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伝統産地の異端児

近年、地球上においてワインの生産地として大きな変貌を遂げた場所は枚挙に暇がない。だが同時に従来通りの造りを頑なに守り続ける生産地も多数存在する。今回は後者の中でも、相当期間そのイメージを守り続けてきた伝統的生産地から、反骨・異端の生産者を紹介しよう。


舞台はスペイン、カタルーニャのプリオラート(*1)。スペイン国内においてリオハと肩を並べる偉大な生産地だが、近年ではリオハ同様に「古き良き時代のワイン」と捉えられる向きが多い。固有品種であるガルナッチャやカリニェナに国際品種のカベルネ・ソーヴィニョン等をブレンドした、当時モダンと称されたスタイルは凝縮した果実味とエネルギーに満ちたアルコールを持ち、極めて濃厚な印象を飲み手に与えるものだった。プリオラートという産地の歴史的背景は注釈で述べるが、端的に言うとそのスタイルは「求められて完成したもの」であったと言えると思う。

現在、そんなプリオラートにおいて異彩を放つのが、今回紹介するテロワール・アル・リミットのドミニク・フーバーその人である。初めて彼のワインを飲んだ時の衝撃は、10年ほど経った今でもなお色褪せることはない。彼の来日時には自店でのメイカーズディナーをはじめ、食事やテイスティングを共にする機会にも恵まれ、その見地の深さや人柄にも強く惹きつけられた。2015年に縁あって現地のテレビ局の企画に出演することになり、彼のもとを訪れたのだがその際のもてなしにも心動かされたものである。 漫画「神の雫」で主人公が「第11の使徒」の候補として選んだのが彼の造る最高峰キュヴェのひとつ、レス・マニェスだったことで一躍日本のワイン業界でも注目を集めたが、彼の真骨頂はむしろエントリーレンジのワインにあると僕は考えている。この「ヴィ・ディ・ヴィラ」といういわゆる村呼称を冠する赤ワインは、トロジャ村に点在する畑から集められた、ともに高樹齢のカリニェナとガルナッチャのブレンドワインだ



生産者:Terroir Al Limit / テロワール・アル・リミット

ワイン名:Torroja Vi de Vila / トロジャ・ヴィ・ディ・ヴィラ

葡萄品種:Carinena Garnacha / カリニェナ、ガルナッチャ

ワインタイプ:Red / 赤ワイン

生産国:Spain / スペイン

生産地:Priorat / プリオラート

ヴィンテージ:2016

インポーター:ワイナリー和泉屋

参考小売価格:¥8,800


このワインを飲まずして「真のプリオラートのテロワール」は語れない。古樹由来の複雑な構成、太陽と標高の共存、一本芯の通った硬質な佇まい、そして力強くも繊細な味わい。重心は低めながら美しい酸に支えられ、口に含んだ瞬間に口内で至福が弾ける。決して安いワインではないが、大振りなグラスで14℃程度の少し低めの温度からエントリーすれば明らかに価格を超えた実力を感じられるはずだ。彼が自身のワインのことを、誇りをもって「ガストロノミー」と表現するのも頷ける味わいである。 世界はまだまだ広い。既に特長やキャラクターを把握できたものと思っていたプリオラートですら、この始末である。全てがあっという間に変わっていく現代において(2020年はちょっと酷かったけれども)、目を離して良い生産地など存在しないという事を改めて肝に銘じたいと思わせてくれた生産者、そしてワインであった。百聞は一飲に如かず。是非一度、機会を作ってお試しあれ。


(*1)プリオラート:スペインに2産地しかない最高位格付けの一つ。2000年にカタルーニャ州政府から認定を受け、2009年にスペイン中央政府に追認されたことにより、正式なDOCaとなった。12世紀後半からという長いワイン造りの歴史を誇るが、フィロキセラ(葡萄を枯死させる害虫)をきっかけに一度壊滅寸前まで衰退したのち、1980年代初頭の「4人組革命」によって息を吹き返した。本文にも「求められて完成したもの」とあるが、ロバート・パーカーJrの高得点を得やすい濃厚なスタイルとプリラートのテロワールがマッチしたため、そのビッグワインのスタイルが新たな伝統的スタイルとして定着した。



<ソムリエプロフィール>

田代 啓 / Kei ‘Tassy’ Tashiro

Chi-Fu

ディレクター / ヘッドソムリエ

1977年大阪生まれ。

1歳のとき家族で渡米。幼少期をニュージャージー州で過ごす。 ホテルニューオータニ(主に大阪)にて7年従事、ソムリエとなる。 現在はミシュラン一つ星のアジアンフュージョン・Chi-Fuを含むグループのディレクター兼ヘッドソムリエ。 ワインディレクターとしても国内外のレストランのワインリスト作成・ペアリング考案を手掛ける。 特にアジアのソムリエとのパイプが太く、現地レストランでのコラボディナーや講演等、幅広く活動。 生産国やスタイルに捉われることなく上質なワインをセレクトするペアリングには定評がある。 コンペティションには一切の出場経験なし。 シャンパーニュ騎士団認定 シュヴァリエ Star Wine List 日本アンバサダー アカデミー・デュ・ヴァン大阪校 講師


<Chi-Fu> ミシュランガイド大阪・京都 一つ星 ゴ・エ・ミヨ掲載店 中国料理をベースとしたアジアンフュージョン・ダイニング。 ワインリストやストックの幅広さは関西随一。 国内外問わず多くのゲストがその個性豊かなペアリングを求めて訪れる。

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