皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
私が日本に帰国してから、1年以上が経ちました。
ご愛読いただいております皆さまへの感謝の気持ちを忘れずに、本日もヒロミワールドへいらしてくださる皆さまの為に、コラムを全力でカスタマイズさせていただきました。
さて、今回ご紹介させていただく葡萄はリースリングという白ブドウです。「そんなん誰でも知ってるわー」とざわつかれるかもしれません。
ソムリエの勉強をし始めた頃は、どちらかというと苦手な品種で、しかも(リースリングに関連した事は)覚える事が多すぎて、頭を抱えていたのですが、このブドウを選んだ個人的な理由は、以下の通りです。
① 極甘口、半甘口(半辛口)、辛口、そしてスパークリングと変化するので楽しく深い。
② 以前の職場でリースリングを扱う事が多かった(NYではリースリングは人気がある)。
③ 出産後(私本人の)味覚が変わり、低アルコールで、甘みと酸を感じるワインを以前よりも好んで飲むようになった。
①と②に関しては、何もリースリングでなくても、シュナン・ブランやソーヴィニヨン・ブランを始めとして、他にもたくさん広範囲のスタイルをカバー出来る品種はありますし、③はワインベースの軽いカクテルや、涼しい産地で生産される軽いワインもあるのに、というお声もあるかもしれませんね。
特にリースリングの本場であるドイツは、ニューヨークでのソムリエ修行時代、とにかく覚えるのに苦労した、私にとっては苦手なワイン産地だったのです。おそらく、同じような苦手意識をもっているのは、私だけではないと思います。
英語と似ているようで理解不可能なドイツ語、成熟度に基づいた独特の格付けなど、難解でとっつきにくいドイツのワイン法(*1)、曲がりくねった河川沿いに集中する複数の産地、おまけに、長い数列で(暗号のように)表現される情報(*2)。
これらをNYのソムリエスクールで、1週間という期間の間に頭に入れるのは、限界がありました。しかしながら、悔しいことに、当時のソムリエ勉強中のクラスメイト達は、(さすがアメリカは移民の国!)、フランス語やドイツ語をスラスラとあっさり読めて覚えてしまうのでした。
当時私は、NOBUレストラン・トライベッカで、朝から深夜までフルタイムで忙しく仕事をしていましたし、新しい引き出しに記憶を収納するにはリミットがありました。苦手な産地が翌週に控えた試験に出てくるとあって、ストレスでどんどん私は撃沈していったのを良く覚えています。
ですが、試験日は待ってくれないので、先ずは、ドイツにある13の生産地帯を覚えることから始めました。そして、発音しやすいモーゼル(*3)とラインガウ(*4)に、(小学校の頃から得意な)試験勉強の山をはりました。
当時はポケットにフラッシュカードを入れて、職場でお手洗いに行く隙に、一つでも多くの単語を覚えました。(こらっ!給料ドロボウ!)
実は、米国のソムリエ試験のブラインド・テイスティングに必ずといっていいほど頻繁に登場したのが、ソーヴィニヨン・ブランとリースリングだったのです。当時、香りだけで、この2品種に関しては、どこの産地かほぼ当てられるくらい、上司に鍛えられていたのは良い思い出です。
さて思い出話はここまでにして、ソムリエ修行中、甘くないドイツワイン理論の迷路をさまよっていた私を救ってくれたのが、今回紹介させていただくモーゼルです。
モーゼルはご存知かもしれませんが、2007年の8月1日まではMosel-Saar-Ruwerとして知られておりました。その美しくピュアで軽やかな、低アルコールリースリングで高く評価されており、葡萄の樹が驚異的な生命力を発揮する、急勾配のスレート土壌(*5)の斜面に畑がある事でもよく知られています。もちろんこの急斜面の葡萄は全て手摘み。ウィリー走行世界チャンピオンでも、ここでは出る幕ありません。

様々な色のスレート板岩
このワインが造られるモーゼルのピュンデリッヒ村は、荒々しくうねるモーゼル川北部の中流域と下流域の境界線にあります。ここの地質はとてもユニークで、何億年も前の火山活動により形成された、長く起伏のある崖が特徴的です。

生産者: Clemens & Rita Busch / クレメンス & リタ ブッシュ
ワイン名:Riesling Marienburg Falkenlay Großes Gewächs
/ リースリング マリーエンブルク・ファルケンライ グローセス・ゲヴェクス
葡萄品種:Riesling / リースリング
ワインタイプ:白ワイン
生産国:ドイツ
生産地:Mosel / モーゼル
ヴィンテージ:2014
インポーター:Firadis
参考小売価格:6,450円
ワイン画像:©︎Firadis
ご紹介させていただく造り手のクレメンス・ブッシュは、ドイツのワイン専門誌「アイヒェルマン」で、最高位である5つ星生産者に選ばれ、歴戦の辛口批評家から、「この偉大なリースリングはモーゼル及び、ザール・ルーヴァ―を代表すると言っても過言ではない。クレメンスのワインは、ドイツを語る上では決して外すことのできない必需品である。」と、この上ない程の評価を得ています。(私は個人的に評価の数字などは気にしないんですが、本当にすごいんです!)
モーゼルのカビネット(*1を参照)は、世界で最も繊細なワインの1つですが、彼の近年のワインは、(温暖なヴィンテージが続いた影響もあり)より豊かなスタイルを表現しています。
そして力強いG.G.(グローセス・ゲヴェクス)は、モーゼル屈指の偉大なワインで、彼のワインはその力強さと繊細なタッチから、(私的にアートで例えるなら)まるでヨハネス・フェルメールの作品を思い起こさせます。

貴腐菌を発生させるという非常に重要な役割をもつモーゼルの朝霧
さて、この現当クレメンスは1974年より祖父のクレメンスからワイン造りを学び、現在16haの畑を所有している5代目で、1984年に妻のリタと共にブドウ園を継承し、同時期に有機農法に取り組み始め、最近ではビオディナミ農法に移行しました。ドイツのワインメーカーの間では、その丁寧な畑仕事、(品質のために)高収量を放棄する強い意志などから、ビオディナミのパイオニアとして、まさにお手本となっています。
クレメンス・ブッシュのHPでは、彼の畑の写真を見ることができます。まさに必見です!
マリエンブルクという葡萄畑のお話をしましょう。
強いミネラル感、というモーゼルらしさを葡萄に宿す、スレート板岩の3つの主要な色(青、赤、灰色)はすべてこの畑の中に含まれていますが、村から川を渡った斜面に沿って広がるさまざまな区画では、スレート板岩の構成が大きく異なるにもかかわらず、1971年にドイツ政府は、官僚的な決定でこれらすべての区画を1つのブドウ園名である“マリエンブルク”にまとめました。
クレメンスは現在も、この間違いを正すことに彼のキャリアを捧げており、ワインのラベルに、丘の中腹のさまざまなテロワールを基にした独創的な区画名を掲げています。(Fahrlay、Falkenlay、Rothenpfad、Felsterrasse、そしてRaffes)
ボトルのカプセルの色は、各区画の土壌を構成する、重要なスレートの種類と同じ色(青、灰色、または赤)になっています。
“Falkenlay”という区画名が付けられたこのワインには、標高110-150Mに位置する南向き急斜面の葡萄が使用されており、その名に含まれる“Falken = 鷹”は、今日もこの場所を囲む石の間の隙間に巣を作る鷹が由来となり、この区画のスレート板岩は灰色であることから、“Lay = 灰色”という言葉も合わせられています。
このワインはシンプルにお刺身やお寿司とは鉄板の相性を誇りますが、鰹節ベースのお出汁にもとても相性がよく、それを使った厚焼き玉子や焼豆腐、もんじゃ焼き(もちろんお好み焼きも!)、ブリの塩焼きや照り焼きといった和食とも最高です。洋食だとウニカルボナーラなどは寒いこの時期、とても楽しめますよ!
なお、健康思考に切り替えた近年の私は「良薬は口においしい」をモットーにワインを選ぶようになり、そんな私には、「お口に含んだ瞬間に心ときめく樹齢 90-100年のリースリング!」は最高のお薬です!
(*1)以下のカテゴリーに分かれる。
カビネット:低いアルコールの軽快なスタイル。熟したぶどうを使用。半辛口〜半甘口。
シュペートレーゼ:遅摘みした完熟葡萄を使用する。より厚みのあるスタイル。半甘口。
アウスレーゼ:さらに遅摘みにした完熟ぶどうを、しっかりと選果して使用。甘口。
ベーレンアウスレーゼ:過熟させた葡萄と貴腐葡萄から作られる豊潤でスタイル。甘口〜極甘口。
アイスヴァイン:マイナス7度以下という条件で氷結した葡萄をそのまま圧搾し、濃縮された果汁を用いて作るワイン。極甘口。
トロッケンベーレンアウスレーゼ:貴腐葡萄のみから造られる、非常に凝縮したワイン。世界三大貴腐ワインの一つ。極甘口。
(*2)ドイツワインのラベルに記載される、公認検査番号。消費者にとっては、全く意味の無いものである。
(*3)ドイツを代表する産地として知られるが、その真価は極甘口から辛口まで幅広いスタイルにおける、隙の無さと言える。歴史的に残糖のあるスタイルの方が有名だが、辛口も素晴らしい。
(*4)半辛口から辛口のリースリングで知られる、ドイツの銘醸地。ふくよかで力強い味わいが特徴。
(*5)粘板岩。泥岩や頁岩が圧縮されることによって生成され、石英といった様々な鉱物を含む。葡萄畑においては、「熱を蓄える」という非常に重要な役割をもち、ドイツの中でも特に寒い地域では、リースリングが限界的な生育条件を満たすための、欠かせない要素の一つとなっている。
<ソムリエプロフィール>
木山 ヒロミ/Hiromi Kiyama
CEO / DH Dumont
1975年、大阪生まれ。1995年、渡米。
ニューヨークNobu Restaurantで11年勤務。20代の後半からワインの独学を始め、マスターソムリエ/酒サムライのRoger Dagorn氏と出会い、ソムリエになる事を決断する。
その後、ニューヨークで数々のミシュラ ンフレンチレストラン、日本食レストラン、ホテルで勤 務。2014年の出産後、育児初期はパートタイムでソムリエ や、コンサルタント業をしながらヨガ講師を目指していたが、奇才のCesar Ramirez(Chef’s table at Brooklynfare)に出会い、世界で最も予約困難な三つ星店で勤務。再び、ソムリエに戻るチャンスを得る。
2019年9月、日本へ帰国。夫とDH Dumontを設立。
<DH Dumont>
2020年春、大阪にオープン予定のビンテージウイスキーとワインの1号店。
ニューヨークでの職歴:
Nobu NYC、Adour by Alain Ducasse、Corton、15East、Tocqueville/Union Square Hyatt、Public Restaurant、Chef’s table at Brooklyn Fare
アメリカでのコンクールと経歴:
Sommelier Competition&Achievements:
The Sommelier World Cup “USA VS South Africa” : 7th finalist 2010
USA Sud de France Sommelier Competition: 2nd runner up 2010
Ruinart Challenge Competition-Court of Master Sommeliers in NYC: 1st runner up 2011 Sochu Competition USA: Semi Finalist 2011
American Sommelier Association: Viti Vini/Blind Tasting
Court of Master Sommelier: Certified
Wines of Portugal ‘Academia do Vinho’ Level 3-Advanced course
SSI international Kikisake-Shi
