「海近のピノ・ノワール」と「ピノ・ノワールのクローン」

ロンドンでソムリエ業を、ニュージーランドとイタリアでブドウ栽培、ワイン醸造を学んだ後に、北海道余市町でさらに経験を積み、満を辞して北海道北斗市に自らのワイナリーDue Puntiを設立した井坂さんは、冷涼気候に強い拘りをもち、栽培家、醸造家としてクレヴァーな視点から、魅力あるコラムを展開されています。今回は世界の大人気品種であり、冷涼気候品種の代表格、ピノ・ノワールのお話です。


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オーストラリアの南部に位置する、ヴィクトリア州のモーニントン半島。ここはオーストラリア本土の中でも冷涼な地域の一つであり、ピノ・ノワール、シラー、シャルドネ、ピノ・グリを中心に、総じてレベルが高いワインが生産されている半島です。ただ、同じヴィクトリア州の産地でも、ヤラ・ヴァレーほど知名度はなく、殆どの生産者のワインが日本に輸入されていない産地でもあります。どの畑も海から7kmも離れておらず、バス海流、ポートフィリップ湾、ウェスタンポート湾に囲まれていて、まさに海に囲まれた半島!というピノ・ノワールにとっては、珍しい立地に心惹かれます。


メソ・クライメートマイクロ・クライメート(*1)と古代の土壌標高などの違いがピノ・ノワール、シャルドネ、ピノ・グリージョ(ピノ・グリ)やシラーズ(シラー)といった多様な品種の生育を可能にする、複雑な区域構成を創り出していて、産地の歴史は浅いですが、情熱的に品質の高いワインを求める生産者たちのおかげで、ワールドクラスのワインも数多く生産されています。


GDD(有効積算温度)は1080-1570度(因みに私の栽培している北海道北斗市は平年で約1100度)で、畑によるマイクロ・クライメートとヴィンテージによる気象の差が出やすい産地でもありますが、生育期の降雨量は300mm後半、最も暑い1月の平均気温は約19度と、適度な雨量と涼しい夏の生育条件が良いピノ ノワールの栽培を可能にしています


初めてピノ・ノワールがオーストラリアにもたらされたのは1830年代にブルゴーニュから、その中には1971年に正式に登録されたクローン(*2)、Mother Vine 6 (MV6)もすでに含まれていた模様で、このMV6は現在もオーストラリアの生産者の中ではその汎用性とクオリティから一番ポピュラーなクローンとなっています。その後1990年台半ばにはディジョン・クローン(*3)がやってきており、「MV6」「D5V12」「D4V2」などオーストラリア独自のクローン(とはいえ起源はブルゴーニュのコート・ドール)が多い中、近年はディジョン系クローンを増やしていっている生産者がおり、今後更に品質に期待ができそうな産地だと感じます。


私にとっては2013年にワイナリー訪問の旅をした思い出の産地でもあり、特にHurley Vineyardを訪れた際には、樽からのテイスティングをクローンごとにさせていただくという貴重な経験をさせてもらいました。その際のテイスティングノートを振り返ると、シンプルですが、


「MV6」 良い骨格、タンニンもしっかり

「777」 一番強い芳香

「114」 上記2種より、色合いの濃いめの果実の風味と複雑さが出てくる(115も同様)

「115」 エレガントで滑らかなテクスチャー


と記していました。同じ醸造方法で造られたワインで、なおかつ同じディジョン系のクローンでも、クローン番号が違えばそれぞれ味わいに個性がありますマリアフェルド系統(*4)とディジョン系統のクローンの味わいはさらに違ったものになりますし、とにかくクローンによって栽培における耐病性や管理の仕方、ワインの味わいの変化が激しいのがピノ・ノワールという品種です。そのため新しく植えられるクローンが、その産地の今後の味わいの個性やクオリティに影響しうる、非常に重要な選択でもあります。


例えばドイツでは「FR52-86」などのいわゆる古典的なクローンが、1950年代以降2000年までにピノ・ノワールの全クローンの内90%以上占めてきましたが、大きな房で過密着タイプであることから灰色かび病に極めて弱いため、房がコンパクトにならず病気に強いマリアフェルド系統が、1990年以降急速に植えられてきました。2007年以降はワインにした時の味わいをより考慮し、新しく開発されたクローン、例えば「FR1801」(ディジョン系とマリアフェルド系をミックスしたような特徴)や「F105-S」(従来型の改良クローン)が最も植えられたクローンのようです。ちなみに、このクローン2種は私の管理する圃場でも将来的に取り入れていきたい、と思っています!灰色かび病に最も弱いディジョン系クローンは、ドイツではいまだに殆ど一般的ではなく、こういったクローン選択もドイツのピノ・ノワールから造られるワインの味わいに少なからず影響していると思います。


冷涼で湿度の高い北海道で栽培を行なっていく上で、ディジョン系クローンは最もリスクの高い選択ですが、良い果実が収穫できればやはり品質の面では最高な結果をもたらしてくれると信じています。とはいえ上述した通り、リスクの分散の意味でも灰色かび病に強い系統のクローンも植栽しておくことは非常に大切なことだと認識しています。日本の気候を考えて品種やクローンを試していき、ワインの品質や収穫量、また作業の負担を考慮しつつ、どこで折り合いをつけていくのが良いのか、今後つかんでいきたいところです。


ドイツ、日本と話は少し逸れてしまいましたが、今回のワインはパリンガ・エステートペニンシュラ ピノ・ノワール2018です。モーニントン半島のピノ・ノワールの魅力を気軽に感じられるワインで、迫ってくる赤系果実の強い芳香があり、しっかりとした酸と赤い果実主体のジューシーさが調和し、軽やかですが骨格もあり芯のある味わい。複雑味はそこまでないタイプですが、この価格なら大満足のピノ・ノワールであり、三方を海に囲まれた特異な産地、モーニントン・ペニンシュラの魅力を十分に楽しむことができます。



生産者:パリンガ エステート

生産国:オーストラリア

生産地:モーニントン・ペニンシュラ

ワイン:ペニンシュラ ピノ・ノワール

生産年:2018年

ブドウ品種:ピノ・ノワール

インポーター:ヴァイ&カンパニー

希望小売価格:3,900円(税別)


*1 

メソ・クライメート:中気候(傾斜の向きや、傾斜度、標高の条件等)

マイクロ・クライメート:微気候(同じ畑でも、ブドウの仕立て方などの違いによって現れる違い)


*2 クローン:選ばれた母木と同じ遺伝的組成を持つため、同じクローンであれば果実は均質化しやすい。同じブドウ品種でもクローンが違えばブドウの特性も異なってくる


*3 ディジョン系クローン:1980年代からブルゴーニュで台頭してきたピノ・ノワールのクローン。113, 114, 115, 667, 777等の番号で現在ENTAV-INRA®︎に登録されている


*4 スイスからやってきた「10/5」やドイツでは「FR12,13」等が属するクローン。新梢が真っ直ぐ伸び管理がしやすく、病気に強いタイプ