多雨な日本でのワイン造り

雨のない日が続いた昨年の生育期とは打って変わって、平年よりも雨が降りすぎている今年の北海道・北斗市。今回は日本でのブドウ栽培の大敵、多雨について考えてみます。


ご存じの通りブドウにとって水分の欠乏は、(程度はあるものの)ワインになるブドウにとっては良いことと捉えられています。さらに高品質のワインを生産する地域の年間降水量は700-800mmを越えないことも重要で、それ以上の降水量や灌漑はブドウの品質を下げると言われています。


私の自社畑のある北海道北斗市と積算温度がある程度近いブルゴーニュを見比べてみると、北斗市ではほぼ倍の雨が降っています。


【生育期間中の平均降水量】

 ブルゴーニュ ムルソー村 約380mm

 北海道 北斗市      約700mm


【生育期間(ヴェレゾン以降)の平均降水量】

 ブルゴーニュ ムルソー村 約130mm

 北海道 北斗市      約250mm


上述の理想的な年間降水量の上限に生育期間中のみで達していることもあり、北海道は日本の中では生育期間中の降水量は少ないかもしれませんが、他のワイン生産適地に比べるとまだまだ多いです。(乾燥地の多い)ニューワールドと比べるとさらにその差は広がるし、極端な差がないように思える今回比較したブルゴーニュでも、排水力の高い特異な土壌が備わっているという長所を考えないといけません。



次に水分供給量による症状を【水分ストレス時】【水分過多時】に整理していきます。

少し専門的な内容になりますが、お付き合いください。



【水分ストレス時】

・より高いプロリン(アミノ酸の一種)とより低いリンゴ酸とともに、ブドウの果皮と果汁のフェノール類の含有を上げ、テルペン化合物の濃度も高まる。

・樹の根周辺が乾燥すると、頂点がアブシジン酸を生成し、ブドウの成熟を促す。

・アブシジン酸が生成され、生長点からの炭素化合物のための競争が減り、小さい果粒となる長所がある。

・より低いリンゴ酸含有と、より高い糖度、アントシアニンそしてタンニンの凝縮度を含む。

・アントシアニン含有量に関しては水分ストレスが多ければ多いほど上がる。

・ヴェレゾン以前の水分不足は樹とブドウの成長を止める傾向になる。

・収量が多ければ、ブドウ樹の機能が止まり、悲劇的な結果となることがある。(極度の水分ストレス時)

・光合成は制限される。

・適度な水分不足は小さい果粒を維持することによって、早く熟すことを促し、また炭水化物の供給に対する果実と樹の競争も減らす。

・乾いた土壌は早い成熟を助長する。水分不足は成熟を促す上で欠かせない役割を土壌の温度以上に担っている。




【水分過多時】

・酒石酸とミネラル分(特にカリウム)の蓄積からブドウを大きくし、フェノール化合物の減少を引き起こし、高い酸度と高いpHという状況を生む。品種によっては(例えばセミヨンなど)はアロマの化合物も変換され、ハービシャスな特徴が出る。

・ブドウの成熟プロセスを遅らせることもあり、早熟系の品種が望まれる。

・ヴェレゾン以降のブドウの成熟期の大雨は裂果を引き起こす原因にもなり得るが、これは低い気温ではあまりみられず、ブドウの呼吸強度による。

・湿った土の多くは冷たく、制限ない水分供給を提供する。そういった土壌では生育は遅れ、成熟は遅くなる。

・夏の雨や土壌水分が適度な水分不足を定期的に与えない場合は、葉のエリアは蒸発散のため大きくなるので、多量の水分によりアドバンテージを得ない台木が推奨される。(例えばリパリア・グロワール・ド・モンペリエ)




日本の場合は後者の水分過多にどのように対応していくのかが問われていて、そこで出てくる主要な解決方法とそれに対する懸念はざっくりと以下のようになると思っています。


① 雑草やカバークロップで水分競争させる

→ 害虫増殖による被害がどうなるのかは予測不能になる。


② 斜度の強い傾斜へ植える

→ 管理がより難しくなり、専用の機械や造成やマンパワーも必要になる。


③ 暗渠排水設備の設置

→ 高額な導入コスト。


④ 樹勢の弱い台木を選択する、早熟系品種を選択する

→ 同じ圃場内でも土層によってはマッチしない可能性がある。


⑤ 白ブドウをメインに植樹する

→ 水分ストレスによって、よりメリットを享受できるのが黒ぶどう。(赤ワインの品質は、糖度が高さよりもアントシアニン等のフェノール類の豊富さに依存しているため)

  品質を考えると白ブドウを植える方がより良い品質に繋がる?


⑥ レインカットなど雨よけ資材の設置

→ 日本でも良い結果が得られている(高糖度、減農薬など)が安くはない導入コストと少々ネガティブな景観。将来、テロワールの根本を問われることはないのか?


⑦ 地表面の根を切り、より下の層への誘導を促す

→ 効果に対する意見が定まっていない。逆に根が刺激されるなど反応の予測は難しい。


⑧ リスクを負った極端な遅摘み

→ 仕込できる収穫量激減の可能性がある。



コストや労力を考えると、


現実的な選択肢としては:1、4、5

経済的資源が潤沢な場合:追加で 2、3、8


といったところでしょうか。



北斗市のメリットを考えると、ヴェレゾン以降に雨が降っても低温であればブドウの呼吸強度によって影響を受けにくくなる傾向にあるということです。実際ヴェレゾン以降急激に温度の下がる北海道では、10月のブドウ成熟のタイミングで最低気温は10度を下回っており、樹の呼吸強度も弱くなるので期待がもてる現象のひとつだと僕は思います。


また北海道で栽培される特定の黒ブドウ品種(特に交配品種)に関しては、フェノールの熟度や風味が強めなことがあるため、他の黒ブドウと一緒に醸すか一部ブレンドすることによって赤ワインの骨格を強化し、クオリティを上げることができるかもしれません。


最後に醸造においては、特に水分過多が引き金と思われるワインの高pH・高酸度という一見矛盾した現象に対処する必要があると思います。海外の名醸地でも酸素と触れ合う容器での熟成期間が長くなればpHも揮発酸も高くなりますが、日本ではアルコール発酵終了後すぐにpHがかなりの振れ幅で上がってくる印象です(特にマセレーションした場合)。濾過やマロラクティック発酵の有無で対応は変わってきますが、水分ストレスを適度に受けているブドウと比べると、酸度は高いのにpHも高くなってしまう現象は北海道での5ヴィンテージで実感しており、今後品種による瓶詰めまでのより良い過程を突き詰めていくことが個人的な課題です。


テーマの解決のためには纏まっていませんが、日本ワインの永遠のテーマの一つだと思います。それぞれの生産者の考え方によって全く違うアプローチになると思いますが、瓶詰めされたワインの味わいからは、その工夫を感じることもできるかもしれません。



参考文献:

HANDBOOK OF ENOLOGY Volume1 SECOND EDITION

Study guide for the WSET®︎Level4 in wine and spirits Unit2 Wine production





今回のテイスティングワイン(シャルドネの比較試飲)は、少しテーマとの関連性は薄いかもしれませんが。。。

①奥出雲ワイナリー シャルドネ 2020 3,300円 アルコール度数(表記)12.5%

②都農ワイン 白水 アンフィルタード シャルドネ 2020 3,960円 11%

③ムーリラ プラクシス シャルドネ ムスク 2019 輸入元Vai and Company 3,300円 12.5%


①はバランスの良い仕立てで穏やか

②は樽由来のリッチなテイストが透明感のある果実感とともに表現されている

③はしっかりした酸が骨格の中心にある


今回はそれぞれのワインのブドウの特性をより捉えるため、下記2項目のみですが分析もしながらテイスティングを実施しました。


酸度(TA): ①から順に 5.6g/L, 6.3g/L, 7.6g/L

pH: ①から順に 3.63, 3.39, 3.30

分析日:2022年2月



それぞれのワインにブドウの個性はもちろん、その原料をどう仕上げるかの狙いが出ていて楽しい比較になりました。2種の日本ワイン生産地は、しっかりとした味わいに仕上げられていて、原料の品質だけでなくそれをどう生かすのかという生産者の姿勢・哲学からくる醸造過程の大切さも改めて実感しました。



<プロフィール>

井坂 真介 / Shinsuke Isaka


DUE PUNTI株式会社 CEO


1985 鹿児島県生まれ兵庫県出身


学生時代のレストラン勤務時に飲んだアスティ・モスカートでワインの世界にエントリー。その後インポーターの営業とソムリエ業をそれぞれ大阪とロンドンで、またブドウ栽培・ワイン醸造をニュージーランド、イタリア、北海道余市町で経験。2020年2月北海道北斗市で独立し自社醸造を目指している。


J.S.A.ソムリエ、WSET®︎Advanced Certificate


< DUE PUNTI株式会社 >

ワイナリー運営のため北海道北斗市に設立(2020年2月)。2021年醸造開始を目標に現在準備中。自社畑は2020年に約1.2ha分を植樹。「品質ファースト」と「広い視野」というDue Punti(2つの点)を指標に自分でも毎日飲みたくなるようなワイン造りを目指す。