このコラムでは、私が粋(Iki=生=活)と感じるワインを色々と紹介させていただきたいと思っております。
このワインは今注目のワインでも、頻繁に話題に出てくるようなワイナリーでもありません。しかし、多くのワイン有識者を虜にして離さないワインであり、それが意外と語られることがないことから、今回あえて取り上げました。全くと言っていいほど情報を開示しておらず、今回のコラムにあたり事実確認のために方々調べましたが、かなり謎めいており神秘に包まれているため、殆ど情報が出てきませんでした。
そのワイナリーの名前
「ロックフォードRockford」
この名前を聞いてジ〜ンとくる方はかなりのワインラヴァーだと推察します。
ここのワイナリーが凄いのは、オーストラリア(以下オージー)ワインを代表する品種シラーズにおいて、これ以上ない3つのワインとして、様々な論評で常にペンフォールズ ”グランジ” Penfolds “Grange”、ヘンチキ ”ヒル・オブ・グレース” Henschke “Hill of Grace”に並び、今ご紹介するロックフォード “バスケット プレス シラーズ”が入っている点だ!
生産者: Rockford Wines / ロックフォード ワイン名:Basket Press Shiraz / バスケット・プレス シラーズ 葡萄品種:Shiraz / シラーズ ワインタイプ:赤ワイン 生産国:オーストラリア / Australia 生産地:Barossa Valley, South Australia / バロッサ・ヴァレー, 南オーストラリア ヴィンテージ:2013 インポーター:kp Orchard 参考小売価格:¥9,500
オージーワインの評論家ジェームズ・ハリディJames Hallidayは「この産地を象徴する、説明する必要のないワインとして「ペンフォールズ “グランジ”と並ぶ存在」として紹介している。同時に「ヘンチキ “ヒル・オブ・グレース”ほど希少だ」とも書いている。他の2つのワインは言わずと知れた世界的ワインであり、その評価、その価格(日本円で10万円級)共にトップ中のトップのワイン。ここにその2つのワインの1/10ほどの価格のワインが並び賞賛されている。何故なのか?!
また、オージーの権威あるワインの指標「ラングトンズ」においても、オージー全生産者の中のわずか20銘柄ほどしか選ばれない最高評価「エクセプショナル」に常に属する。
今回記載していることは、調べても書かれていないことが多く含まれているので、必要な人にとっては有益な資料になると思う。
今、南オーストラリア/アデレード・ヒルズ“バスケット・レンジBasket Range※”が、ナチュラルな造りをするワイン生産者が集まる“聖地”として熱いエリアであるのは、ワインラヴァーの間では周知の事実。これらのムーブメントを“ニュー・ウェーヴ”と呼ぶのに対して、従来の、極めてクラシカルであり、濃厚且つ力強いティピカルなオージースタイルのワインを“オールド・ウェーヴ”と呼んだりする。で、今日話しをするのは、オールド・ウェーヴの方の造り手に属するだろう。
「な〜んだ古いスタイルのワイン?!興味ないな」って思わないで、ちょっと聞いてほしい。
※
バスケット・レンジ:アデレードの中心地から東に向いほど近いワインエリア“アデレード・ヒルズ”の中の小さな町。近年このあたりに志を同じくしたような生産者が集まり、BKワインズ、ジェントル・フォークなど活躍しているワイナリーがひしめく。
というのも、一つは、このワイナリー、ナチュラルなワインを追求しクラシカルなワインをそれほど重んじない人の中にも、実はファンがいるということ(決してこのワイナリーのスタイルがナチュラルな味すじではないが)。次にオールド・ウェーヴなスタイルながら、割とエレガントに仕上げられているという点がある。
バロッサ・ヴァレーは、南オーストラリア州の中でも重要なワイン産地。アデレードの街の北東60キロに位置する、車で1時間くらいのところにあるのどかな渓谷で、ここに150以上のワイナリーが点在、“ペンフォールズPenfolds”、“ジェイコブス・クリークJacob's Creek”、“ヤルンバYalumba”、“ウルフ・ブラスWolf Blass”、“ヘンチキHenschke”などのビッグネームが名を連ねる。この地の地形がドイツの銘醸地ライン川流域に類似していることからブドウの栽培が始まったといわれ、180年の歴史とともに、その時代に植樹したであろう世界でも最古の部類に入る貴重な樹も残る、オーストラリア屈指の、そして世界有数のワイン産地として知られる。
黒ブドウ品種が多く栽培され、特に“シラーズShiraz”の栽培面積が50%を占めることから、“シラーズの首都”ともいわれている。フランス/コート・デュ・ローヌ地方のブドウ品種“シラーSyrah”が持ち込まれ、その当時のオージーで“シラス”と呼ばれたこの品種は、元祖とはまた違った独自の個性をこの地で産み出した。この“オージー・シラーズ”の特徴は、高いアルコール濃度、甘く果実味溢れるプラムやブラック・チェリーのようなフルーツに、チョコレートやコーヒーリキュールなどの香り、熟した豊富なタンニンと凝縮感が魅力。このバロッサ・ヴァレーではその特徴が更に顕著に表れる。
こんなバロッサ・ヴァレーにロックフォードはある。シラーズとカベルネ・ソーヴィニヨンなど赤ワインのトップワインを製造している他、白、ロゼ、泡、フォーティファイドなども造っている。オーナー ワインメーカーの“ロバート・オカラハンRobert O'Callaghan”は、1960年代半ば、バロッサにあるワイナリー“セペルツフィールドSeppeltsfield”で研修生としてワインメイキングのキャリアをスタートさせ、1970年代にバロッサで2haの土地を購入。その後、今のワイナリーの場所に元々あった1850年代の石造りの建物と古い醸造設備を購入し、ワイナリーを興した。ここが、今のプライベートなテイスティングルームが現存する古い建物にあたり、それを元に新たに増築した醸造所なども含め、上手く模倣復元しワイナリーの統一感を出している。1984年がファーストヴィンテージとなる。
訪れればわかる、そのたたずまい。その雰囲気だけで誠に心地よく、まず言葉には表せないような世界へと誘なってくれる。母屋に入れば古く格調高いテイスティングルームのおもむきから、癒やしとか、何ともいえない気分に包まれる。
ワイナリーの名前“ROCKFORD”とは、ワイナリーは“クロンドルフ ロード Krondorf Road”という道沿いにあるため、当初“KRONDORF”の名前を付けようと考えていたらしいが、既にその名前が登記されていたため、このアルファベットをミックスして“ROCKFORD”という名前をひねり出したのだとか。。いわゆるアナグラムだ。
ワイナリーを見せてもらえば、近代的な設備はほぼ皆無、人工的なことを嫌い、とても伝統的。ん〜土や木、石のにおい。フラッグシップのワインの名前“バスケット・プレス・シラーズ”にあるように、使われている機材は大小のバスケットプレス(木製の伝統的圧搾機)をはじめ、1800年代の除梗機や、オープントップのコンクリート発酵槽など、昔からのものを直しながら大切に使い続けているという。現代にあって、よくこの設備であれだけのワインが造れるなぁと感心させられる。ここに、オーナーであるロバートのフィロソフィーを感じずにはいられない。
ワイナリーの年間の生産量は非公開だが、おおよそ30000ケースほどだといわれている。バロッサを中心に、イーデンバレーEden Valley、カリムナKalimnaなどにブドウ畑を持ち、その他に、バロッサ周辺の決まった契約ブドウ栽培家からの供給により、様々な種類の土壌、気候、標高を得ることができており、それらがロックフォードのワインの複雑性を産むのだとか。ブドウの木の多くは独自の台木を使い、世界ではレアなフィロキセラに侵されていない産地故、100年を超える古木は自根で、フラッグシップのバスケット・プレス・シラーズにおいては年産1500~2000ケース程度と推察されるが、樹齢60~140年、数ヶ所の自社畑と長く契約している畑のブドウをブレンドして醸され、フレンチとアメリカンの2つのオークで約2年間熟成されてから瓶詰めされる。
バスケット・プレス・シラーズは、ヴィンテージの差はあれど、若いうちはダークルビーの色調から、プラムやラズベリーのドライフルーツに、スパイスやチョコミント、ナッツなどが感じられ、少し熟成させると葉巻や腐葉土の香りが楽しめるようになる。口中では中程度のタンニンがまろやかで、舌の上で程よくざらつくテクスチャーがあり、酸味とセイバリーさも備わる。この地のシラーズにしては重たくはなく、だが長い余韻が楽しめる。凝縮度を追求したワインではないと感じる
このワイナリーには、バスケット・プレス・シラーズ以外の有名なワインが幾つもある。
“Rifle Range Cabernet Sauvignon”、“Sparkrinning Black Shiraz”、“Rod & Spur Shiraz Cabernet”などが代表的で、個人的にはアリカンテを使ったロゼもかなり魅力的だと思っている。なお一般には知られていないが “SVS-Single Vineyard Selection”という単一畑のキュヴェを、 良年のみリリースしたことがある(1996, 1999, 2002, 2004, 2005, 2006)。
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ここまでが概略。
ここからは、何故このワイナリーがそれほどまで高い評価(点数ではない)を得ているのか、という話しを是非聞いてほしい。グランジやヒル・オブ・グレースに比べ、そこまで名を聞くことがないにも関わらず、何故そこまでいわれるのか?!
それは、おそらく“尊敬”されているからなのだと思う。
どこが?
どのように?
その理由はいくつもある。
例えば、販売方法を長い間変えず一貫しており、価格もそれほど上げず、味わいも時代の流行りと関係なく仕上げ、決して出しゃばろうとせず、目立とうとせず、奥ゆかしい存在に徹しているという点。ワインの味わいからもそれが伝わるような印象。
販売方法に関しては、セラードアの他には、今も、熱心な顧客を中心としたメーリングリスターに、あとは長い付き合いのある地元のレストランやワインショップ、限られた一部の海外に輸出されているのみ。なかなか新規は入り込めない。これでは、そうそうお目にかかれないのも当然だ。
また手間を惜しまず、元々建物を購入した時にあった古い機材を修復したりしながら、それを大切に使い続けているという点。
さらに凄いのは、ありえない醸造家を世に排出しているという点。実はこのワイナリーから、世界的ワインメーカーが独立していて、それが1人ではないのだ。
誰なのか?
1人は“クリス・リングランドChris Ringland”!泣く子も黙るオージー最強のワインであり、あの伝説の“スリー・リバーズThree Rivers(現クリス・リングランド)”!ってあるでしょ。そのワインの生産者であり、個人でパーカー100点を世界で最も入手している人物。彼はロックフォードに1980年代半ばから18年間在籍している。つまり10年以上にわたりロックフォードにも居ながらにして、クリス自身のワイン“スリー・リバーズ”を造っていた。クリスのロックフォードでの足跡として挙げられるのは、ロックフォードの主義である“様々なエリアのワインをブレンドするワイン造り”に対して、“シングルヴィンヤード主義”のクリスが、先に触れたSVS-Single Vineyard Selectionという良年のみの単一畑シリーズをワイナリーに提案したこと。結果、ブレンド主義のロックフォードにあって、かなり珍しいシングルヴィンヤードものといえるワインをリリースするに及んだ。これはクリスのイマジネーションから産まれたものらしく、その話しを聞くとロックフォードがシングルヴィンヤードを出したことも、なるほどうなずける。
そして2人目が“デヴィッド・パウエルDavid Powell”!“ラン・リグRunRig”、“ザ・レアードTha Laird”、“レ・ザミLes Amis”をはじめとする元“トルブレックTorbreck”の人。デヴィッドもまた、(トルブレックに)パーカーが100点を何度も与えたワインメーカー。
2人はロバートの繋がりでワイナリーで働き、学び、卒業していった。驚きの事実である。オージーを代表するこの比類なきワインメーカーを2人も排出している。こんな偶然があるのか???一番最初その話を知った時、藤巻は鳥肌がたった。これだけでどれほどのことなのか?!ワイン界における天変地異が起こってもおかしくないほどの事実!!
また、この2人の造るワイン「クリス・リングランド」「トルブレック」に共通しているのは、重さ、アルコール度の高さと強烈な凝縮されたスタイルなのだが、ロックフォードのワインには、この2人に共通した重さや濃さがないことがとても不思議だ。同時にそれがロックフォードの魅力なのである。ロックフォード在籍時に、オーナーであるロバートのスタイルを2人は守り、表現していたということになる。現在のワインメーカーは、バロッサ出身の“ベン・ラッドフォードBen Radford”で、彼は南ア/ステンレスボッシュでワインメーカーとしての経験をもち、2006年にロックフォードに参加したが、このようにワインメーカーが変わろうと、ロックフォードのワイナリーとしてのスタイルは、それほど変わらない。
それにしても、よくぞこのワインが日本にも輸入できたのだと思えてならない。日本に入ってきた時は驚いた。だって現地でも入手困難なのだから。しかもあの憧れのワイン!!
これは輸入元“kpオーチャード”さんの熱意と諦めない努力なくしては成し得なかった。話しを聞けば、kpオーチャードの谷上社長は、このワインを日本に紹介したい一心で、オージーを訪れる度にこのワイナリーへ通い、その都度「売るものがない」と断られ、でも諦めず、の繰り返しだったという。それを長年繰り返していたある時、なんとワイナリーから「売るものがある」といわれたのだ。これには運もあったと谷上社長はおっしゃる。リーマンショックの影響で、米国へ輸出する分をそのまま譲り受けることができたのだと。これをきっかけに、その後継続的に日本へも割り当ててもらえるようになった。
個人的に思うのは、これはたまたまではない。通いつづけた努力がなければ成し得なかったわけだし、その情熱がワイナリーにも伝わったのだと勝手に思っている。こうして日本への割り当てをいただけるようになった。
どのようにしてロックフォードのワインを入手できるのか?!
このワイナリーのワインは普通では売っていない。書いたように、販売方法は限られており、基本的に顧客主義。セラードア以外では、ずっと購入してくれているメーリングリスターに販売する方法を重んじている。また、ロックフォードでは、実は、長年にわたるメールオーダーの顧客の中で、招待を受けた顧客のみ入会が許される更にもう一段階プライベートな“Rockford Stone Wall Society”という名のファンクラブがある。セラードアで入ることができるテイスティングルームの奥には、このメンバーにしか通ることができない特別なテイスティングルームもある。そして、毎週、招待された16名の Rockford Stone Wall Societyのメンバーとワイナリーにあるダイニングルームで、オーナーであるロバートとランチを共にすることができる。何という贅沢なのか。。
そして、このメンバーでしか購入することのできないSparkling Black Shiraz、Shiraz VP (Fortified)、Botrytis Cinerea Semillon、PW Mayflower Cane Cut Semillonなど、限定のワインが存在する。こうして、ロックフォードは、顧客を大切にしながら顧客販売を中心に運営している。あとは小売やレストランなのだが、オージー国内の大都市、シドニーやメルボルン、アデレードのレストランやワインショップでも数軒しか扱いがなく、現地でも極めて入手困難。輸出も、限られた国にしかされていない。
なるほど、容易には手に入らないはずである。しかし、日本には正規代理店“kpオーチャード”さんがあるので、ネットや専門店などで探せば入手することができる。約10年強前、2010年くらいから輸入されるようになり、今に至る。日本への割り当ては、バスケット・プレス・シラーズで毎年50~60ケース輸入されている。その意味で、日本はこのロックフォードが入手しやすい国であり、そうした環境にあると思うと実に恵まれていて、その幸せ感を噛み締めながら、締めさせていただければと思う。
いかかでしたでしょうか?
ロックフォードのワインにご興味をもっていただけたでしょうか?もしまだ飲んだことがないという方には、是非一度入手していただきたいです。
※
イキ(粋=活=生)なワインとは自分的に、
粋(イキ)=「イカしている」「BadassとかCool(ヤバイ,渋い,やんちゃな)」ワイン
活(イキ)=「活力のある」「活気に満ち溢れた」「活き活きとした」ワイン
生(イキ)=「生き生きとした」「生の」「今の」「旬の」情報またはワイン
のことをいう
<ソムリエプロフィール> 藤巻 暁 / Akira Fujimaki
1966年新潟生まれ。東急百貨店本店和洋酒売場に勤務。アカデミー・デュ・ヴァン講師。大学在学中からワインに魅せられ、ワイン産地を周遊。その後飲食店やワインバーでの勤務を経て現職。
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