再発見された銘醸地 <ギリシャ・ナウサ特集:導出編>

私は感覚的印象と論理的考察が入り混じって生じた確かな疑念を抱えて、ナウサの地に降り立った。


感覚的印象は、私がこれまでナウサに素晴らしい可能性を感じつつも、実体験として心を激しく揺さぶるようなワインにはほとんど出会ってこなかったことに起因する。


論理的考察は、二つの疑問点によって疑念を強める要因となってきた。


一つは、「ナウサがもしギリシャの産地で無ければ」、と言う疑問だ。この場に私自身が嫌悪するブランド至上主義をもちこむ気は毛頭無いが、例えばナウサがもし、地品種ワインの世界的リーダーであるイタリアの産地だったとしたら、これほどの注目を集め得たのだろうか、と言う疑問がどうしても残っていた。別格のネッビオーロは横に置いておいたとしても、クスィノマヴロが果たしてサンジョヴェーゼ、アリアニコ、ネレッロ・マスカレーゼ、サグランティーノといった葡萄と横並びに語れるほどの資質をもっているのか。遠く離れた日本からでは、確信に至ることはできていなかった。ギリシャの偉大な赤ワインの産地はナウサしかない(事実とは異なるが)というイメージが先行したことによって、注目を集めることができただけなのでは無いかと、どうしても訝しんでしまっていた


もう一つは、筆者が「4.5星の法則」と呼んでいるものから来ている。これは、仮に生産者を五つ星で評価した場合、五つ星相当の生産者が勝ち取った名声を超えて、産地全体が世界的高評価を得るには、少なくともそのクラスの生産者が3ワイナリーは必要であり、もし1~2生産者しかいない場合は、かなりの数の四つ星相当生産者が必要になる、と言う法則だ。ワインの世界史を振り返ってみると、この法則が見事に当てはまるケースが実に多い


3生産者以上存在することによって産地が高い評価を得た例は、主にフランス、イタリア、スペインの銘醸地や、カリフォルニア、バロッサ・ヴァレー等が挙げられるが、急速に評価が高まったケースとこの条件が合致するパターンとしては、スペインのプリオラートが筆頭として該当するだろう。


2生産者以下だが、多数の四つ星相当によって高い評価を得た例も少なからずあるが、代表的な例ではフランス・ブルゴーニュのシャブリ、マイナーな例ではイタリア・シチリア島のエトナ火山などが該当する。


逆に、四つ星相当が少な過ぎたが故に、その名声が偉大な生産者にのみ集中した例で言うと、イタリアのアブルッツォ州ウンブリア州などが挙げられる。アブルッツォ州にはエデュアルド・ヴァレンティーニ、そしてエミディオ・ペペと言う五つ星相当の生産者がいたが、四つ星相当が少なすぎる。ウンブリア州も同様で、パオロ・ベアとアルナルド・カプライ以外の優れたワイナリーが圧倒的に足りていない。


最後は例外にあたるものだが、五つ星相当生産者が2ワイナリー以下で、四つ星相当生産者の数も少ないにも関わらず、特定の生産者よりも産地全体に対する関心が高まるケースがある。その最たる例が、同じくギリシャのサントリーニ島や、スペインのカナリア諸島だ。しかし、この2産地を見てもわかるように、極めて特殊なロケーションという要素が往々にしてこのケースには介在している。


これらのような例にナウサを当てはめてみると、4通りのパターン全てに、ナウサが完全には該当しないように思えていた。


もちろん、単純に私が知らないだけ、という可能性への配慮は残してあったが、それでもナウサの熱狂に対して少々の疑念をもつには十分なものだったのだ。



そのような思いを抱きながらの旅では、出会った造り手たちに様々な疑問をぶつけ続け、供されるワインにはある種の冷徹さをもって接し続けた。


そして、旅を終えた時、私は心から素直にこう感じた。


ナウサに来て本当に良かった、と。




あべこべが示すもの

ナウサの生産者たちと話していると、どうもすっきりとしないことが多かった。


「クスィノマヴロはピノ・ノワールとネッビオーロの、どちらにより似ているのか。」と尋ねれば、大抵はピノ・ノワールという答えが返ってくるし、ナウサのグランクリュ筆頭候補と目されているのは、最もピノ・ノワール的性質が強まるパリオカリアスPaliokaliasのエリアであるにも関わらず、多くの造り手がグレートヴィンテージと胸を張る年のワインは揃いも揃ってネッビオーロ的味わいだった。おそらく、飲み手としてのブルゴーニュへの憧れと、栽培醸造家としての力強いワインが造れたという手応えが相反しているのだろう。


さて、このようなあべこべの中でナウサの実態をなるべく正確に理解するには、ピノ・ノワール的、ネッビオーロ的という対極にある性質、そしてその中間層を埋めるグラデーションを可能な限り広範囲に渡って精査する必要がある。


導入編でも述べた通り、クスィノマヴロはテロワールとヴィンテージに極めて敏感に反応する性質をもっている。そしてその反応の強さは、ワインメイキングでどうこうできるものでは基本的にない。つまりナウサの造り手たちは、よほど強引に、現代においては明らかに時代錯誤なレベルの介入を行わない限り、畑とヴィンテージの個性から逃れることはできないのだ。


この特性はクスィノマヴロ、そしてナウサにとって非常にチャレンジングなものではあるが、産地と品種の性質を理解する上では、ワインメイキングのヴァリエーションという巨大な変数の大部分を除外できる点が明確なプラスとなる。


以降、ナウサワインの詳細に迫っていくが、本来はあまり積極的に使うべき表現ではないと重々承知した上で、今回は分かりやすさを重視し、ブルゴーニュ的、バローロ的という表現を繰り返し用いらせていただく。





ブルゴーニュ的ナウサ

ナウサがブルゴーニュ的になる場合において、決定的とも言える要因となるのが、土壌だ。そしてその土壌とは、トラバーチンTravertine(石灰華)という多孔質の炭酸カルシウム岩を多く含むものである。現地ではポロリソスPorolithosとも呼ばれるトラバーチンは、大量の石灰分(過飽和状態)が溶け込んだアルカリ性の水が熱せられることによって形成され、二酸化炭素が抜けやすい性質をもつため、結果として葡萄のpH値を上げる「除酸効果」を発揮する。

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