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【実験】ワインの糖酸度と実際の味わいの関連性

今回はワインの糖分と酸度を計測してみようという話です。


ワインの一つのすばらしさとして、幅の広さがあります。


価格帯、国、品種、味わい、スタイルさえも。ここまで幅のある飲み物はないでしょう。

ソムリエや愛好家はそれを理解するために(机上はもちろん、たくさん飲んで)経験を積み、先輩方や学校などに教えを請い理解を深めていきます。その時によくあるのが、自分の感覚と教えてもらう時の〔ズレ〕です。自分は酸が強いと感じても、講師の方は「酸味は穏やか」とおっしゃったり、甘みを感じても「これはドライ」と言われることもあります。以前の私は、これはそういうものなのだと自分の中で納得させていましたが、もし甘さや酸味の数値が測れたらより正確に自分のティスティングの感覚を調整していけるのではないかと考えました。さらに、それでも〔ズレ〕を感じる場合にもう一歩踏み込んだ考察が可能になると考えました。


例えば、数値上は酸度が低いのに酸を強く感じる場合には、香りに強い酸を感じる柑橘の香りが強く表れているからではないか?相対的に糖度が少ないのではないか?酸度は低いけど、MLF(※1)をしていないからなのではないか?など。


そしてこれに基づいて、料理とのペアリングやお客様への提案など、アウトプットを構築していく。よりワインへの理解を深めていくポイントになるのではないかと思い、今回のテーマとしました。


糖度も酸度も両方測れる計測器がないかと探していたら、ちょうど株式会社 アタゴ製 ワイン用糖酸度系PAL-BX|ACID2という計測器を発見し、店にある様々なワインや日本酒などを飲みながら計測。

(楽しくなってたくさん開けてしまい、その後、お酒の提供ができなくなるという悪夢の緊急事態宣言期間に突入し痛い目にあうのですが。)


糖と酸

では実際の計測結果を検証する前に、糖分と酸味のお話に少しお付き合いください。

そもそも、感覚として甘辛を感じる要素は何でしょう?以下の4点が大きなポイントではないかといわれております。


① 残糖分の量

② 酸の量

③ 香りのタイプ

④ アルコール濃度


詳細を説明します。


① 残糖分の量

収穫期のブドウにはグルコース(ぶどう糖)とフルクトース(果糖)という糖がメインで、これを使ってアルコール発酵が行われます。アルコール発酵が終了してもこの2つは多少残るといわれています。これ以外にも発酵に使えない糖も存在するため完全なドライワインというのは存在せず、要はこれらの糖分がどれほどワインの中に残っているかということです。これが一番わかりやすい要因ですね。


② 酸味の量

ワインに含まれる酸といえば、コハク酸、クエン酸、乳酸、酒石酸、リンゴ酸が代表的。酸味として特に強く感じるのは酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、乳酸あたり。たとえ、液体に糖分があったとしても、これらの酸度が高ければバランス的にドライ(辛口)に感じやすくなりますし、逆に少量の糖分でも酸度が低ければ、相対的により甘く感じるといわれています。例えば有名メーカーのレモン100%の果汁とフルーツトマトの糖度は同じであったり、リンゴとパイナップルなども同じような糖度の値を出すそうです。やはり酸度が大きくかかわっているように感じます。


③ 香りのタイプ

かき氷のシロップは有名な話ですが、あのシロップは同じ味わい。色と香料によって味さえもそう感じているそうです。私が最近見た面白い話では、春雨スープを豚骨ラーメンの香りと見た目にVRで加工してあげると脳が錯覚して実際に豚骨ラーメンの味がするというもの。ワインで言えば、ゲヴェルツトラミネールのライチやバラの香りや、ヴィオニエのモモの香り。アメリカンオークの新樽を使用した場合に出る甘いココナッツのような香りなどが甘さを強調しそうです。


④ アルコール濃度

純粋なアルコールは味覚神経には甘みと苦みと判断され、官能検査においても同じような結果が出ているそうです。ただし、あまり高すぎると揮発性が高く、香りをかぐと刺激臭に感じるので苦みが強く感じることもある。以前スピリタス(※2)で試したら、のどがやられました。アルコールが多く含まれていることは甘みを感じる要因の一つと言われています。


※1 MLF:MaloLactic Fermentationの略。ワインに含まれる鋭角なリンゴ酸を、柔和な乳酸へと変える作用。


※2スピリタス:ポーランドのウォッカ アルコール度数96度ある



実験方法

対象:店舗で使用しているグラスワイン、酒精強化ワイン、日本酒、ブドウジュース

使用機器:株式会社アタゴ製 ワイン用糖酸度系PAL-BX|ACID2


測定方法一度テイスティング、主観にて10段階で【K糖度】と【K酸度】を計測。その後糖酸度計にて糖度(Brix%)と総酸度を計測し、私の主観(官能評価)とどのように差が出てくるのかを見ていきます。これに付随して、香りのタイプやアルコール度数の関係も考察していきます。


糖度について注意事項:今回の測定では糖度は(Brix%)を用います。この数値は液体に溶けている可溶性固形分の%濃度を示しています。これにはアルコール、糖分、酸、塩類なども含まれるため、今回は糖酸度計のメーカーさんに伺った計算式でアルコールと酸を引いて、なるべく糖分だけの数値を算出しました。アルコールはボトルに記載されていたものをそのままデータとして使用しましたので、ある程度の誤差はご承知おきください。(生産地の規定によって様々な範囲の誤差が認められているため、生産地と生産者によっては表記との乖離が大きい場合もある)


酸度について注意事項:ワインには多くの酸が含まれていますが、この測定では総酸度を検出するので酸の種類までは特定できません。MLFの有無でリンゴ酸か乳酸の割合によって、酸味の感じ方が変わる可能性も考慮に入れる必要がありそうです。実際に乳酸が多い日本酒とクエン酸が多い白麹タイプの日本酒では、糖度も酸度も同じでも、クエン酸のほうが酸味を強く感じるということもありました。


仮説

測定前にいくつかの仮説を立てておく。


① 比較的温暖な地域のワインは糖度が高く、酸度が低い傾向にあるのではないか?

② 糖度と酸度が両方とも低い場合には味わいが単調になるのではないか?

③ アルコールが高いワインはK糖度が高い傾向にあるのではないか?

④ 香りが甘いものは実際の糖度よりもK糖度が高くなる傾向にあるのではないか?



結果




・スパークリングワイン編

スパークリングワインはドザージュの量を表記しているのである程度糖度が推察しやすい。ドザージュを全くしていない【ミニエール / ブリュットゼロ NV】はやはり、ブリュット(12g/L以下)やエクストラドライ(12g~17g/L)に比べて糖度の低さと酸度の高さはトップクラス。数値だけだと酸っぱい薄い味わいの液体になりそうだが7~8年の熟成を行うこのシャンパーニュはタイトなスタイルの中に十分な厚みが存在し、香り豊かで複雑さを備えたワインだと感じた。




〇白ワイン編

シャルドネの飲み比べではブルゴーニュ最北の産地である

【パトリックピウズ / シャブリ テロワール フィエ 2018】が一番酸度が高く、糖度が低いと考えていたが、【ジャン・シャルトロン / サントーバン 1er ミュルジェ・ド・ダンデシャン2018】のほうが酸度が高く、糖度が低いという結果に。


【ドメーヌボングラン / ヴィレクレッセ キュベ EJ テヴネ2014】は貴腐葡萄が含まれた厚みのある辛口タイプであるが、印象より糖度はかなり高い


【ブレッド&バター / シャルドネ カリフォルニア2019】は糖度が高いのは印象通りだが、酸度がシャルドネの中で一番高いのは意外であった。


【フランソワ ヴィラール / レ コントゥール ド ドポンサン2018】品種はヴィオニエ、香り豊かでモモや甘いお茶のようなニュアンスによってか甘さを感じていたが、実際には糖度がかなり低い上に酸度もシャブリよりも高い結果に。


【チャールズ スミス / カンフーガール リースリング2019】は印象通り、甘さを感じるが、しっかりした酸味によってフレッシュフルーツのような爽やかなスタイルにしあがっている。


【ラ フェルム ド サンソニエール / ラリュンヌ アンフォール2018】これは意外で、味わいにはかなり厚みとうまみも酸味のようなものも感じたのだが、数値的に全体を見てもかなり低い数値であることがわかる。酸味と甘みの数値が低くてもほかの部分で多分に補う要素があることがうかがえる






◎ロゼ・オレンジワイン編

この分野はマセラシオンの期間やタンニンの量などによって、糖度と酸度以外の要素も多く考えられる。

【コーナー / ピガート2020】アルコール10.9%とかなり低めなうえに糖度が低い。味わいはアルコールを感じないピーチティーのようで、うまみを感じる印象。野生酵母の使用(選抜酵母よりもアルコール変換効率が悪くアルコール度数が下がる傾向にある。)と調べられなかったが、同じエリアの南オーストラリア州の他の生産者よりも早めに収穫しているのかではないかと想像する。


*左から二番目のLa Luneは白ワイン




●赤ワイン編

【カーゼ コリーニ / ヴィナイオータ2017】辛口ワインの中では糖度が3.69とトップ。日本酒やライトな甘口ワインと同程度の甘さが含まれている。ブドウの種が完熟するまでは収穫しないといわれる。写真を見たことがあるが一部干しブドウのようになっていたものも含まれていた。同じイタリアのリパッソより糖度が高い。ここまで高いと重たくなりそうだが、意外とフレッシュさも保たれていて絶妙なバランス。


【ドゥニベルトー / フィサン2012】と【ブレッド&バター / ピノノワール カリフォルニア2019】の比較、および、

【ソシアンドマレ / ラ ドモワゼル ド ソシアンドマレ2017】と【ブレッド&バター / カベルネソーヴィニヨン カリフォルニア2019】の比較。


糖度においては予想通り印象通りブルゴーニュのピノノワール、ボルドーよりカリフォルニアのほうが高かったが、酸度も両方ともカリフォルニアのほうが高い傾向にあった。ブルゴーニュのピノノワールは酸味がしっかりあるイメージからかK酸度では〖5〗をつけたものの赤ワインの中では一番酸度が低いという結果であった。






■甘口ワイン編

全体的に糖度が桁違いに高いが、特に

【サントワインズ / ヴィンサント2010】は群を抜いて高い、全体でも1位、そして酸度も1位。ただし主観では他の甘口よりもK酸度とK糖度を低くつけており印象としては熟成からくる複雑味、塩気、苦みが相まって高い酸味と甘みがバランスのとれたものとして感じる。アルコールが低いことも影響しているかもしれない




□酒精強化ワイン編

今回は基本ドライタイプのシェリーを選びました。

【ルスタウ / アルマセニスタ オロロソNV】測定した中でも際立った糖度の低さ。酸度もある程度高く、今回の測定でのトップドライワイン。




△日本酒編

全体的に糖度高く、酸度がかなり低い。ワインの場合は半甘口レベルとなる程度の糖度がある。




▲ジュース編

デザートワインクラスの糖度と酸度があるがアルコールがないからか、デザートワインに感じるつよい粘性も見られず。甘さもデザートワインのほうが強く感じものが多かった。




全体として傾向と考察

まずは意外であったのが、アメリカのカリフォルニアワインの酸度の高さである。

①比較的温暖な地域のワインは糖度が高く、酸度が低い傾向にあるのではないか?

と仮説を立てていたが違う結果となった。カリフォルニアワインは同じ生産者であったため生産者の傾向かもしれないが、リオハのワインや甘口ヴィンサントをみてもある程度糖度の高いワインは酸度を高く保つことでバランスをとる必要があるのかもしれない。この辺りはほかのサンプルを計測するとともに生産者にも話を聞いてみる必要があるが次回の課題としておく。



次に、②糖度と酸度が両方とも低い場合には味わいが単調になるのではないか?

【ラ フェルム ド サンソニエール / ラリュンヌ アンフォール2018】の結果を見ると、数値的に全体を見てもかなり低い数値であることがわかるが、味わい的には厚みと複雑味を感じる。この結果だけでは決められないが、酸味と甘みの数値が低くてもほかの部分で多分に補う要素があることがうかがえる


③アルコールが高いワインはK糖度が高い傾向にあるのではないか?

明らかに糖度が高いものを除くと、K糖度は高い傾向にあるように見えるが、相関があるかまで計測できるほどデータがそろってはいなかった


④香りが甘いものは実際の糖度よりもK糖度が高くなる傾向にあるのではないか?

【フランソワ ヴィラール / レ コントゥール ド ドポンサン2018】などがいい例で、実際には糖度がかなり低い上に酸度も高いのにK糖度は〖5〗。これだけでは断言できないが、香りによってかなり左右されている可能性が高い



全体の総括としては、正直糖度(Brix%)と総酸度だけでは味わいは測れないという印象でした。

それだけワインは多角的な要素が絡み合っているということを、改めて実感する結果になったとも言えます。


クオリティの高いワインには酸味と糖度のバランスはもちろん、香りの豊かさは欠かせないと感じましたし、味わいが強くなくてもアルコールが高くなくても、複雑性や変化などが多く見受けられるワインも多くあります。


今回の糖酸度計からさらに進化して、総合的にワインのデータを分析できるようなものが登場し現場でも使われる時が来るかもしれません。今回のデータでさえ、テイスティングや仮説と数値の間に〔ズレ〕が生じたときこそ、さらにもう一歩踏み込んだワインへの理解のきっかけになるのであろうと思えば、今回の実験も無駄ではなかったと思います。


ここから、≪温暖な地域での酸度の高さ≫など踏み込んだテーマで計測していくことで、このデータが更に活きるかもしれません。≪ブルゴーニュ ピノノワールの酸味の正体≫なんていうテーマもいいかもしれません。



余談ですが現在緊急事態宣言下でアルコールの提供ができず、お茶などをベースにしてノンアルコールドリンクの作製をしています。ノンアルコールは甘いジュースタイプが多く、辛口で食事に合うものを作ろうと糖分を一切入れずに作っていましたが、なかなかうまく厚みが出ずに苦戦していました。この実験を通して、辛口と思われるワインたちにもある程度の幅で糖度が含まれていることがわかり、ある程度の糖分と酸味を駆使することで各段にノンアルコールのクオリティが上がりました。皆様はこの実験からは何を感じとっていただけるでしょうか?


それでは一刻も早くこの前段未聞の時期が収束することを祈っております!!



<ソムリエプロフィール>


苅田 知昭 / Tomoaki Karita


Restaurant Re:

支配人兼シェフソムリエ


1982年栃木県日光生まれ。


臨床心理学を専攻するものの大学時代のアルバイト先の研修旅行でジュヴレシャンベルタンのドメーヌに連れていかれワインをはじめとした飲食、飲料の虜に。株式会社シャノアールにてコーヒー業界から飲食に入るが、カフェインに極端に弱いことが発覚しワインの道へ。イタリアンバル、カフェ、パティスリー、ビストロと様々な業態の立ち上げ。飲料を担当。


飲食以外のジャンルを経験する為、株式会社KDDIの常駐営業として人材育成を担当後、中目黒cuisine francaise NARITA YUTAKA 支配人兼シェフソムリエとして飲食業界に復帰。


現Restaurant Re: 支配人兼シェフソムリエ 。


2018年 JSA シニアソムリエ 取得


営業の傍ら、毎月、若手ソムリエや飲食人、インポーターを集めた勉強会を開催。近年はワインだけでなく、日本酒や焼酎の酒蔵の方も招き、情報提供、普及に尽力している。


<Restaurant Re:>


東京中目黒、目黒川沿いにあるフレンチレストラン。八重桜の季節には満開の桜を見ながら食事を楽しむこともできる。


日本各地の和の食材を使い、昔ながらの食材や地方の食文化が再発見できるフレンチ。


シャンパーニュやブルゴーニュのボトルワインが充実していながら世界各国の豊富なグラスワインの数は都内屈指。ペアリングではワインはもちろん、日本酒、焼酎、紹興酒と幅の広さも定評がある。




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