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開拓し、牽引し続ける、カタルーニャの地元愛

スペインワインにおいて、カタルーニャは特に重要である。

 

その歴史は古く、港町としても栄えたバルセロナ、タラゴナでカタルーニャワインの交易が記録された古い文献が残っている。


フィロキセラ禍の際には、フランスへのワイン輸出で大きな利益を生み、自国の被害の際にはちょうどシャンパーニュから技術を学んだタイミングと重なり、被害を受けた黒ブドウからカバの原料となる白ブドウ植樹へ大きく舵を切った。今でもカバは生産量の95%以上はカタルーニャ産で、多くの愛好家を魅了し続けている。


また、20世紀に入り、最初にスペインでステンレスタンクを使用したのは、カタルーニャの造り手であり、国際品種を植え始めたのもカタルーニャとされている。


カタルーニャではこれを機に、量から質へと生産体制が徐々に移り変わり、品質は劇的に向上していった


一躍カタルーニャワインの名が世に広まったきっかけは、1979年ゴーミヨ誌主催でパリにて開催されたワイン・オリンピックにおいて、カタルーニャ最大のワイン生産者トーレス社のグラン・コロナス・ブラックラベルが、ボルドーのメドック格付け第一級シャトーを超える評価を獲得し、世界の注目を集めたという出来事(この際、トーレスは内緒でボルドー部門に参加したらしい。ちょっと憎めないところがいかにもカタルーニャ人!)。  


そして近年では、世界中にスーパースパニッシュという言葉を広めたプリオラートも、カタルーニャにある産地だ。


そう、時代と文化とともに、常にスペインワインを牽引し走り続けてきたのは、カタルーニャなのだ。独特の言語、文化をもち、カタルーニャ人は真面目で商売気質旺盛。結束力も強い。たびたび独立運動がニュースになるが、その結束力、団結力は一国のそれを凌駕するほどにもなる。



絶滅危惧種とされる土着品種の復活  

カタルーニャワインが隆盛の一途を辿る中、スペインワイン、いや特にカタルーニャワインを国際舞台へ短い期間で一気に押し上げた代償も現れ始めた。フィロキセラ禍以降の、カバへの大体的な切り替えにより、カタルーニャの葡萄畑は、カバ用の白ブドウが大半を占めるようになった。またスペイン中で、パリでのワイン・オリンピックを引き金に、1980年前後からその地に古くから根ざしている土着品種が、より経済的に計算できる国際品種にその場を奪われる場面が少なくなかった。決してカタルーニャも例外ではなく、というより、積極的な活動を行なってきたカタルーニャに、その傾向はより多く見受けられた


この手の話は、国際品種がもてはやされる市場に翻弄された、他の伝統国でも良く聞くものだが、「ワインにおいて旧世界でありながら、新世界の性格をもつ」と言われるスペインでは、より顕著だった気がする


国際品種への急速な植え替えが進む中、滅びゆく土着品種が数多く出てきたのは、当然の流れだろう。


絶滅危惧種とされる葡萄品種は、カタルーニャにも数多くあるが、今回取り上げたのが、 チャレロ・ベルメル(カタルーニャではどちらかというと、“ベルメイ”という発音が正確)だ。この品種は、チャレロの突然変異種とも言われ、チャレロに比べると僅かに果皮が厚く、ピンク色がかっている(Vermell=ロゼという意味)。


フィロキセラ禍以前には多く栽培されていたようだが、それ以降は栽培面積は一気に少なくなり、古いチャレロの畑に数本混じったまま、地元の生産者もそれに気づかず、一緒くたにされる扱いを余儀なくされてきた。


ヴェールに包まれたかのようなチャレロ・ベルメルだが、長くチャレロと時を共にしたある生産者により、この世に再び産声を上げ始めた。


スペインにおいて屈指のスパークリンワイン生産者であるグラモナの歴史は、1850年、現グラモナ兄弟の高祖父、ジェセップ・バトレから始まる。その息子であるパウの時代には、栽培した葡萄で造ったワインを、フィロキセラ禍に苦しんでいたフランスのスパークリンワイン生産者に向けて売っていたが、当時フランスまで送っても品質が保てたチャレロのポテンシャルに目をつけ、チャレロを中心に品質の向上と、事業の展開を始めた。


チャレロを熟知した一族は、当時前例が無かった長期熟成カバ造りでも成功を収め、2011年からオーガニック栽培、2016年からは100%ビオディナミとなった。


カバを牽引し、すでに代表する立場だったが、更なるスペインのスパークリングワインの向上と発展を目指し、コルピナットというカテゴリーを新しく作り、D.O.カバを脱退したという信念と哲学を持った生産者だ。  


チャレロと150年近くにわたり向き合ってきた彼らが、わずか2haしか残っていなかった地元の古来品種の復活をかけ、満を持して世に送り出したワインが、今回ご紹介する「マルト」。


グラスに注ぐと心踊るような、チャーミングな色合い。


フルーティーな表情、さわやかな柑橘系の果物、桃、野生のイチゴをベースに、ローズマリーやフェンネルなどの地中海のニュアンスもあり、スパイスが絶妙なバランスを醸し出す香りの構成。


繊細なピンクペッパーを感じるフルーティーな味わい、余韻にチャレロを思わせるシトラス系の香りとほのかな塩味、苦味。


そして、柔らかく微かな甘みに後ろ髪を引かれる。


非常に親しみやすく、この地中海を想わせる造りは、ワインエントリー層の方にも、ワインラバーの方にも楽しんでいただけるだろう。


食事との相性も広そうで、繊細な料理からスパイスを使用するエスニック系まで楽しめる。


ちなみに今働いているレストランでは、サーモンのサンドイッチから地元の熊野地鶏まで幅広くサービスでき、そのポテンシャルや将来性を高く感じることができる。


ワインという表現方法がどこまでがエゴで、どこからかテロワールなのか。永遠のテーマとも言えるが、チャレロ・ヴェルメルのようなカタルーニャに多くある絶滅危惧品種が、変わらぬ生産者の想いと現代の技術によりどのような姿を見せるのか、楽しみと好奇心が絶えない。



生産者:Gramona / グラモナ

ワイン名:Mart / マルト

葡萄品種:Xarello Vermell /チャレロ・ベルメル

ワインタイプ:ロゼ

生産国:スペイン

生産地:Penedes, Catalunya / ペネデス、カタルーニャ

ヴィンテージ:2020

インポーター:白井松新薬

希望小売金額:3,500円



<ソムリエプロフィール>

菊池 貴行 / Takayuki Kikuchi 

ヒノモリ

シェフソムリエ


1978年 東京 深川生まれ。

大学在学中、月島の「スペインクラブ」でスペインワインに目覚める。

本場のワイン、料理を触れにスペインへ。

帰国後2004年のオープンから日本橋サンパウにソムリエとして勤務。

バルセロナのサンパウ本店での研修を経て、2006年、同店のシェフソムリエに就任。

その間スペイン政府貿易庁が主催した第1回「ICEX」(シェフ要請プログラム)の日本代表、世界唯一のソムリエとして選ばれ、2007年10月からスペインに国費留学。リオハの二つ星「エチャウレン」や南スペインの二つ星「アトリエ」で研修を積みながら、ワインの作り手と交流を重ねる。

第4回マドリッドフシオンのソムリエコンクールでは、実技試験審査員。

2010年5月、第1回の「カヴァ騎士団(シュバリエ)」に選ばれる。

2020年7月、三重県アクアイグニス内「ヒノモリ」のシェフソムリエに就任。松坂牛などに代表される地元の熟成肉や伊勢の魚介類など三重の豊かな食材に惹かれ、現職。

ワイン雑誌への寄稿やワインセミナー多数。

ワインスクール、レストランマナー講師も勤める。


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