今回はアンフォラ!をベースに、発酵槽についても書いてみます。
ワインのテクニカルデータを見たときに、発酵槽に注目することが多いと思います。
木樽発酵なら「樽の風味があってしっかりした酒質のワインかな」、ステンレス発酵なら「酸味があってキレがあるワインかな」、など様々な味わいを想像すると思いますが、アンフォラと書いてあったときなら、どんな味わいを想像するのでしょうか?
ジョージアや、フリウリの一部でオレンジワインの興隆とともに注目されてきたアンフォラは、発酵槽としてどのような特徴と意味をもつのでしょうか。今回はそんなアンフォラを紐解いてみたいと思います。そしてここでは発酵槽を科学的に分析するというより、岩井的な“感じる”見解でみていくことにします。
その前に、「発酵槽とは?」ということをみていこうと思います。
まずは、ワインの味わいはどこからくるのでしょうか?
私はワインも人間と同じように性質と性格と二つの要素をもっていると考えています。
・性質→先天的なもの
主に持って生まれたものを指し、接触による影響をあまり受けないもの。
ワインの場合、土地、気候、葡萄品種から得られる。
・性格→後天的なもの
社会生活を送り、他と接触する上で変化をみせる。ワインの場合は醸造、瓶内熟成から得られる。
そこで、発酵槽とは、摘みとられてきた葡萄が潰された後、最初に長時間触れる容器です。葡萄果汁が一番ピュアな状態に触れるものです。人間で例えていうなら、胎児にとっての母親の胎内のようなものではないでしょうか。母親の胎内でも子供は声を聞き、意識をもっていると言われています。その子の性格に大きな影響を与えるそうです。
胎内=発酵槽
と考えるとワインという命が生まれる、まさにそのときに包まれている発酵槽はワインの性格を決定づける上で大きな役割をもちます。
そして、ビオディナミの伝道師ニコラ・ジョリー氏は、著書の中で代表的な発酵槽、木樽のことをこう言っております。
「自然界では、殆どの生命が“卵型”から誕生します。これを考えると、樽が丸い「卵」の両先端を切り取った形をしているのは、単なる偶然とは思えません。この形は、周りの力を中央に引き集めます。建築学から見ても、これは最良の形です。」
さて、ここでアンフォラです。その形を見てみましょう!
どうでしょう、卵型なのは明白ですね。胎内たる発酵槽の形が卵である。つまりアンフォラの形はとても原点的であり自然なものであると言えます。
科学的な効果としては、卵型は自然な対流が生まれることによりナチュラルバトナージュ(*1)が行われることで、人為的な介入を大きく減らすことができます。私はそれにより、酵母が自由に自然に発酵をおこなえるのではと考えています。
それでは次はアンフォラの素材と特徴をみていきましょう。
アンフォラは粘土で作られた素焼きの土器です。この土でできているというのが、大きなポイントになります。つまり他の発酵槽との違いは金属でも、木でもないというところです。ステンレスタンクは嫌気的な環境で発酵し、酸化がゆるやかで第一アロマが豊かでフレッシュなワインになります。キリッとして金属的なニュアンスをもちます。木樽は、好気的な環境で発酵し、マロラクティック発酵も起こりやすく、酸がまろやかで温かみのあるワインになります。厚みがあり木質的なニュアンスを持ちます。アンフォラは、土で出来ているので金属でも、木でもありません。そのどちらとも違うニュートラルなニュアンスをもちます。
素焼きの土器なのでとても原始的な容器です。そして地中に埋めれば嫌気的、地上におけば好気的とそのスタイルは大きく変わりますが、地上の場合はかなり酸素透過性が高くなってしまいますので理想は地中に埋めたいところです。そうすることにより低い温度と嫌気的な環境でゆっくり発酵し、クリーンでクリア、さらに複雑さのあるキャラクターのワインになります。この低い温度で発酵をすることにより素焼きの土器の土臭さがほとんど出ず、土の持っているニュートラルなニュアンスのみを生かしたワインができるのです。余談ですが、発酵温度のコントロールはアンフォラを地中に半分埋めたり、2/3を埋めたりとその比率によって調整も可能なのではないでしょうか(今はほとんどが慣習的に全て地中に埋めてしまっていますが)。
まとめてみるとアンフォラの特徴は、
1 クリーン&クリア
2 複雑さを持つ
3 ニュートラル(中庸)な性格になる
4 ワインが生まれる際にふさわしい卵型
5 プリミティブな性質
であると言えます。
この観点からみると、巷に溢れている、土臭いアンフォラのワインは、わたしにとってはNGです。土の香りがしないニュートラルなワイン作りが出来てこその、アンフォラであると信じています。
生産者:Zurab Topuridze /ズラブ・トプリゼ
ワイン名:Golden Blend / ゴールデン・ブレンド
葡萄品種: Rkatsiteli Mtsvane Khikhvi Kisi/ ルカツィテリ ムツヴァネ ヒフヴィ キシ 各25%
ワインタイプ:オレンジワイン
生産国:Georgiaジョージア
生産地:Guria / グリア
ヴィンテージ:2019
インポーター:Racines / ラシーヌ
参考小売価格:¥3,800 税別
さて、ここでやっとワインの出番です。
ジョージアのワインを飲み続ける中で出会った、理想のアンフォラワインがあります。
ジョージアの西、黒海に面し、ワイン産地の中でも一際マイナーなエリア、グリアで作られたワインです。ワインの名前はゴールデンブレンド2019、作り手はズラブ・トプラゼ。なんとこの方、本業は石油会社の環境保全部の部長です。その傍ら、情熱を持って有機栽培でワイン作りをしています。葡萄はジョージアの主要4品種(ルカツィテリ、ムツヴァネ、ヒフヴィ、キシ)のブレンド。この4品種で作ると金色のワインが出来ることからこの名前にしたそう。マセラシオンもルカツィテリのみ7ヶ月で、あとは果汁のみの発酵から、いわゆる「アンバーワイン(オレンジワイン)」とは違う、作り手曰くの金色ワインなのでしょう。
グラスからたくさんのフルーツ(桃や杏)が溢れ出てきそうな、フルーティーでアロマティックな香り。注ぎ始めた瞬間からテーブルが華やかになります。濁りがなく澄んでおり、少しとろみを感じるような液体、そして黄金の輝きが眩しい。味わいはあくまでクリーン、そして適度なタンニンと豊かな果実味、余韻にはミネラルがじんわりと染みわたる味わい。ジョージアによくあるネガティブなキャラクターは微塵も感じさせず、クリーンでしっとりとして、尚且つ伸び伸びとしています。ステンレスや木樽では出せない、葡萄の内面の力を引き出した素晴らしいワインです。ジョージアワインに、そしてアンフォラに抵抗がある方に是非飲んでもらいたいワインです。
味わいに様々な要素がありますので、マリアージュはかなり幅広く楽しめます。発酵容器から与えられたエクストラのフレーヴァーがないワインなので、素材の味わいを生かしたお料理と合います。オススメはシンプルに塩で茹でた豚肉です。焼いた豚にはないしっとりとジューシーな食感と豚肉の脂の旨味が、このワインのキャラクターと絶妙にマッチして、お互いが溶け合いながら幸せな余韻へと続きます。せっかくなので健康で脂が美味しい質の良い豚肉を探してみましょう!
アンフォラが土という素材であるがゆえに、土臭いとか不衛生とか様々な勘違いで認識されてしまい始めていると感じる今、こういう綺麗でナチュラルなワインを是非知ってほしい、そしてアンフォラの魅力を是非知ってほしいという想いで今回の記事を書きました。この機会に皆様がアンフォラのワインを楽しく美味しく飲める機会が増えることを祈っております。
(*1)バトナージュ:発酵後のワインを熟成中に、澱を攪拌してコクと旨味を引き出す作業。
<ソムリエプロフィール>
岩井 穂純 / Hozumi Iwai
酒美土場 shubiduba 店主
AWMB認定オーストリアワイン大使
J.S.A.認定ソムリエ
アカデミー・デュ・ヴァン講師
Japan Wine Challenge審査員
オーストリアワイン普及団体「AdWein Austria」代表
経歴
1978年生まれ。20代前半より都内のワインバー、高級レストラン勤務を経て神楽坂ラリアンスのシェフ・ソムリエを長年に渡り勤める。その後丸の内の有名ワインバーのマネージャー/ソムリエ、ワインインポーターのコンサルタント、都内隠れ家レストランのプロデューサー/マネージャーを経て、2016年に酒美土場をオープン、現在に至る。2014年よりアカデミー・デュ・ヴァンの講師も務める。
オーストリアワインのスペシャリストであるが、近年はオレンジワインの専門家としても活動。さまざまなオレンジワインのイベントや講座を主催。現在ではTVや雑誌などにもオレンジワインの企画で出演している。
<酒美土場 -shubiduba->
2016年に東京・築地場外市場にオープンしたわずか5.5坪のワインショップ&バー。ナチュラルワインにこだわり、特にオレンジワインの品揃えには定評がある。酒屋ならではの角打ち(かくうち)も行なっており、ナチュラルワインを求めるお客さんで連日にぎわいをみせる。