こんにちは。ラボンヌターブルの戸澤です。
今回はワインではなく日本酒を、それもお燗のご紹介させて頂きます。
【神亀 純米辛口】
今さら皆様へお伝えすることもない程、その名を馳せている日本酒蔵、埼玉県蓮田にある「神亀酒造」。
「神亀」…なんとも良い名前である。
由来はかつて蔵の裏手にあったと言われる「天神池」に棲む、
「神の使いである亀」に因んだそう。
蔵の歴史が始まったのは嘉永元年(1848年)。
今でこそ日本酒好き(特に燗酒好き)なら知らない方はいないであろう、確固たる地位を得ている神亀も、現在の名声を得るまでは度重なる苦労があったそう。
質よりも量を重視された昭和40年代、当時はアルコール添加が当たり前の時代にいち早く純米酒作りを手がけ、昭和62年に先代である7代目蔵元 故 小川原 良征氏が全国で初めて全量純米酒に変更したことで脚光を浴びたのも、蔵の歴史としては有名なエピソードです。
「酒は米から」という信念を貫き、当時、そして今の世代へと影響を与え続けてきている蔵です。
さて、このお酒を何故ご紹介したのかというと、皆様に「燗酒」をもっと飲んで欲しいからです。
寒さの厳しい冬も明け、春から夏へ移ろいでいくこの頃…。
暑くなると、キリッと冷えたお酒が美味しくなります。
しかし夏場は、室内は冷房が効き、冷たい飲み物を摂取することで身体が冷え切り、
代謝が落ち、内蔵の動きが鈍くなり、消化不良、冷えによる倦怠感や夏風邪を引いたりします。

江戸時代には *福岡藩の儒学者 貝原益軒によって発行された『養生訓』にも、同じような記述があります。
*(かいばらえきけん 江戸時代の本草学者、儒学者 )
『酒は夏月も温るなるべし、冷飲は脾胃を破る』
現代よりも気温は低かったとは言え、夏は暑く今のように冷房設備が無い時代であっても、夏の時期に燗酒を推奨されていたというのは驚きです。
また、摂取したアルコールは体温に近づくことにより分解が始まるため、冷酒の場合は分解が始まるまでにタイムラグがありますが、燗酒は体温に近い、もしくは高い温度になるので、冷酒のように急に酔いが回ることもなく、悪酔いしづらいというのもメリットです。
特に神亀のような純米酒は、旨味、甘味を舌が最も感じ取りやすい温度帯が40~50度と言われております。
基本的に加糖等はせず*、何も加えず燗酒にするので、温度域の違いによる味わいの広がりや様々な表情を、提供者の意図によって出すことも容易です。世界中でも稀な「食中に温めて提供する」数少ない酒であることは、「お燗」が世界に誇れる日本の酒文化であると考えております。
*(原酒等は加水、または人によってはスパイスや茶葉等、他の食材を組み合わせることも勿論あります。)

ちなみにひとくちに「燗」と言っても温度帯によって様々な名称があります。
■ 日向燗 約30℃
■ 人肌燗 約35℃
■ ぬる燗 約40℃
■ 上燗 約45℃
■ 熱燗 約50℃
■ 飛切燗 約55℃以上
*(店舗ではお燗番やってますw)
筆者は基本的に60℃以下でお燗をつける事はあまりありませんが(適したお酒である事が前提)、5℃単位で名称が変わるのも面白いですね!
燗酒の歴史は、奈良時代に始まったとされ、平安時代には貴族、そして一般に広まっていったのは江戸時代中期以降とされております。大衆へと広まったのは、上記に記載した養生訓の影響であるのは容易に想像できます。現代は冷酒のほうが圧倒的に多く飲まれておりますが、江戸の中期では四季を問わず年中お燗で飲まれていたそうです。
粋な江戸っ子達が日向燗で!とか飛切燗で!とか細かい注文が飛び交っているのを想像してしまいますが、実際にお燗つけるのが筆者なら実に嫌ですね(笑)。
また、かの有名な宣教師ルイス・フロストの著書「日本覚書」にも、「ヨーロッパではワインを冷やして飲むが、日本では酒を年中温めている」と記載があり、当時の外国から来た方々には、食中酒を温める事がとても珍しい文化だったのでしょう。
さて、そんなお燗が冴え渡る神亀は濃厚辛口な、所謂 "The 男酒" …。
最近の低アルコール、白麹等のクエン酸を使用した軽さや甘酸系のモダンスタイルとは異なり、数年の熟成を経て出荷されることで生まれる「コクと旨味」の、濃醇かつキレのある味わいが特徴です。
使用酵母等の関係で発酵過程にクエン酸などのフレッシュな成分よりコハク酸、乳酸を多く含む「*温旨酸」が形成されるそうです。
名前の通り、温める事で旨味が増す成分が多いので、燗にすることで神亀が美味しくなるが理解出来ます。
*(おんしさん:温める事で旨味が増すコハク酸、乳酸等含む有機酸であり、対象的に冷やす事で美味しくなるリンゴ酸、クエン酸等の有機酸を冷旨酸と呼びます。)
仕込み水には秩父系荒川の伏流水、硬水を使用することにより、ワインで言うところのフルボディな酒質の辛口純米酒を醸しています。
生酒や、季節限定品を除き基本的に数年の熟成を経て出荷されるのも神亀ならではの魅力。
実に個性的な風味、円熟したまろやかな旨味とコク、豊かな味わい。
決して甘みがある訳ではなく、飲んだ瞬間のコク、濃密な旨味が驚く程スッと消える
その「キレ」の良さこそが神亀の素晴らしい味わいだと捉えております。
長期熟成に耐えうる酒質、複雑な風味は燗にすることで、その風味をより一層花開かせ、60度を超える温度域に上げたとしてもバランスが崩れることなく、逆に高い温度域に達する事で骨格、旨味が柔らかくなる印象。
スタンダードレンジである神亀 純米などは、個人的には65~70度程度の高温域まで上げて、しっかりとした風味から、ゆっくりと温度を下げ、揮発していくアルコールを落としながら、まろやかになっていくのを楽しむのが好きです。
濃醇な味わいには、海鼠腸(このわた)、カラスミなどの珍味は勿論、猪などの脂をしっかりともった肉に濃いめのタレを合わせた肉料理などは、神亀 純米辛口の熟成香と相まって格別です。
勿論、フレンチ、中華、エスニック等、様々な相性を模索することが出来ます。
私は実際に店舗では、定番のメニューである椎茸、胡桃に乳酸発酵させた米麹を使ったソースに、70℃まで上げきったこのお酒をペアリングでご提供してあります。
香ばしく焼き上がった香りと塩気の聞いた濃厚なソースにこのお酒が抜群に合います。
当店フレンチではありますが
LA BONNE TABLEへぜひお燗を飲みにお越し下さいませ(笑)
夏に飲むお燗酒も最高です。
今夏はお燗酒を是非、お楽しみ下さい。
「酒は純米、燗ならなお良し」
*(故 上原浩先生の言葉) !

■ 神亀酒造
■ 神亀 純米辛口
■ 山田錦/五百万石/美山錦 60%精米
■ アルコール15~16%
■ 酒度 +5~+6
■ 720ml 1600~1800円、1800ml 3200~3500円
■ 通年商品
■ 所在地:埼玉県蓮田市馬込3-7-4
*(左から…神亀純米辛口、神亀ひこ孫、神亀山廃Black、神亀樽酒)
〈ソムリエプロフィール〉
戸澤 祐耶 / Yuya Tozawa
LA BONNE TABLE
Manager & Chef Sommelier
1985 年秋田生まれ。
銀座、三軒茶屋などを経て 2015 年より LA BONNE TABLE へ勤務
翌 2016 年より Chef Sommelier となり 2019 年より Manager も兼任。 ソムリエとしてワインを扱いつつノンアルコールペアリングも独自の手法、観点で手掛ける。
