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「ペアリングの基本」に対する検索結果が760件見つかりました

  • Wine Memo <22>

    . ¥3,920 同じ言葉と文化を話す同朋として、もちろん日本ワインの発展を心から願っている。   しかし、 その想いと、ワインに対する評価は明確に切り離すべき だと私は思う。   私にとって日本は、世界に数多くあるワイン産地の一つであり、それ以上でも以下でもない。   日本ワイン愛好家には冷たいと思われるだろうし、実際に良くそう言われもするが、色眼鏡をかけまくって、自信満々で日本ワインを海外の専門家に紹介した結果、微妙な反応が返ってきた時なんかは、なんとも行き場のない

  • 出会い <53> ブルゴーニュ生まれのナチュラル「テロワール」ワイン

    よって、(クラシックワインと呼ばれるものの相当数も、過度な調整と矯正によって結果的にテロワールを失していることも踏まえ)本稿の内容はあくまでも私見であり、他者の考えを否定する類のものでは一切ない。

  • 9つの個性 <ポルトガル特集:Vinho Verde後編>

    もちろん、最終的には「上澄み」を含めた方が当然面白いのだが、まずは数多くの「例外」を丁寧に取り除きながら、テロワールの本質へと迫っていくのが良策。  

  • 古くて新しい銘醸地 <ポルトガル特集:Vinho Verde前編>

    Vinho Verdeは、日本では最も知られているポルトガルの産地であると同時に、最も理解されていない地でもある。   まるで、現地では最新のWindows 11を搭載しているのに、日本ではWindows 98のままで止まっているかのようにすら思える。  

  • 未完の銘醸地 <ポルトガル特集:バイラーダ編>

    本では話題に上がることすらないような未開の地に足を踏み入れると、私はジャーナリストとして、強い使命感を感じる。   真摯にワインと向き合い、楽しみ、喜ぶ人たちと出会う度に、私はワインを好きになって本当に良かったと心から感じる。   Bairrada への一人旅は、そんな「出会い」に満ち溢れていた。

  • ヴィニュロンの一年 <2023年12月>

    【日本で栽培すべき葡萄品種】 読者の皆さまは、 「日本で栽培すべき葡萄品種は何なのか?」という議論が100年以上も続いている 事をご存知だろうか? 明治時代の始まりとともに、1870年に山田宥教と詫間憲久が日本で初めて葡萄酒を醸造してから急速な発展を遂げた日本ワイン史。 日本で欧州系ブドウを栽培する事が難しいという事実から、日本で欧州種を使用した品質の高いワインは造れない、という諦めの時代の中で蔓延した風潮を、 浅井昭吾氏(浅井宇介)は「宿命的風土論」 と呼んだ。 (著書:自然農法)   世界と競争すればするほど、日本ワインは本質を失う。 ヨーロッパを目指し真似する必要はあるのか? 風土は変えれても、気候を変えることはできない。 今の時代を生きる私たちが向かうべきは、 欧州種には劣るかもしれないが、日本の気候に合った地葡萄や交配種、もしくは米国種でどこまで美味しいワインが造れるか であり、日本食との相性も含め、 日本独自のワイン

  • Let’s drink more Port!!!

    だが、本当にポートが売れなくなっている理由は、「甘いから」なのだろうか、と疑問が湧いてくる。   確かに、甘いというだけで無条件毛嫌いするワイン消費者が多いのも、甘口ワインに対して全く理解を示さないプロ(立場を考えれば恥ずべきことと思うが)が一定数いることも事実だが、問題の本質は少し違うところにあるような

  • 時代遅れのNew and Old

    そして本来は、 「大航海時代以前からワイン造りを(産業レベルで)行っていたか否か」 に基づいて定義付けられていたはずの言葉は、ワイン市場がグローバル化し続ける中で、その 意味を拡張 させてきた。  

  • 100年前からの贈り物 <ポルトガル特集:ダオン後編>

    私にとって、今回の旅の大きな目的の一つは、現在のポルトガルワインが、氏が半ば疑問形で投げかけた「トップを走っているように見える」という状況通りなのか、それとも 「本当にトップを走っている」 のかを、自らの

  • 復活した銘醸地 <ポルトガル特集:ダオン前編>

    注:日本では D ã o =ダンと表記されるケースが多いが、現地の発音を重視し、SommeTimesでは一貫してダオンと表記する。

  • Wine Memo <15>

    本目は、 ダオン から。

  • 再会 <49> 地味だった格付けシャトー

    しばらくは本から見えた「見知らぬ華やかな世界」を存分に楽しんでいたが、知識と同時に、様々なワインへの憧れも蓄えられてしまい、ほどなくして私は、それらのワインを飲みたくて仕方なくなってしまった。

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