ノンアルに問う
1 日前
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ノンアルコールワインという言葉を、ずいぶん普通に見かけるようになった。
酒を飲まない人、飲めない人、今日は飲みたくない人にも、食卓で同じワイングラスを持つ選択肢が用意される。
ノンアルで通さねばならない事情のある人が、理不尽な疎外感を感じずに済む。
これは、非常に良いことだと思う。
酒を飲まないからといって、烏龍茶か水の二択を迫られなくなることに異論は全くない。
だから私は、ノンアルコールワインを一方的に偽物扱いする気にはなれない。
そもそも、現在ノンアルコールワインと呼ばれているものの代表的な製法は、一度きちんとワインを造り、その後アルコールを取り除くというものだ。
つまり、生まれからして偽物、というわけではない。
少なくとも一度は、本当にワインだったのだから、それらを単純に「葡萄ジュース」と片づけるのも、確かに正確ではない。
ただ、それでも私はノンアルコールワインという存在に、どうにも拭えない退屈さを感じる。
理由は単純だ。
発想が、最初から代替品だからである。


