ロワール渓谷のソーヴィニヨン・ブランには、どうも複雑な思いが拭いきれずにいた。セントラル地区は、この品種の世界的聖地とされてきたが、特に日本においてはあまり話題に上がることもないし、レストランやショップでも、それほど見かけるわけでもない。同じくフランス国内にある、その他品種の「聖地」と比べれば、その歴然とした格差に正直驚きも隠せない。一般的なワインショップなら、ブルゴーニュの品揃えはサンセールの10倍を遥かに凌駕するだろう。
価格だけを見れば、もう一つのソーヴィニヨン・ブラン伝統産地であるボルドーの後塵を拝したままどころか、その差はますます広がる一方だ。
ふと、頭によぎる。サンセールやプイィ=フュメは、名前だけの聖地なのかと。フランスの産地である、という理由だけで、聖地に押し上げられた存在なのかと。
オリジンとパーソナリティ
ロワール渓谷のセントラル地区(以降、ロワール・セントラルと表記)がソーヴィニヨン・ブランの聖地と見なされてきた確実な理由の一つとして、その歴史を挙げることができる。現時点で判明している限り、ソーヴィニヨン・ブラン発祥の地は、ボルドーではなくロワール渓谷だと考えられているからだ。
最古の記録は1534年。ロワール渓谷の文献に、ソーヴィニヨン・ブランと確実視される記述がある。当時の呼び名はfiersだった。
ソーヴィニヨン・ブランは、ヴィティス・ヴィニフェラ種としては稀に見るほどの環境適応力があるのも特徴だ。その適応力は、特有の非常に高い樹勢と相まって、国際品種として最高の資質となり、フランスを飛び出して世界各国に根付いた。
簡単に言うと、育てやすい葡萄なのだ。
しかし、その高すぎる適応力と樹勢が故に、実際には適切な畑に適切なクローンを植樹しないと、収量過多になるという側面ももっている。これはつまり、品種の個性が、テロワールの個性をいとも簡単に上回ってしまうということも意味している。
本来ならシャルドネやピノ・ノワールにも劣らないほど、テロワールの個性を驚くほど緻密に反映する力をもっているにも関わらず、世界はこの品種をそのようには見ていない。一般的に言うと、品種個性が、テロワール個性よりも分かりやすいのは明確で、(テロワールの反映を無視すれば)多産にも向くソーヴィニヨン・ブランが、簡単に大量生産ができ、しかも売りやすいという、実にエコノミカルというイメージが相当程度定着してしまった理由は、そもそもの品種特性にもあるのだ。
世界中に根付いた育てやすくエコノミカルな国際品種のオリジン。聖地とされるには、十分過ぎるほどの要素だろう。
でも、それだと私は納得できない。ワインの世界では、聖地は最上とイコールであるべきだからだ。