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Sato Wines 衝撃の自社畑ワイン

ニュージーランド南島のセントラル・オタゴは、国土の北から南までワイン産地が点在するニュージーランドの中でも、最南端に位置するエリア。南半球で、最南端側となると、無条件寒いエリアだと思うかも知れないが、実際には冬は氷点下に入るほど寒く、夏は逆に暖かく乾燥しており、日照量も平均値では一月に約230時間、二月に約200時間、三月に約180時間(ブルゴーニュの平均値は七月に約250時間、八月に約230時間、九月に約180時間)と申し分ない。昼夜の寒暖差も大きく、一月の平均値は最高気温が24度前後、最低温度が11度弱となるため、葡萄は酸を長く保持しながら成熟できる。簡単に言えば、年平均300mmという降水量以外は、ワイン用葡萄の栽培地として、好条件が見事に揃っている産地、ということだ。


さらに、本格的なワイン産業が1970年代から始まったにも関わらず、セントラル・オタゴには際立って優れた造り手も多い。あえて筆者の趣向を全面的に反映させるが、Felton Road、Mt Difficulty、Quartz Reef、Burn Cottage、Rippon、Mount Edwardあたりは、ニュージーランドでもトップクラスの実力者だ。そしてこのトップリーグに、間違いなく加わっている生産者が、Sato Winesである


その名の通り、Sato Winesを造っているのは、日本人の佐藤さんだ。正確に言うと、佐藤嘉晃さんと、佐藤恭子さんのご夫妻である。


元々銀行の同僚だった佐藤ご夫妻は、共に転勤先となったロンドンでワインの魅力に目覚め、ワイン造りの夢を追ってニュージーランドへと渡り、リンカーン大学で栽培学と醸造学を修めた。大学卒業後は共に銘醸Felton Roadで働き始め、その2年半後に嘉晃さんは同じく銘醸として知られるMount Edwardのワインメーカーとなり、恭子さんはFelton Roadのヴィンヤード・スーパーバイザーとして活躍してきた。そんなご夫妻が2009年に立ち上げた小さなプロジェクトが、Sato Wines。僅か190ケースからのスタートだった。


Sato Winesは、ビオロジック及びビオディナミによって育てられた健康な葡萄を、極限まで人為的介入を廃し、化学薬品や添加物を使用せずに、セントラル・オタゴのテロワールとヴィンテージの恵みが込められたワインとして表現することを理念として掲げている。あえてより分かりやすく表現するなら、Sato Winesはセントラル・オタゴに深く根ざした、テロワール主義のナチュラル・ワイン生産者だ。


そして、Sato Winesには佐藤ご夫妻が在学中から重ねてきたヨーロッパでの修行経験も存分に生かされている。二人の修行先を合わせると、ベルンハルト・フーバー(ドイツ・バーデン)、ドメーヌ・マタッサ(フランス・ルーション)、ジャン・イヴ・ビゾー(フランス・ブルゴーニュ)、ピエール・フリック(フランス・アルザス)、フィリップ・パカレ(フランス・ブルゴーニュ)、ジュリアン・グィヨ(フランス・ブルゴーニュ)、クリスチャン・ビネール(フランス・アルザス)など、ヨーロッパにおけるビオディナミやナチュラル・ワイン大家の名が壮観に並ぶ。


ニュージーランド屈指のビオディナミ・ワイナリーであるFelton Roadや、セントラル・オタゴで最も早く有機認定を受けたパイオニア的存在であるMount Edwardでの活躍に加えて、ヨーロッパ各地の超一流ワイナリーで重ねてきた経験は、数多い日本人ワインメーカーの中でも、群を抜いているだろう。


つまり、佐藤ご夫妻には、ビオディナミとナチュラル・ワインメイキングの「理合」が、強固に宿っている


近年こそようやく「クリーン・ナチュラル」という概念が浸透し、ナチュラル・ワインが本来もっていた多様性に目が向けられるようになったが、過去20年以上、ナチュラル・ワインの市場におけるスターとなってきたのは、欠陥的特徴が過度に出てしまうことを気にもとめない、乱暴で、粗雑で、偏執的なワインだった。「何もしないこと」が最も自然だと盲信する彼らのワインの相当な割合が、結果的に最も大切にしていたはずのテロワールを、跡形もなく消し去っていたのだ。


しかし、理合の宿った佐藤ご夫妻のワインは、そのような破滅的自己矛盾とは無縁の存在である。




念願の自社畑

2009年のデビュー以降、ビオロジック、もしくはビオディナミで栽培された買い葡萄や、リースした畑の葡萄でワイン造りを行ってきたSato Winesだが、2015年に5haの敷地を取得し、2016年の10~11月にかけて、3.1haを植樹した。売りに出た畑を購入しようと思っていた時期もあったそうだが、最終的には葡萄畑のデザインや農法も含めて、ゼロから創り上げられる場所を選んだ。


2022年、ついにリリースされた2019年ヴィンテージの自社畑シリーズであるLa Ferme de Satoを飲む限り、その選択は正解だったとしか思えない



©️SATO WINES 複写、転載厳禁



ブロック図をご覧頂きたいが、中央部のラインを境に北西方向と南西方向に向けて標高が高くなっている。つまり、畑全体としては純粋に東を向きながら、北側半分は中央に向かって南東向きに穏やかに傾斜してゆき、南側は北東向きに傾斜している。


標高はBlock6の下部が最も低く298m、Block2の上部が最も高く343mとなっており、畑の最下部から最上部までの高低差は45mもある。


また、この畑は、セントラル・オタゴの平均的な葡萄畑よりも、50~100mほど上部に位置していることから、より冷涼でハングタイムが長く、緻密な栽培が可能になる。


佐藤ご夫妻は開墾と植樹を行う前に、何度も調査を重ね、斜面の角度、日当たり、土壌組成などを精緻に把握した上で6つのBlockに分け、地理的合理性に基づいて植樹する葡萄とクローンを選定した。


例えば、北側のブロックは、朝日が顔を出すポイントが徐々に南東に移動する春以降、朝日の出る方角に対して真っ直ぐに向くようになることで、朝日を最も効率よく受ける場所となっている。また南東気味に傾斜していることにより、角度的に暑い日中の太陽をやや穏やかに受け取ることになる。ここに朝日が大好きで大きな熱量を欲しないピノ・ノワールを中心に植樹している。 反対に、南側はやや北東に向いているため日中の熱量が北側に比べて多い。ここに熱量を欲するシャルドネを植樹している。


「正しい場所に正しい葡萄が育っている。」


Sato Winesの自社畑は、ファイン・ワインの絶対的条件となる適地適品種の大原則が、徹底的に守られた畑として創り上げられたのだ。


参考までに、以下は各ブロックに植樹された葡萄品種の情報となる。


Block 1(0.2ha) Pinot Noir

Block 2(0.5ha)Chenin Blanc 0.42ha, Chardonnay 0.08ha

Block 3(0.85ha)Pinot Noir 0.6ha, Gamay 0.25ha

Block 4(0.25ha)Cabernet Franc

Block 5(0.8ha)Chardonnay

Block 6(0.5ha)Pinot Noir 0.43ha, Chardonnay 0.07ha




醸造所と熟成庫

2019年には、同敷地内に醸造所と熟成庫も建設された。わざわざ2つの建物に分けられた理由は、Sato Winesならではの緻密な温度管理にある。


発酵中のワインと熟成中のワインが好む温度帯は異なる。熟成中のワインは15度前後が理想だが、発酵中のワインにとってその温度は低すぎる。マロラクティック発酵なども含めると、多くの「自然派」ワイナリーが陥る、葡萄を潰したらそのまま放置という考えでは、発酵や熟成と密接に関わる微生物たちが最大のパフォーマンスが発揮できる環境を整えることは不可能に近い。


ゼロから創り上げる利点が、ここでも発揮されているのだ。


話が複雑化しすぎるため、詳細は割愛するが、ワイン造りのあらゆる局面において、佐藤ご夫妻は徹底的に合理的である。全てのプロセスにおける手段の選択に、明確な意図があるのだ。そして、その合理性の積み重ねこそが、極めて完成度の高いクリーン・ナチュラルワインの創造へと繋がっている。




セントラル・オタゴのワイン

佐藤ご夫妻のワインから常に感じてきたことがある。それは、Sato Winesは徹頭徹尾、セントラル・オタゴのワインである、ということだ。当たり前のように思うかも知れないが、ワイン造りにおいて、これほど難しいことは無いと筆者は考えている。そして、今回の自社畑ワインでは、Sato Winesの魅力が「セントラル・オタゴのワインである」という点に集約されることを、改めて確信した。



La Ferme de Sato, Gamay “Alyssum” 2019.

自社畑に自生するようになったニワナズナ(Alyssum)という小さな花から名付けられたのが、ガメイのキュヴェ。植樹3年目という超若木らしい躍動感と、疾走感に満ちた快作だ。古樹のクリュ・ボジョレーに見られるような奥深い味わいは当然のように無いが、それを補って余りあるほどのエネルギーに圧倒される。特に余韻の前半で爆発的に弾けるような果実のアロマが最高に心地良く、葡萄を皮ごとかじっているような、噛みごたえのある味わいは、単純なジューシーさとは一線を画す魅力を放っている。


La Ferme de Sato, Cabernet Franc “Sous Bois” 2019.

晩熟の品種であることから、最も日照量の多い北東向きのBlock 4に植えられたカベルネ・フランもまた、セントラル・オタゴにおけるこの品種の偉大な可能性を雄弁に物語る意欲的なワインとなっている。日本語では「森の下生え」と訳される「スー・ボワ」というキュヴェ名は、このワインの本質を見事に射抜いたネーミングであり、ピラジンによるほのかなハーバルノーツと、軽く湿った土のようなアロマが合わさり、飲み手を「森の中」へと誘う。ガメイと同様に、余韻にかけて香味が急激に膨らむ瞬間は、まさに夢見心地。


La Ferme de Sato, Chardonnay “Le Chant du Vent” 2019.

セントラル・オタゴでも際立って風が強く吹き抜ける場所に畑があることから、「風の歌」と名付けられたのがシャルドネのキュヴェ。そして、樹齢3年という事実を本気で疑ってしまうほどの、大傑作である。畑の上部から下部まで3ブロックに分けて植樹された「微妙に味わいの異なる」シャルドネがブレンドされることによって、シェーンベルクの弦楽六重奏を思わせるような、繊細かつ緻密でありながら、重厚なドラマ性も兼ね備えたワインとなっている。



今回リリースされた3キュヴェは、どれも想像の遥か上をいく傑作揃いだった。遅れてリリースされる予定の、ピノ・ノワールとシュナン・ブランのキュヴェが待ち遠しくて仕方ないし、新しいヴィンテージが届くたびに、その成長を見届けていくという楽しみも増えた。


そして、私は心から誇らしい気持ちになった。異国の地で、これほどのワインを生み出した日本人がいることに。

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