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固定観念を覆す白ワインに出会った

スペインワインの虜となり、20年の月日が経つ。

固定観念に縛られ、探究心を失った自分を責めるべきか、それとも従来の常識を打ち破る生産者を褒めるべきか。


読者の中で、アイレンという品種の名前を聞いたことがある方は多いと思う。


それはスペインで最も栽培されている白葡萄品種であるとか、少し前なら世界で最も栽培面積が多い葡萄品種であるとか、ワイン関連資格試験の経験者なら一度は覚えた品種だと思う。


しかし、実際ティスティングをしたことがある方が、どれほどいるであろうか。


アイレンのワインは日本では1000円前後がほとんど。ボックスワインも数多く日本で出回っている。あまりワインとしての市場価値は、高くない。味わいも複雑なものは少なく、シンプルな構成。


アイレンはスペインで最も栽培されている品種だが、その大半は4ユーロ以下のテーブルワインか、酒精強化ワインのブランデーとして使用されている。


そんな大量生産されるアイレンで、今までとは全く違うスタイルを生む生産者が、世界的に話題を呼んでいる。


生産者:Bodegas y Vinedos Verum / ボデガス イ ヴィニェードス ヴェルム

ワイン名:Las Tinadas Airen de Pie Franco / ラス ティナダス アイレン デ ピエ フランコ

葡萄品種 : Airen / アイレン

ワインタイプ : 白ワイン

生産国 : スペイン

生産地 : ヴィノ デ ラ ティエラ デ カスティーリャ(ラマンチャ)

ヴィンテージ : 2018

インポーター : アルカン

希望小売価格 : 2500円


エリアス・ロペス・モンテロ氏。1979年生まれ。

2005年からボデガ(ワイナリー)を始めた。


スペイン中央部にあり、「ドン・キホーテ」の舞台ともなった広大なカスティーリャ・ラ・マンチャ州で、18世紀末からワインと蒸留酒造りを続けてきた家系に生まれ、長年ベガ・シシリア(*1)で醸造責任者を努めていたマリアーノ・ガリシア氏に師事。


リベラ・デル・ドゥエロ(*2)を中心に南アフリカでも研修を重ね、アルゼンチン・パタゴニア(*3)でもプロジェクトを興し、研鑽を重ねている若手醸造家の注目株。世界的なワイン雑誌で、「スペインのワインを変える10人の醸造家」の一人として紹介されるほどだ。


ヴェルムという名は、ラテン語で「真実」を意味。


大地に対し、また全てに対し真実でありたい、というロペス・モンテロ家が代々受け継いできた思いを表している。


ヴェルムは4つの畑をもち、石灰岩比率が高く、風も吹き、湿度が低いので、オーガニック農法に向いている。灌漑(*4)はせず、株仕立て(*5)を採用している。

株仕立ての葡萄畑(カスティーリャ・ラ・マンチャ)


最も標高が高く、古い畑でもあるラス・ティナダスには樹齢70歳の自根(*6)のアイレンが健在していて、この貴重な樹からラス・ティナダス アイレン・デ・ピエ・フランコは生まれる。


「ピエ・フランコ」とは台木をしていない樹(自根)を指す。フィロキセラがヨーロッパ中で大流行し、スペインも例外ではなかったが、内陸部の寒暖差が激しい厳しい大陸性気候では、生き残る葡萄の樹も多少はあった。


また熟成は、ティナハと呼ばれる100年使用した5000Lの素焼きのアンフォラ(*7)を使用。オリとともにバトナージュ(*8)を行い、奥行きと複雑さをだしている。


ティナハで澱と4ヶ月、さらにステンレスタンクで4ヶ月熟成。

国や地域によって形状や大きさが異なるアンフォラ


香りは白い花をベースに、ハーブなどの爽やかな印象に、黄桃、洋ナシなどの甘い香りが豊かな印象を与える。口に含むと滑らかタッチで、アンフォラで寝かすことにより複雑かつデリケート。厚みもあり、ミネラル感とともに余韻へ変わってゆく。ややしっかりとした魚料理はもちろん、名物である山うずらにも対応できるしっかりとした骨格。暑いところで生まれ、彼の情熱との相乗効果で躍動感さえ感じることができる。


エリアスは語る。「庶民的とみなされているアイレンから、高品質のワインができるポテンシャルは感じていた。アンフォラを使用する理由は、樽の香りがつかず、石灰岩土壌が生むミネラル感をキープしながらも、酸化させすぎることがない。我々の1番古い畑は1950年に植樹され、灌漑無しで育てる。これらの畑は長い年月により、テロワールとミネラルを生む。自根の樹はバランスよく仕上がり、手入れの必要はほとんどない。アイレンの本当の魅力を感じてもらえると思う。」


眠れる獅子と長年例えられていたラ・マンチャ。

もともとポテンシャルはあったというが、それはあくまで生産者以外の第三者の意見。

評論家による「奇跡」はいつも情熱溢れる生産者によって「必然」だ。

それでいて値段はリーズナブル。

エリアスが長年に渡り築かれた「常識」に立ち向かう、あたかも彼自身がドンキホーテのように躍動感と可能性に満ち溢れたワインが、新しい時代を作っていく。



(*1)スペイン全土を代表する偉大な造り手。トップ・キュヴェの「ウニコ」は世界最高の赤ワインの一つとして称賛されている。


(*2)スペインを代表する赤ワインの名産地の一つ。主要葡萄品種はTinta del Pais(テンプラニーリョ)。特に高名なワイナリーとしては、ベガ・シシリアやピングスがある。


(*3)アルゼンチンとチリに跨った南米大陸南部の産地。近年、その限界的な冷涼気候がもたらす個性的なテロワールに注目が集まっている。


(*4)葡萄に水を供給するために畑に張り巡らされる設備。溝を掘って水を流すという旧式の「フラッド方式」と、葡萄樹にパイプを這わせて、点滴のように少しずつ水を供給する近代的な「ドロップ方式」が主流。灌漑が過度になると、葡萄の根が水分を求めて地中深くまで伸びなくなる。


(*5)乾燥した温暖な地域で今でも見られる原始的な葡萄樹の仕立て方。ワイヤーに蔓を絡めて伸ばすという方法を取らないため、背は低く、幹は太く、枝は短く育つ。近年、品質面において再注目されているが、機械収穫がほぼ不可能であり、背の低さゆえの作業効率の悪さも相まり、新しく株仕立てで植樹される畑は非常に稀。


(*6)フィロキセラ(葡萄樹の生育を阻害し、枯死させてしまう害虫)に耐性のあるアメリカ系の台木と接木せず、「自」らの「根」で育てられた葡萄樹。自根の意義に対する懐疑論は根強いが、一般的には葡萄の品質にとってプラスであると考えられている。フィロキセラという「リスク」を背負う代わりに、品質という「ハイリターン」を得る方法とも言える。


(*7)古代ヨーロッパの時代から、ワインに限らず、オリーヴや穀物等、あらゆる生活必需品の運搬や保存に使用されてきた陶器の一種。各地域によって、素材や形状、大きさが異なる。ワイン醸造に使用される場合は、内側に蜜蝋を塗ることも多い。余談だが、ローマ帝国では、ワインの量を表す「アンフォラ」という名の単位が用いられ、おおよそ39ℓが1アンフォラだったと考えられている。


(*8)熟成中のワインをかき混ぜることによって、澱(酵母の成れの果て)との接触が促進され、主にアミノ酸等の旨味がワインに加わる。


<ソムリエプロフィール>

菊池 貴行 / Takayuki Kikuchi 

ヒノモリ

シェフソムリエ


1978年 東京 深川生まれ。

大学在学中、月島の「スペインクラブ」でスペインワインに目覚める。

本場のワイン、料理を触れにスペインへ。

帰国後2004年のオープンから日本橋サンパウにソムリエとして勤務。

バルセロナのサンパウ本店での研修を経て、2006年、同店のシェフソムリエに就任。

その間スペイン政府貿易庁が主催した第1回「ICEX」(シェフ要請プログラム)の日本代表、世界唯一のソムリエとして選ばれ、2007年10月からスペインに国費留学。リオハの二つ星「エチャウレン」や南スペインの二つ星「アトリエ」で研修を積みながら、ワインの作り手と交流を重ねる。

第4回マドリッドフシオンのソムリエコンクールでは、実技試験審査員。

2010年5月、第1回の「カヴァ騎士団(シュバリエ)」に選ばれる。

2020年7月、三重県アクアイグニス内「ヒノモリ」のシェフソムリエに就任。松坂牛などに代表される地元の熟成肉や伊勢の魚介類など三重の豊かな食材に惹かれ、現職。

ワイン雑誌への寄稿やワインセミナー多数。

ワインスクール、レストランマナー講師も勤める。



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