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有為転変のミュスカ

世界で最も古いワイン産地の一つであるギリシャ共和国。

固有品種は300種を超えるとされ、一時衰退していたものの1980年代のEU加盟を皮切りに再び隆盛を取り戻し、大量生産されているものからナチュラルワインに至るまで、ラインナップは多岐に渡る国である。


クシノマヴロやアギオルギティコ、アシルティコなどの固有品種が注目されがちではあるが、今回はあえて国際品種であるミュスカ(マスカット)にスポットを当てていきたい。


エーゲ海諸島地域で伝統的に生産されているマスカット・オブ・アレキサンドリア及びホワイト・マスカットのワインはO.P.E.(甘口ワイン、デザートワインに関しての原産地呼称ワイン)及びO.P.A.P.(ギリシャにおける原産地呼称ワイン)として登録がなされている。

上記地域以外でもミュスカは食用を含めギリシャ全土で栽培されており、非常に同国ではポピュラーな存在。一説にはミュスカという葡萄品種がギリシャに起源があると言われている


一般的にはミュスカのワインというと、マスカットの分かりやすい香りに白い花や洋ナシなど明度の高い香りが感じられ、味わいはドライなものから甘口まで様々である。


生産者Tetramythos / テトラミソス

ワイン名:Muscat Sec Nature / ミュスカ・セック・ナチュール

葡萄品種:Muscat 100% / ミュスカ 100%

ワインタイプ:白ワイン

生産国:ギリシャ

生産地Western Greece Achaia / 西ギリシャ アハイア県

ヴィンテージ:2019

インポーター:ヴァンドリーヴ

参考小売価格:¥3,366


今回紹介するワインは西ギリシャエリア、ペロポネソス半島に位置するアハイア県で生産されている辛口のミュスカで、その一般的なミュスカのイメージとはかけ離れている


まずミュスカに感じられるマスカット・フレーヴァーがかなり控えめである。

もちろんそれが失われているわけではないが、金属的な若干の還元と豊かな青々とした若草の香りが核を形成している。嗅いだだけでふわーっとなるような一般的なミュスカのワインと比べるとかなりいぶし銀な印象を受ける。


味わいも、いや味わいこそがいぶし銀だ

まずかなり高めの酸度がずしりと感じられる。特にこの2019年ヴィンテージは100%マロラクティック発酵(*1)が起こっているにも関わらず、酸が柔らかくなりすぎずしっかりと1本芯の通った味わいに仕上がっている。

そして散々その正体が議論されてはいるが、あえて言うならミネラル感も強めだ。

総SO2(*2)量は僅か30mg/lに抑えられているのに、この硬質なテクスチャーは非常に興味深い(ミネラル感を得るにはSO2の添加が効果的、というメソッドも存在するほどにSO2のテクスチャーへの影響はとても大きい)。発酵も野生酵母によるもの、マロラクティック発酵も自然に任せている所謂ナチュラルワインだが、ペアリングの側面から見ると食材への浸透力を保ちつつテクスチャーをもったワインというのは貴重だ。


このミュスカが育つ畑は、人が住まない標高915mの場所にある。ギリシャでも標高が最も高い産地の一つで、そこに北向きの超急斜面という条件が合わさった稀有な畑だ。本来別の品種が植えてあったそうだが、僅かこの7haしかないクリマにミュスカの新たな可能性を感じ植樹したテトラミソスのセンスには脱帽する。更に加えると、このアハイア県内にあるアノ ディアコプトという村内ではたった2ヶ所しかミュスカ単一の畑はない。


また、標高及び人口60人という人の少なさから、光害についても無縁の畑だ。光害は夜に開花する植物やそれに寄って来る蛾の生態系、紅葉の遅れ、植物の短寿命化などについて問題視されており、近年では日本・アメリカ・ヨーロッパで深刻化している。

夜は正しく闇に包まれる、という畑はある意味で真の葡萄の姿を表現出来るのではないだろうか。


ミュスカというとあまりにも分かりやすいそのフレーヴァーの個性故に、逆に没個性的な印象を抱かれがちな品種かも知れない。

そんな中でこのワインは明らかに異彩を放つ1本であり、ミュスカに対する考え方を大きく修正する機会に十分なり得る。

ミュスカという品種個性も、当然ではあるが、テロワールが変わればそれもまた有為転変なのだ。


(*1)マロラクティック発酵:鋭角なリンゴ酸を柔和な乳酸に変える作用。温度管理や添加物によって容易にコントロール可能なため、醸造手段の一部としてワインメーカーによって様々な判断がされる。ナチュラルワインは「何も止めない」ことが基本の一部であるため、自然に起こるマロラクティック発酵は阻害しない。


(*2)SO2:亜硫酸、酸化防止剤と様々な呼称がある。抗酸化と殺菌という二つの大きな役割がある。


<ソムリエプロフィール>

菅野 浩和 / Hirokazu Kanno

H -acca- Drink Director・Manager


1987年福島生まれ。大学進学後プロオーボエ奏者として活動。

オーケストラでの公演やレッスンを行いながら、傍らでWakiya一笑美茶楼にてアルバイトとして勤務。

多種多様なグランヴァンに触れワインの魅力に目覚める。

Wakiyaグループ在籍中に現La Mer Inc. CEOである梁世柱氏が加わり、彼によりナチュラルワインへの造詣を深める。

その後ナチュラルワインの専門スタッフとしてフレンチ食堂ぶどうにて勤務。

2017年からは梁世柱氏がシェフソムリエとして在籍していたS'accapauに合流後バトンタッチ。

専門誌に寄稿する傍ら、ナチュラルワインオンリーのペアリング及びノンアルコールペアリング、飲料全般の管理や外部委託された商品開発などを担当。

現在は神楽坂H -acca-にてドリンクディレクター及びマネージャーとして勤務。

社内の飲料関係全般を取り仕切る。



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