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伝統と変化 <ロワール渓谷特集:第二章 後編>

少し古いワイン教本を読むと、ロワール渓谷のシュナン・ブランの特徴として、「濡れた犬」、「濡れた藁」、「濡れた羊毛」といった表現が頻出する。確かにかつて、この地のシュナン・ブランには「濡れた」何かの印象が強く残るものが多かった。その主たる要因として、葡萄の熟度の低さが挙げられることは多いが、温暖化や収穫時期の見直し(より遅摘みへと変化)が進んだ現在は、その特徴はほぼ完全に消失したと言える。


素材の状態が変わると、当然のようにレシピにも変化が起こる。まず、熟度の高まりと、それに並行して広まったオーガニック栽培への転換は、野生酵母での発酵と亜硫酸添加量の大幅な低下と言う一つの大きな流れを生み出した。野生酵母がよりテロワールを正確に表現するかどうかという議論はここではしないが、亜硫酸添加量の低下は、強烈な酸とミネラルで、とにかく「固い」印象の強かったシュナン・ブランに、確かな柔らかさをもたらした。


もう一つの大きな変化は、意外なところから生まれた。空調の導入だ。通年で低温を保てる地下カーヴがほとんどないロワール渓谷では、(主にマロラクティック発酵を防ぐ目的で)暑くなり始める6月よりも前に瓶詰めをしてしまうことが多かった。しかし、空調の導入後はこの制約が無くなったことにより、2つの新たなスタイルが誕生した。一つは、空調の効いた環境で、MLFを起こさずに古樽で長期熟成させる手法。もう一つは、そこからの派生系で、新樽も取り入れる手法。特に前者は主流となりつつあり、かつての「濡れた」印象の代わりに、ナッティーなタッチを新たな個性として獲得した。後者に関しては賛否両論となっているが、筆者自身はMLF無しの新樽使用にはかなり否定的だ。新樽がもたらす風味と、ワイン自体の風味の「ブリッジ」としてMLFは確かな役割を果たしているのでは無いだろうか。新樽を使うならMLFをすべきだ、などと言うつもりはないが、少なくとも私はロワール渓谷でしか出せない個性の宿ったシュナン・ブランを飲みたいのであって、乾いた樽のニュアンスが全面に張り出したような正体不明のワインには、興味がない。


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