説は否定された。現在では、カンパーニャ州が発祥地である可能性が高いとされている。
また、アリアニコを主体としたDOCGは、カンパーニャ州のAglianico del Taburno(以降、Taburnoと略記)とTaurasiの他に、バジリカータ州のAglianico del Vulture Superiore(以降、Vultureと略記)がある。
実際のワイン選びにおいては、その3つのDOCGを「存在するという情報」だけでなく、それぞれの違いも含めて理解を進めた方が、遥かに有効性が高まる。
まず、全てのDOCGに共通しているのは、火山性土壌の存在だ。
火山性土壌のワインに対する影響は様々だが、ここでは「強いミネラルの骨格をもたらす」というシンプルな理解に留めておいた方が良いだろう。
その上で、Taburnoは粘土石灰質土壌が、Taurasiはより純粋な石灰質土壌が、Vultureは火山性土壌が、各地の土壌組成の中でも優位な存在となっていることを理解しておきたい。

Taburnoの地層。黒色の部分が火山灰の層。
さらに、アリアニコと一括りにするのも良策とは言えない。
それぞれのDOCGゾーンに適応しながら根付いたアリアニコは、すでに異なるバイオタイプ(*)となっているからだ。
(*)バイオタイプ:分類上は同一種に属しているが、生物学的性質が異なる個体群を意味する。しかし、その変異範囲は、完全に異なる種と判断する領域にまでは至らない。アリアニコの主要3産地においては、それぞれTaburno、Taurasi、Vultureとバイオタイプ名が付けられている。
土壌組成とバイオタイプの組み合わせに加えて、標高差やマイクロ気候も考慮するのが本来は正しいが、このマトリックスはかなり複雑なものとなるため、前者の組み合わせだけで簡略化して考えても良いだろう。
参考までに、標高差(標高が上がると、昼夜の寒暖差が大きくなり、平均気温が下がり、生育期間は長く、酸がより強く残る傾向にある。)に関しては、TaburnoとVultureがおおよそ300~500mの範囲、Taurasiが400m~600mの範囲と、Taurasiの方が平均的な標高が高い。
また、マイクロ気候に関しては、TaburnoとTaurasiは適度に涼しく、Vultureは暑い夏日が多いという違いになるため、Vultureでは収穫時期が少し早くなる。
とはいえ、この両要素は、葡萄畑単位の立地条件や、生産者ごとの収量調整及び収穫日判断など、変数が増えてくるため、ミクロ単位で検証する際には有効だが、全体論の中では、あくまで参考程度と考えておくべきだろう。
以上のことを踏まえ、主要な要素を統合した結果として、総体的に現れる各DOCGの特徴は以下の通りとなる。
Aglianico del Taburno DOCG
粘土の影響で重心が低く、柔和な果実味が主体となる。火山性土壌と石灰岩の存在からミネラル感も十分。比較的雨も多いことから、酸は高く維持される一方で、Taburnoのバイオタイプはやや早熟タイプとなり、糖度がしっかりと上がる。味わいのバランスが整うタイミングも早い。
Taurasi DOCG
石灰質土壌と火山性土壌、そしてやや高い標高が影響し、重心はやや上がりつつ、固く引き締まった果実味が主体となる。タンニン、酸ともに3産地の中で最も強く、明確な超長期熟成型となるが、この特性には房と果粒がやや小さいTaurasiのバイオタイプも影響していると考えられる。抜栓タイミングの見極めは、やや難しくなる傾向にある。
Aglianico del Vulture Superiore DOCG
火山性土壌が優位を保っている影響と、やや暑いマイクロ気候が合わさり、非常に凝縮感の高い果実味と強いミネラル感、よりリフト感の強い重心の高さが特徴となる。フレッシュな果実のアロマに加え、スパイスとスミレがアクセントとして加わる。Taburnoほどではないが、比較的早くバランスが整う傾向にある。
各DOCGの特徴を端的に現すなら、柔和でチャーミングなTaburno、気難しいがエレガントなTaurasi、筋肉質で外交的なVultureとなる。
また、これらの特性の違いは、それぞれの原産地呼称規定における、最低アルコール濃度と最低熟成期間(*)にもしっかりと反映されている。
(*)各DOCGにおける、最低アルコール濃度と最低熟成期間
Aglianico del Taburno DOCG
最低アルコール濃度:12.0%(Riservaは13.0%)
最低熟成期間:Rossoは2年、Riservaは3年
Taurasi DOCG
最低アルコール濃度:12.0%(Riservaは12.5%)
最低熟成期間:Rossoは3年、Riservaは4年
Aglianico del Vulture Superiore
最低アルコール濃度:13.5%
最低熟成期間:Rossoは3年、Riservaは5年
3つのDOCGは、縦軸評価においても甲乙つけ難いため、純粋な個性の違いとして見れば良いだろう。

Taburnoの粘土石灰質土壌
しかし、汎用性という意味では、Taburnoが頭一つ抜きん出ている。
特にその柔和な果実感とリリース時でも良く開いているという特性は、現代的嗜好にもマッチしている。
Taurasiはそもそも扱いが難しいし、Vultureはそのパワフルさ故に使い所が限定されてしまう。
家庭で、もしくは気軽なリストランテで楽しむなら、圧倒的にTaburnoが使いやすい。
ソフトなテクスチャーとタンニン、高めの酸というバランスは、和牛にもピントが合う。



また、3つのDOCGの中で、Taburnoは唯一ロゼも認められている。
造り手によってマセレーションの手法や期間がまちまちなため、総体的特徴は掴みづらいが、非常に高品質なロゼであることは間違いない。
隠れたロゼ大国イタリアの中でも、最強格のスリーパーと言えるだろう。
余談だが、Taburnoで補助品種(規定で認められている、ピエディロッソなどのその他地品種)の役割について尋ねたところ、全ての造り手から「ブレンドなどしない」と返ってきた。
どうやら、Aglianico del Taburno DOCGというワインは、アリアニコ100%で造ることが常識のようだ。

Falanghina del Sannio DOC
格付け至上主義の日本では、カンパーニャ州の白ワインといえば、共にDOCGのGreco di TufoとFiano di Avellinoとなってしまう。
もちろん、グレコもフィアーノも確かに魅力的だが、地域の食文化とより密接に繋がっているのは、先日のペアリング記事でも紹介したように、Falanghina del Sannio DOCだ。

ファランギーナ最大の魅力は、その圧倒的なスタイルの幅広さと汎用性の高さにある。
スプマンテ、白、遅摘み白、パッシートと、そのスタイルはシュナン・ブランやリースリング並みに幅広く、高い酸とバランスの良さから料理との相性も広範囲に渡る。
またカンパーニャ州におけるファランギーナの重要性は、統計からも見て取れる。
イタリア国内の植樹面積は約3,400haで、内95%がカンパーニュ州となる。この広さと生産量は、カンパーニャ州で生産されるワインの約1/3がファランギーナであることも意味する。
さらに、カンパーニュ州にあるファランギーナの85%(約3,000ha)がサンニオ地方で栽培されているため、サンニオ地方はまさにこの品種にとっての聖地なのだ。
この数字を他のDOPと比較してみると、その規模感が良くわかる。
Aglianico del Taburuno DOCGの総面積は約110ha。
Falanghina del Sannio DOCの総面積は約1,220ha。
両者間には、11倍程度の違いがあるのだ。
では、そんなFalanghina del Sannioの各スタイルにおける特徴を、解説して行こう。
通常のBiancoをより深く理解する鍵となるのは、ヴィンテージからの熟成期間による影響だ。




若いヴィンテージ(目安としてヴィンテージから2年以内)であれば、高い酸と共に、バナナ(青バナナ)を主体にリンゴとパイナップルの風味が特徴となる、フレッシュ感に極めて優れた軽やかな白ワインとして楽しむことができる。
しかし、熟成が進むと(目安としてヴィンテージから2年以上)、酸がかなり丸くなると共に、バナナやリンゴのアロマが大きく後退し、アプリコットと花の香りが主体となってくる。
前者よりフレッシュな素材感を活かした料理と、後者は素材の滋味深さを感じるような料理と合わせるのが正解と言えるだろう。
僅か2年でこのように大きな変化に至るという特徴は、理解さえしてれば、この上なく有用なものとなる。
一部の小規模生産者は、オレンジワインとの境界線に入る程度のマセラシオンを行うこともあり、その場合は若いワインでも比較的酸が穏やかで、旨味の強い味わいとなる。
スプマンテもまた非常に良い。
Falanghina del Sannio DOCでは、シャルマ製法(Spumante及びSpumante di Qualità)とトラディショナル製法(Spumante di Qualità Metodo Classico)が認められており、当然両者の性質は大きく異なる。


シャルマ製法のものは、少し残糖感を強めに残したスタイルが、最も完成度が高いと感じる。
実際にExtra Dry(12~18mg/Lのリキュール添加)が主流であり、Brutであっても規定ギリギリ上限の添加をしているワインの品質が素晴らしかった。

トラディショナル製法のものは、まだスタイルが定まりきっていない印象がある。
瓶内二次発酵で上昇するアルコール濃度を鑑みて、かなりの早摘みを行う必要が出てくるのだが、ファランギーナの鮮烈な酸が、この製法特有のクセと相まって、非常に硬質なテクスチャーとなって現れる。品質と技術の高さは、はっきりと感じるのだが、落とし所の難しさも同時に見え隠れするという印象だ。
シャルマ製法なら、Proseccoオルタナティヴとしての活躍が大いに期待できるが、トラディショナル製法のものは、現状ではChampagneやFranciacortaのライバルというよりも、高品質な玄人向きのニッチなワインとなるだろう。
2種の高糖度カテゴリーは、マニア心をくすぐる傑作揃いだ。


遅摘みタイプ(Vendemmia Tardiva)の最低アルコール濃度規定は13.0%であるのに対し、陰干しタイプ(Passito)は潜在アルコール濃度が最低16.0%となっている。
この差は、最終的なアルコール濃度(残糖度とも深く関連)によって、誤差と言えなくもない範囲に収まるが、16%近辺ともなると、酒精強化ワインと間違いかねないほどのパワフルさが売りとなる。
そして、サンニオ地方においては、かなりしっかりと発酵を進める、つまりだいぶ辛口方向に偏るのがスタンダードのようだ。
特にVendemmia Tardivaの実態は、フランス・アルザス地方のVendanges Tardivesのそれに限りなく近く、ほぼ辛口と考えたほうが良さそうだ。
実際に、Late Harvestを意味するVendemmia Tardivaという名称は誤解を招きやすいため、Riservaへ名称変更も検討されているとのこと。
一方のPassitoは、一応甘口ではあるものの、極甘口の領域までは踏み込まない。
そして、Vendemmia TardivaとPassitoでは、そもそも製法が異なるため、味わいの傾向も異なってくる。
遅摘みタイプはフルーツ感の超凝縮が主体となる一方で、パッシートの凝縮感は「レーズン」のそれに限りなく近い。
両者共に、デザート向きというよりも、チーズ向きのワインと言えるだろう。
カンパーニャ州産のペコリーノやリコッタチーズに、Vendemmia Tardivaならそのまま、Passitoなら少し蜂蜜をかけて合わせれば、最高のペアリングとなる。


我々のような探究者にとって、良い意味で「知名度と実力が一致していない」というのは、とても価値が高いものだ。
安い価格と汎用性は、日常の一部としてこれ以上なく重要な要素であるし、「あまり知られていない」という現状は、販売者にとっては、消費者の関心を手繰り寄せるための、絶好のチャンスとなるのだ。
Sannio DOC
統合的発展という素晴らしいチャレンジが印象的なSannio DOCだが、白、ロゼ、赤、スプマンテ、パッシートが認められており、認可品種も多岐に渡るため、日常のワインライフに役立てるには、エッセンスを抽出して理解しておくことが重要となる。
ロゼはAgianico del Taburno DOCGで、スプマンテとパッシートならFalanghina del Sannio DOCで十分にカジュアルな楽しみ方をできるため、とりあえずは白と赤に集中することをお勧めする。
まず、白ワインで重要なのは、コーダ・ディ・ヴォルペ(Coda di Volpe)とグレコ、次いでフィアーノとなる。

コーダ・ディ・ヴォルペは、カンパーニャ州でのみ栽培される地葡萄で、パラグレッロ・ビアンコとも呼ばれる。
糖度が高く、酸味が低いという特徴があるため、かつてはその真逆とも言えるファランギーナとブレンドされることも多かった。
柑橘系と花のアロマは感じられるものの、全体的に果実系のアロマは控えめ。しかし、この品種には唯一無二の「塩の香りと味わい」があるため、魚介類を中心とした料理に対するペアリングワインとしては、非常に使いやすいだろう。
地葡萄ならではの面白さを味わえるため、ぜひ試してみていただきたい。

グレコは、Sannio DOCの重要な白葡萄だ。イルピニア地方のGreco di Tufo DOCG(濃密でオイリーな味わい)とは違い、こちらは繊細でフレッシュな味わいが魅力。
グレコ特有のアーモンド香は、よりグリーンアーモンド的なニュアンスで、ハーブ風味と共に現出し、爽やかさをさらに高めている。
火山性土壌で特に強く輝く品種らしく、ほんのりと硫黄を感じさせるスモーキーなニュアンスも心地良い。
基本的には万能型の白ワインだが、その特徴を活かして、ナッツ類を用いた料理と合わせると良いだろう。

フィアーノは、サンニオ地方ではやや珍しい部類に入る。高標高を好む品種でもあるため、DOCGがあるイルピニア地方のAvellino(標高300~650m)で、その真価を最大限に発揮するというのも頷ける。
Fiano di Avellino DOCGは、硬質なミネラル感と、強い緊張感、そして樽との優れた親和性が特徴と言えるが、Sannio DOCのフィアーノは、ソフトなカジュアル感が魅力だ。
とはいえ、フィアーノらしいヘーゼルナッツ香は健在で、梨やパイナップルのような明るい果実感と相まり、実にチャーミングな印象のワインとなる。
Fiano di Avellino DOCGは非常にシリアスなワインであるため、日常にはむしろSannio DOCの方が向いているだろう。
グレコと同様に、万能型ではあるものの、明確に「山の白ワイン」となるため、白身肉や野菜類を中心にペアリングを組み立てることをお勧めする。
他にも、マルヴァジア(Malvasia bianca di candia)かトレッビアーノ(Trebbiano Toscano)を50%以上ブランドしたBianco del Sannioや、モスカートなども認められているが、まずは上記の3品種を試していただきたい。
赤ワインで重要なのは、ピエディロッソ(Piedirosso)とカマイオーラ(Camaiola)。

ピエディロッソは、独特のチグハグ感が面白い品種だ。
テクスチャーは軽く、ミッドパレットが弱く、酸は強い。バイオレットやコショウのアロマがあり、フレッシュ感はアリアニコより強いが、なんとも言えない独特のワイルドで粗野な「雑巾臭」(ブショネではない)がほんのりと漂う。
かなり好き嫌いが分かれるであろう品種だが、私はこのようなワインにこそ、地ワインの魅力が詰まっていると考えている。
樹勢が強い割に収量が低く、栽培がかなり難しい品種とのことで、造り手たちも口を揃えて「ピエディロッソは困ったやつだ。」と語る。
しかし、それでも愛情をもって、安易に引き抜かずに育て続けていることには、サンニオ地方がワイン産地として育んできた豊かな歴史と文化を感じずにはいられない。
少し冷たくして、スパイシーなサラミ類などと楽しむと良いだろう。
カマイオーラは、Barberaと表記されてはいるが、バルベーラのバイオタイプですらなく、完全に異なる種の葡萄だ。
20世紀初頭にアメリカのペンシルヴァニア州に引っ越したワイン生産者が、当時のペンシルヴァニアでBarberaのワインを多く目にしたことから、「Barberaは世界で一番有名な葡萄品種だ!」と勘違いしたらしく、カンパーニャ州に戻ってからカマイオーラをBarberaと呼び始め、それが定着してしまった、というなんとも珍妙な逸話もあるそう。
正直なところ、消費者からしたら、ただただ混乱するだけの話であるため、カマイオーラへと名称を戻す申請を進めていただきたいところだ。
カマイオーラは非常に色が濃く、酸も強いが、渋味が無い。赤ワインなのに、と思うかも知れないが、文字通り、タンニンがほとんど無いのだ。
繰り返しになるが、この奇妙なアンバランスさこそ、地ワインの魅力である。
一般受けしやすい分かりやすさなどとは、完全に無縁の、別の世界線にある存在。
この面白さを最大限に味わうためには、なるべく若い段階でワインを開け、少し冷やして楽しむと良いだろう。
Sannio
サンニオ地方の葡萄畑を周り、ワインを一通りテイスティングし、造り手たちと語らいあった後、私の心に飛来した言葉は、「イタリアらしさ、という極上の価値」だった。
イタリアは、他文化を吸収しながら成長してきた国だ。
長きに渡ってイタリアの大地に染み込んできた多様性は、ワインにも現れる。
最高格付けにふさわしい威風堂々たる酒質と、汎用性の高さを兼ね備えたAglianico del Taburno DOCG。
ヴァリエーションの豊かさ、品質の高さ、そして何よりも地域文化との密接な繋がりで魅せるFalanghina del Sannio DOC。
地ワインならではの面白さが詰まったSannio DOC。
そのどれもがイタリアらしく、そのどれもが極上の文化的価値を誇っている。