ど田舎的ソムリエライフ

熊本市内の学校に通っていた学生時代、ある運動部に所属していた。その競技は天草でも活発に行われていて強豪校も多く、特に天草出身の選手には大きな身体的特徴があった。体が大きな選手には強さだけでなくバネと柔軟性があり、体が小さな選手には速さだけでなくトリッキーな上手さがあった。味方にいると頼もしく、敵に回ると厄介、そんな身体能力の高い選手が多かった。時は流れ、天草に移住し、気がついてみるとそんな身体能力の高い若者たちはあまり見当たらなくなっていた。かつての強豪校だった学校は廃校になっている。考えられる原因はふたつ。少子化過疎化である。


田舎で働くソムリエはただワインを扱うだけでなく、業態により違いはあるものの、基本的にいろんな仕事をしなければならない。ソムリエだけの専門職をやっている者はごく一部であると思う。田舎の小さなホテル勤めの私もソムリエやレストランサービスだけをやっているわけではなく、ドアマンのように玄関に立ちゲストを迎え、ベルマンのようにゲストを客室へと案内し、時にはホテルのロゴ入りハイエースを乗り回してゲストの送迎もするし、チェックアウトの際には精算業務も行い、本当に人手が足りないときは客室の清掃も行う「何でも屋」である。ソムリエ業務もひとりで行っているのでワインの購入、管理、陳列などの力仕事もすべて自分で行っている。こんな時に学生時代に遭遇した身体能力の高い男性スタッフがもっと多ければといつも思っているが、残念ながら都会へ憧れて島を出て行ってしまう若者は後を絶たない。道の駅の鮮魚店に並んでいるピチピチのお魚さんと、街の駅の交差点に並んでいるピチピチのお姉さん、田舎育ちの若者にどちらが魅力的に映るかは言わずと知れている。


さて本題のワインの話であるが、今回はイタリアワインのテキストを開いてみよう。最初にイタリア20州の地図が載っていることが多い。モリーゼ州ってどこだっけ?そもそもワインを造っている?なんていう疑問を浮かべながら、ページを進めると歴史や地理の情報が載っている。

そして主要ブドウ品種の一覧。主要品種だけで100種類以上・・・それから州ごとの解説に入り、最後にDOP一覧。400を超える産地がずらり・・・さらに170を超えるIGPの一覧は、まるで子供の頃にノートに書いていたファミコンのパスワードのようである。


そう、イタリアワインを活字だけで理解しようとするのは、いくらワイン愛好家であっても非常にハードルが高い。しかもここ10年から20年の間にイタリアワインのDOPの数は大幅に増えており、その情報量の多さから資格取得を目指す人達にとっては大きな壁になっていると思われる。


その無機質な活字だらけのイタリアワインに魂を吹き込むのが、我々スペシャリストの役割であると思っている。


これはイタリアだけに限らず日本でも同じことが言えるが、まずは地理的表示(注1)の認証を得るとはどのようなことかを考えてみたい。一部生産国の地理的表示とワインの品質には相関関係がある場合もあるが、基本的に地理的表示はワインの品質を保証するものではなく、ワインの原産地を保証するものである。しかし、生産者の立場で考えれば、何の認証も受けていなかったワインにある日、自分たちが住んでいる地域の名称が与えられれば、品質を顧みずワインを造り続けるものはあまりいないだろう。とりわけ地元愛が強いイタリアだとなおさらだ。


地理的表示を与えられるとは、自分たちが住んでいる地域が肯定されることであり、自分たちのワイン造りに価値が与えられることである。DOPが増えたということは自分たちのワイン造りに価値を与えようと取り組み続けた生産者たちの結果であり、ワインを学ぶ側にもそれらひとつひとつについて正しく理解していく姿勢が求められる。ワインだけにとどまらず、様々な農作物に地理的表示が与えられれば地域の農業に、また農業に従事することに対し、より価値が生まれ労働者の都会への一極集中を防ぎ、農業だけでなくアグリツーリズモなどの観光産業の発展にも寄与していることはイタリアにおいて様々な研究がなされており、こういったイタリア型の地方創生は少しずつ日本でも導入が始まっている。


イタリアは日本と同じように第二次大戦後は高度経済成長を経験するが、ヴァッレ・ダオスタとの州境にある人口700人のピエモンテの小さな村、カレーマでも若者たちは村を出て、トリノにあるフィアットの工場などに働きに出ていってしまう。ただでさえ生活するのに大変な山岳地帯だが、なおさら過疎地域のワイン造りは過酷だ。雪に埋もれないよう棚仕立てのブドウ畑は機械も入れない。しかしこの地のワインには他の産地にはない個性があった。ピエモンテでも最も早くDOCを獲得したほどだ。独自にセレクションされたプニェット(注2)と呼ばれるネッビオーロから、山のネッビオーロ特有の優美なワインが生まれる。一時存続の危機もあったが、濃いワインの流行が去り、ランゲと一線を画すこの地のワインはいつしか価値へと変わり世界中で売れるようになった。


カレーマの棚仕立ての葡萄畑


過疎化の進むカレーマの様子


地理的表示を名乗る生産者側には、その意義を感じさせる製品や作物を作っていく責任が生じるが、その責任を果たし、そのプロダクトに価値が生まれれば、わずか人口700人の過疎地の村でも世界中にその名が知られていく力が地理的表示にはある。いつかカレーマを訪問して産地を見てみたいと思っているのだが、同じように考えているのは私だけではないはずだ。そしてこの考え方はソムリエの働き方にも通じると感じている。現状では学びを求めるソムリエは都会へ出て行く傾向にあるが、それは都会でソムリエとして働くことに価値があるからだ。様々な労働環境を整備し直し、眠っている財産を呼び起こし、課題は山積みだが、田舎でソムリエとして働くことにもっと価値が生まれれば、ソムリエの仕事はきっと今よりも面白くなる



生産者:Produttori Nebbiolo di Carema / プロドゥットーリ・ネッビオーロ・ディ・カレーマ

ワイン名:Carema Riserva / カレーマ・リゼルヴァ

ブドウ品種:ネッビオーロ100%

ワインタイプ:赤ワイン

生産国:イタリア

生産地:ピエモンテ州カレーマDOC

ヴィンテージ:2015

インポーター:テラヴェール

参考小売価格:4200円



(注1) ある商品の品質や評価が、その地理的原産地に由来する場合に、その商品の原産地を特定する表示である。条約や法令により知的財産権のひとつとして保護される。


(注2) ランゲ地区のネッビオーロではランピア、ロゼ、ミケといったクローンが有名であるが、プニェットはカレーマ地区でセレクションされたネッビオーロの一種。



〈ソムリエプロフィール〉

田上 清一郎 / Seiichiro Tanoue

天草 天空の船 レストランマネージャー・ソムリエ


1977年 熊本県生まれ。

2004年 JSAソムリエ呼称資格取得後、大分、福岡、熊本、九州各地のホテル・レストランで研鑽を積む。

2018年 第12回イタリアワイン・ベストソムリエコンクールJETCUPにて優勝。東京圏、大阪圏以外から初のJETCUPチャンピオンとなる。

2018年 駐日イタリア大使館公認 イタリアワイン大使 拝命


〈天草 天空の船〉

熊本県上天草市に位置する全15室のリゾートホテル。天草の海の幸を提供するリストランテ、プール、エステ、各部屋には天然温泉の露天風呂を備える。ディナータイムには西海岸に沈んでいく絶景の夕陽を見ながらの食事が楽しめる。


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