人生の幸不幸は予測できないもの、というたとえが表題でございますが、本当に、人生何が起こるかわかりません。
昨年の私の身に起こったことも、全くの想定外。
人生で初めて心身不調になり、休養してしまいました。
改めまして、ご迷惑ご心配をおかけした方にお詫び申し上げます。
そんな昨年でしたが、ご縁をいただき11月より中国料理「茶禅華」にて働き始めました。
和魂漢才という概念にて、日本の食材を中華の技法にて仕上げたお料理をワイン、お茶と共に楽しんでいただけるお店です。
新しい環境でのお話も今後させていただこうかと思いますが、今回は休養期間中に飲んだワインについてのお話。
人生のターニングポイントに最も好きな、最高のワインを飲もう、と思い10年以上前に購入して寝かせていた秘蔵のワインを開けました。
生産者:Domaine Comte Georges de Vogüé / ドメーヌ・コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエ
ワイン名:Musigny / ミュジニー
葡萄品種:Pinot Noir / ピノ ノワール
ワインタイプ:赤ワイン
生産国:France / フランス
生産地:Bourgogne/ ブルゴーニュ
ヴィンテージ:1989
インポーター:ラックコーポレーション
ブルゴーニュワインの至高の存在。
ワインラヴァーにとって垂涎の的。
シャンボール・ミュジニー村の特級畑、ミュジニー。
面積10.85haのうち約2/3の7.12haを所有するのが、こちらのドメーヌ。
シャンボール・ミュジニーで、最も重要かつ有名な造り手。
1450年から、という長い歴史を持ち、ドメーヌ名になっているジョルジュ・ド・ヴォギュエ伯爵(Comteコントは伯爵の意味)は1925年継承。
現在は孫娘が所有しておりますが、実際に運営してきたのはそれぞれ担当別の3人。
醸造責任者のFrançois Millet フランソワ・ミエ。
栽培責任者のEric Bourgogneエリック・ブルゴーニュ。
販売担当者のJean-Luc Pépinジャン・リュック・ペパン。
特に著名な方が、醸造責任者のフランソワ・ミエ。
1986年に参画し、その時期に若干低迷していたといわれるドメーヌの品質と名声を取り戻し、今の至高の存在にまで高めたと言われております。
フランソワは惜しまれつつも、昨年末で引退されてしまいました。
ミュジニーは、樹齢25年以上の樹からのブドウのみを使用。
それより若い樹のブドウは下のクラス、Chambolle-Musigny 1er Cruとして瓶詰めされます。
特徴を一言で言うと、難解。
他には、深淵、哲学的で知的、クールビューティーなどなど。
どうしても抽象的になりがちなワインです。
わかりやすく表現するのが、難しいワインなのかもしれません。
赤ワインでミネラリティと表現されることは少ないと思うのですが、こちらではよくその言葉が登場します。
そもそもミネラル感という表現は誤用も多く、お客様に理解していただけるのだろうか?と考えることが多いワード。
味わいにおいてシルキーな質感がありつつ、しっかりとしたストラクチャー(構造、骨格)、お口に入れてからの展開が横に広がらず、縦に奥に伸びていく感覚。
飲んだ印象を言語化しづらいのかもしれません。
とあるブルゴーニュワインの本には、「ミュジニーのワインの魔力は感覚に訴えかけるものなので、分析を記述するのは難しい」と書いてあります。
そして特に難しいと言われるのが、飲み頃。
その硬さがいつ解けるのかが予測できない。
「10年程度では容易に開いてくれず、それもタンニンがギスギスするのではなく、硬質なミネラルの塊が堅牢なストラクチャーを形成し、少しも解けない。」
とインポーターの資料にも載っております。
最近のヴィンテージのものは果実味がのっているので、そこまでガチガチではないですが。
しかし、この硬さが解けてきた時に出会うと、誰もが魅了されてしまいます。
さて今回。
改めてその難解さに打ちのめされたのが、ワインの開閉。
抜栓しグラスに注いでからの、時間経過による変化について。
どんなワインでも普通は抜栓してからは、徐々に香り、味ともに開いてきます。
これは還元状態にあったワインが空気に触れることで、主に香りの成分が揮発していく状態変化です。
控えめであった香りが徐々に強くなる。
それに伴い味わいも風味が増していき、お口あたりに柔らかさがでてくる。
これが一般的な、閉じている状態から開いている状態への変化ですね。
ところが素晴らしいワインの中には、抜栓して開いた状態から突然閉じてしまい、またゆっくりと開いていく、と言う時間経過を経るものがあります。
このケースは、私の経験では比較的ボルドーのグランヴァンに多い認識。
特にデキャンタージュしてから、一旦沈んでまた上がるというイメージですね。
ミュジニー1989年を抜栓したところ、始めは素晴らしく良い状態。
30年以上経っているとは思えない、活き活きとした赤いフルーツの果実味と華やかさ。
熟成香(スパイス、なめし革など)もあるが前面にでておらず、まだ果実感が先行しております。
味わいには果実味と凛とした酸、しなやかさはありつつも厳格なストラクチャーがあり、これから香りと共に解けていきそうなイメージでした。
ところが。
1時間ほどしてからです。
香りが控えめになってきたではないですか。
味わいもどこかシンプルに感じられるように。
あ、閉じた。。
と気づきました。
それからはゆっくり飲み進めましたが、2時間経過してもそこまで変化なく、とても内向的。
ブルゴーニュ赤のデキャンタージュは個人的にあまり好きではありません。
味わいは柔らかくなるのですが、ストラクチャーが弱くなり焦点がぼけてしまうことが多いかと思います。
この時は、あまりに状態が変わらないので、1杯分だけデキャンタージュを試してみました。
結果、味わいの柔らかさは出たのですが、香りの印象があまり変わりません。
さらに、全体の構成がシンプルになってしまい、正直微妙な印象でした。
この後、2時間半ほどでようやく香りに変化の兆しが出てきました。
味わいも滑らかさが出てきます。
そして、3時間を過ぎたあたりから本領発揮。
とてもシルキーでシームレス、余韻のフレーバーの長いこと。
ダージリン、チェリー、オレンジゼスト、バラなどのポプリ、シナモン、スターアニス、etc.。
味わいの変化が面白く、徐々にでる横の広がり、ストラクチャーの変化。
全く別物のワインへと変貌いたしました。
香り成分は、揮発しやすいものと揮発するのに時間がかかるものとがあります。
抜栓してからのワインの状態の波も、これが原因だと思われます。
フレーバーが味わいに及ぼす影響も大きいのがわかります。
残念ながら、この状態になるまでにだいぶ飲み進んでしまい、開いた状態で飲めたのはグラス1杯と少し。
しょうがないですが。
最後の最後で振り向いてくれただけでも、良しとしないと。
お客様にサーヴィスした時にも、このようなことがあったかもしれません。
レストランでの滞在時間では難しいですが、状態を把握し最善のサーヴに繋げられると良いかと思います。
ワインも人生も、塞翁が馬ですね。
<ソムリエプロフィール>
宇佐美 晋也
茶禅華
ワインディレクター
1980年東京生まれ
2002年レカングループ入社
ブラッスリーレカン上野を経て2006年「銀座レカン」へ
15年勤務し最終的にはエグゼクティブソムリエを務める
2021年11月より現職
レストランのソムリエとして居心地良く楽しいサーヴィスのご提供、お料理とワインのマリアージュを日々追求し、自分が経験したワインの奥深さや楽しさを多くの方にも知っていただきたいと思っております。
JSAソムリエエクセレンス。
<茶禅華>
港区南麻布の中国料理「茶禅華」。
日本で唯一、ミシュラン三ツ星を持つ中国料理店。
和魂漢才をコンセプトに日本の気候風土、食材、精神性を中華の技法で表現したお料理をご提供。ワインをメインに紹興酒なども交えたペアリングや様々な種類と温度帯でお楽しみいただけるお茶のペアリングもご用意しております。
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