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ど田舎からサステナブルを考える

サステナブル


ここ近年、頻繁に耳にするワードである。


私はこのSomme Timesにおいて「ど田舎」でのソムリエ生活を発信し続けているが、その大きな目的は地域で頑張っているソムリエへエールを送ること。しかし実はもうひとつ理由があり、地域でも都市部と変わらずソムリエとして活躍できる機会をもっと増やしていきたいという願いも込めている。すべてはサステナブルな地域づくりのためである。


ソムリエが地域で活躍することで、その地域の食文化レベルは向上していくだろう。結果として地域経済の活性化にも繋がり、サステナブルな地域づくりに貢献することができると考えている。実際にその流れは少しずつ起こっていて、都市部の第一線で活躍してきたソムリエが、新たな活躍の場を都市部から離れた地元などに移す動きがある。


とは言え、現状はまだまだソムリエとして働く環境、ソムリエとして活躍できる機会、ワインを中心とする飲料を学ぶ利便性、すべてにおいて都市部のほうが優位であり、地域との格差は大きいと感じている。



地方でのワイン造りにおける、サステナブルの問題も考えてみよう。


一般的に持続可能なワイン造りにはビオロジックやビオディナミといったブドウ畑の環境を守ることが引き合いに出されることが多いが、ブドウ畑を取り巻く環境を持続させることだけではサステナブルの問題は解決しない。ワインは最終的に人が造るからである。


人が人間らしい生活を送るためには、その地域がどんなに田舎で不便であっても最低限の電気、ガス、水道というインフラは必要となる。食事をする店、食料や生活必需品を買う店、ワイン生産者にとっては、同業者とワイン造りを語り合う居酒屋も必要だろうか。それ以外にも現実問題としてブドウ畑に向かうためには車が必要であると思われるが、車を維持するためには車のメンテナンスを行う店やガソリンスタンドが必要だろう。


人口減少によりそれらの店々の維持が難しくなれば、いくらブドウ畑の環境が良くなろうとワイン造りは困難になる。ブドウ畑の環境のみならず、ワインを造る人たちが生活するコミュニティもまたサステナブルでなければならず、人口維持や地域の経済活動も重要となる。



海外での例も見てみよう。


サステナブルな地域づくりという面において、例えばイタリアは日本よりも進んでいる。地域づくりには都市計画や農業政策、観光や雇用対策などの様々な要素が絡んでくるが、食という面に注目してみてもイタリアの地域の食は日本と比べて非常に元気である。


現在イタリアで最も注目されているレストランのひとつにオステリア・フランチェスカーナ(注1)があるが、ローマやミラノのような大都市ではなく、エミリア・ロマーニャ州の小さな都市モデナにそのレストランはある。そこで出されている料理は一見イノベーティブのようにも見えるが、エミリア・ロマーニャの郷土料理がしっかりとベースになっている。


ここでイタリアの街並みについて見てみよう。イタリアの歴史的街並み、例えばローマと、高層ビルが立ち並ぶ東京の街並みを比較すると、都市の魅力の方向性が全く異なることがわかる。どちらが良くてどちらが悪いというものではない。どちらの街並みが好きかは好みによるが、その価値観は大きく異なる。


そして、どちらの街にもブルガリやアルマーニといったブティックがある。ローマでは歴史的建築物の一部屋を改装した店舗が多いのに対し、東京のそれは店舗のみならず建物そのものが新しく現代的であるといった違いがある。では仮にローマがコロッセオなどの歴史的建築物をすべて取り壊し、スクラップ・アンド・ビルドで東京を上回る近代都市を創造したとして、はたしてその近代的建築群がローマの魅力となり得るかは大きな疑問が残る。


これはイタリアという国の魅力を語るうえで、「保存」というキーワードが非常に重要であることを意味している。その上、イタリアの街並みのみならず郷土料理にも同じ価値観が存在する。イタリアの地域の食が元気なのは、しっかりと料理の地域性が保存されていて、それをベースに新しい価値観が上乗せされた料理が多いからであると考えられる。


地域性を守ることは、料理とワインのペアリングにおいても非常に重要である。食の歴史が長いヨーロッパの伝統国、特にイタリアは料理とともにあるワインの存在が欠かせない。では何を合わせるか、私はソムリエとしての立場から料理とワインのペアリングを考える際はSomme Timesの梁編集長のペアリングロジック(注2)を大いに活用している。


一方で、イタリアワインアンバサダーとしての立場から、イタリアワインのペアリングを発信する際は、「郷土の料理に郷土のワイン」という考え方をロジックから切り離し、ひとつの独立した魅力として発信するようにしている(注3)。イタリアという国の魅力が「保存」というキーワードの上の成り立つことから、伝統的ペアリングを保存し、その価値を伝え継承を促すこともひとつのサステナブルであると考えているからである。


例を挙げれば、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(注4)という料理にどのワインが合うのかを考えるのではなく、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナとキアンティ・クラシコという組み合わせから生じる味わいそのものがトスカーナ独自の価値であり、これを保存し継承を促すということである。現にこのような地域料理と地域ワインの融合から生まれる味わいを求めて、世界中から数多くの観光客がトスカーナを訪れている。


このように観光客がイタリア各地を訪れ、地域の食を楽しむことで様々な恩恵がもたらされる。地域経済は活発になり、雇用が生まれ、サステナブルな地域づくりに貢献している例がイタリアにおいていくつも確認できる。イタリアでワインツーリズムに力を入れるワイン生産者が多いのはこういった理由がある。


イタリア各地域の食の豊かさは、地域色豊かなソムリエをも育んでいる。イタリアソムリエ協会が選出しているベストソムリエには、トレントやベルガモといった地域の小都市で活躍するソムリエ従事者が多い。イタリアのソムリエは料理とワインのペアリングを考えるだけでなく、自分が暮らす地域が育んだワインや食の豊かさに誇りをもち、地域の食のアンバサダーとしての役割も果たしている。


このようなイタリアの事例は、日本にとっても大きなヒントとなる。日本はワイン造りの歴史こそ浅いが、日本酒や焼酎などの酒造りは長い歴史をもつ。地域での活躍を目指すソムリエは、まずは地元の酒文化を知り、郷土料理に郷土の酒という組み合わせに価値をもたせ、加えて様々なワインと地元の料理とのペアリング技術を磨くことで地域を盛り上げれば、サステナブルな地域づくりにも貢献できるだろう。


さて、今回のワインであるが、このようなサステナブル時代にふさわしい1本である。アマローネの伝統的生産者であるマァジ社が今年リリースした、全く新しいコンセプトのワインだ。


ワイン名:Fresco di Masi Rosso/フレスコ・ディ・マァジ・ロッソ

ブドウ品種:コルヴィーナ・ヴェロネーゼ70%、メルロー30%

ワインタイプ:赤ワイン

生産国:イタリア

生産地:ヴェローナIGT

ヴィンテージ:2020

インポーター:日欧商事

参考小売価格:3000円


現在イタリアだけでなく、世界中でサステナブルな世界を実現していくために活発な議論が行われているテーマがある。世界的に肉の消費量を減らしていくべきだとの議論だ。ニューヨークのファインダイニングであったイレブン・マディソンパーク(注5)がコロナ禍にヴィーガン・レストランに転身したことは大きなニュースとなったが、まさにこの流れの象徴的な出来事だ。


このような時代の到来に向けて、フレスコ・ディ・マァジのようにビオロジックでのワイン造り、輸送の負担を軽減する軽いボトル、キャップシールの不採用によるプラスチックゴミの削減、野菜や穀物主体の料理に合う優しい果実味と低めのアルコール度数、こういったコンテンポラリーなワインがより重要性を増してくるだろう。


今年の春に、お茶の名産地として知られる福岡県八女市星野村を訪問する機会に恵まれた。そこで造られる伝統的手法の八女伝統本玉露は、非常に深い味わいで美味しかったが、同時に後継者不足による耕作放棄地が問題となっていることを知った。コロナ禍でティーペアリングを行う店が増え、注目を集めたお茶であるが、茶葉の生産地としてはサステナブルの問題を抱えている場所も多い。


一方で、先日ワインセミナーで東京を訪問した際には建築中だった新しいタワーマンションが完成していた。衰退が進む地域とは真逆の状況である。しかし、アンバランスな日本の状況を嘆いてばかりいても仕方がない。私も含め、いろんな人たちがサステナブルな地域づくりのために動いている。それに最近嬉しい出来事もあった。私が暮らす「ど田舎」から新しいソムリエの芽が出てきたのだ。今はまだDebourrement(萌芽)したばかりだが、地域から芽生えた次世代の成長をしっかり見守り支えていく。それが自分にできる一番のサステナブルかもしれない。


(注1) 北イタリアのモデナにあるミシュラン3つ星レストラン。2016年「世界ベストレストラン50」で世界一に輝く。シェフはマッシモ・ボットゥーラ氏。


(注2) Somme Timesの有料会員向けの記事だが価格以上の価値あり。ご一読を!


(注3) ただしすべてのイタリアワインではなく、数十年から数百年単位で長い期間組み合わされてきた伝統的組み合わせに限る。


(注4) トスカーナのキアニーナ牛を豪快に焼き上げたTボーンステーキ。


(注5) ニューヨークにあるミシュラン3つ星レストラン。2017年「世界ベストレストラン50」で世界一に輝く。この年の2位は前述のオステリア・フランチェスカ―ナだった。イノベーティブな料理で世界の美食を牽引していたが、コロナ禍の2021年に世界の食のシステムがサステナブルでないことを懸念しヴィーガン・レストランへと業態変更した。シェフはダニエル・ハム氏。



〈ソムリエプロフィール〉


田上 清一郎 / Seiichiro Tanoue

天草 天空の船 レストランマネージャー・ソムリエ


1977年 熊本県生まれ。

2004年 JSAソムリエ呼称資格取得後、大分、福岡、熊本、九州各地のホテル・レストランで研鑽を積む。

2018年 第12回イタリアワイン・ベストソムリエコンクールJETCUPにて優勝。東京圏、大阪圏以外から初のJETCUPチャンピオンとなる。

2018年 駐日イタリア大使館公認 イタリアワイン大使 拝命


〈天草 天空の船〉 熊本県上天草市に位置する全15室のリゾートホテル。天草の海の幸を提供するリストランテ、プール、エステ、各部屋には天然温泉の露天風呂を備える。ディナータイムには西海岸に沈んでいく絶景の夕陽を見ながらの食事が楽しめる。



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