私は現在複数の飲食店に対しての、ワインのアドヴァイスとサーヴィスの実務で関わらせて頂いている。様々な業態に触れる機会が他と比べて多くなる為、業務の上で上多くの種類ワインが必要になってくる。フレンチでも、クラシックベースなのかモダン寄りなのか、で手配するワインは変わり、和食か洋食(敢えて洋食と書かせて頂く)なのかでも当然変わってくる。
フリーランスとして始めた当初は、必死に各店舗にマッチしたワインを模索していた。
現場にソムリエとして入ったことのある人なら何となくわかってもらえると思うのだが、
飲食店のメニューというものは食材の入荷の関係もあり、極端に短いスパンではあまり変わらない。もちろん台風などの理由で必要な素材が手に入らずに、代替となる食材で対応することはあるのだが、元々旬に合わせてパフォーマンスの優れた食材を厳選して手配をして、其の上で調理法も取捨選択している(はず)ので、頻繁に料理の構成を変える必要性そのものが余り無い。
そしてそれに合わせるワインを変える必要も、(お客様からの要望などが無い限り)無いと言える。勿論、ハードリピーターの多い店や、限定アイテムなどを多く取り扱う店舗では、変更が必要ということもあるが、一般的な飲食店ではコスト管理や品質安定、またはスタッフのリソース上の理由から、ある程度のボリュームのワインを一定の期間仕入れて顧客に提供していく、というのがオーソドックスな飲料部門の仕事と言える。
(色々試したいという利己的な動機で、豊富にアイテムを用意して様々なパターンで提供した結果、他のスタッフに怒られる、なんてこともあるんじゃないかなぁ・・・などと想像します)
さて、フリーランスとしての仕事がある程度安定して来て、周りを見渡す余裕が出てきて、更に勉強会や試飲会などで情報交換などをするようになって改めて認識したことがある。
① 産地や製法などの違いはあるが、ジャンルに関わらず用いられる食材は業態に関わらず大まかなフレームで同じである。
② そしてその素材に対する調理法はジャンルによって大きく異なるが、素材の持ち味(私は個人的に味の芯と呼んでいる)の捉え方はどんなジャンルになっても余り変わらない。
よって必要となるワインも実は店舗ごとには大きく変わらない。細かい調整は温度調整やグラス選びなどで対応可能。
③ お客様が喜ぶワインは実はジャンルや料理にはそれほど左右されず、価格帯や利用目的によって大体決まってくる。
ということであった。
③ に関してはしっかり語ると話が脇道にそれてしまうので今回は割愛するが、①と②
は私にとって、よく考えれば当たり前のことであるが、大きな気付きであった。
理論ばかり説明しても若干わかりづらいかと思うので、一本のワインを紹介して、そのワインを違う業態でどのように使用したのかを、ケースごとに解説していきたい。
生産者:Bodegas Luis Perez / ボデガス・ルイ・ペレス
ワイン名:Caberrubia Saca Ⅱ / カベルビア・サカ・ドス
葡萄品種:Palomino / パロミノ
ワインタイプ:酒精強化ワイン
生産国:スペイン
生産地:Do Xerez / ヘレス
ヴィンテージ:MV
インポーター:ラヴニール
参考小売価格:¥4,200
©︎ラヴニール
スペイン・アンダルシア地方で、陰干しした葡萄で醸すという200年前の製法を用いたワイン。伸びやかな酸味と柔らかいストラクチャー、通常の酒精強化ワインのようなアグレッシブなアロマではなく、どこか奥ゆかしいヘーゼルナッツやリンゴの蜜のニュアンスをもつ素晴らしいシェリーである。
使用例1
タラの白子の天ぷらの海苔巻き、甘塩鱈子の炭火焼き
提供方法 リースリンググラスで常温(19-20度)に戻して提供
ソムリエの悩みの種の一つ、魚卵。みんな大好きな珍味なのだがその押しの強いうま味と風味のおかげで、合わせるワインはどうしても限られてきてしまう。私は珍味系などの味わいのインパクトと情報量の多い食材には、ワインも香りやストラクチャーなどの情報量が豊富なものでバランスを取るような形でお客様に提案していく。
この料理に関しては魚卵や肝のうま味を酸化系のニュアンスでブーストして引き立て、白子と鱈子の臭みと副食材の海苔の影響力の強い香味を強めのアルコールでマスキングをして、トータルで「魚卵、肝の美味しさ」をコーディネートしていった。低温度帯だとワインが口に入ったときに魚卵からでたエキス分が冷えてしまい、やや臭みのニュアンスが引き立ってしまうため、温度は高めで提供。
使用例2
タラの白子のムニエル 春菊のクーリ
提供方法 ピノノワール用の口径の大きなグラスでセラー温度(12-13度)スタート
例1に比べて油分やエキス分が大幅に増しているこちらのケース。とは言え白子の美味しさを表現したいということは変わらない。ムニエルに用いられたバターの乳製品由来の香りと酸化系ワインは鉄板の相性。中心部の半生の癖は強めの度数のアルコールで抑え、春菊の苦みはややブーストされるが、トータルの情報量でバランスが取れているため問題はない。ここでは敢えて温度を下げて白子の魚系の香りを呼び戻して春菊の苦みを引き上げることで料理の本来のコンセプトが明確になるように提供する。
勿論アシルティコ(*1)やアルバリーニョ(*2)などでも合わせることは可能なのだが、ここでシェリーを選んだ理由は高アルコールからくる、少ない量での満足感である。このレストランでは、コースの皿数が11皿、合わせるワインは食前酒も入れて8杯ほどになる。メインの料理の時に多めに提供するので、そこに至るまでで多くの水分量を摂取させるのは良い案だとは思えなかった。そこで「飲みごたえ」のしっかりとあるワインで、量と満足感のバランスを取るチョイスを提供した。
使用例3
タラの白子のアヒージョ
提供方法 キンキンに冷やして(8-9度)小ぶりなグラスで
ここでは理屈よりも熱々のアヒージョとキンキンに冷えた辛口のフィノ(*3)を味わうという体験的な楽しさを優先した。小さなグラスなら冷たいうちに、飲み切ってまた改めてキリリと冷やしたワインを楽しめるため。
ビストロでの提供だったので、温度差の美味しさとインパクトを重視するために、敢えて冷やしすぎなくらいで用意した。あくまでその時間を楽しんでもらうのがメインなので、ワインが目立ちすぎないように意識して提供。
以上3例を上げさせていただいた。
フリーランスを始めたばかりのころは、様々なワインを用意しなければ複数店舗でのサーヴィスには対応できないと考えていた。しかし上で述べたように、自分なりのロジックと提供される料理と素材に関する理解さえ的確ならば、アイテム数は実はそれほど必要ないのではないか?という考えに現在傾きつつある。
多様なワインを用意してお客様を歓待するのはソムリエとしての職務であり歓びではあるが、自己満足にも繋がりかねない危険性に常に気を払わなければならない。
提供される料理を正確に理解して、そのうえで必要なワインをチョイスする。そして的確にサーブ。多種多様なワインが市場にあふれている現在ではあるが、ワインサーヴィスの基本的な根っこは昔からあまり変わらないのではないかと私は思っている。
(*1)アシルティコ:ギリシャで最もよく知られた白葡萄。ギリシャ全土で広く栽培されているが、最上のものはサントリーニ島で造られることが多い。強いミネラル感と柑橘のニュアンスが特徴だが、サントリーニのアシルティコには、強い凝縮感が加わる。
(*2)アルバリーニョ:スペイン北西部のリアス・バイシャス地方、ポルトガル北部のヴィーニョ・ヴェルデ地方で主要品種となる白葡萄。アロマティック品種であり、その豊かな香りと端正な果実味と酸のバランスから、人気が高まっている。特に海に近いリアス・バイシャス産のワインは、海鮮と合わせる鉄板ワインとして知られている。
(*3)フィノ:パロミノ種を用いて、酵母の膜が折り重なった層であるフロールの下で3~6年ほど熟成させた酒精強化ワイン。フィノには味蕾を刺激する特性があり、理想的な食前酒として長く親しまれてきたが、食事との幅広い相性もまた魅力である。同じ製法だが、サンルーカル・デ・バラメダで熟成されたものは、マンサニージャと呼ばれる。
【プロフィール】
建部 洋平 TATEBE YOHHEI
北海道札幌市出身 1983年生まれ
調理師を志し2006年に渡仏。
ブルゴーニュで研修を始めてしまった結果
ワインの魅力の虜になり、皿洗いやブドウ摘みなどを
しながら試飲を重ねワインを学ぶ。
2009年にはボーヌの醸造学校 CFPPA BP Sommelierコースに入学。
その時の研修先の紹介で巴里の二つ星(当時)でMOF 所有の
「Relais Louis 13 」に2010年入社。
同年Chef sommelier に昇格し2016年まで勤め上げる。
現在フリーのソムリエとして複数店舗に勤務する傍ら
ワインコンサルティングやエージェント業務も行う。