偉大なる難曲の名を冠したワイナリー「ジャイアント・ステップス」

ジャイアント・ステップスとは、1960年に、ジャズ史上最高の天才と評されるサクソフォーン奏者ジョン・コルトレーンが発表したオリジナル曲であり、同名のアルバムでもある。ジャイアント・ステップスは、長3度という当時では非常に珍しかった転調を16小節の1コーラス間に10度も繰り返す上に、かなりのハイテンポで演奏するという、極めつけの難曲として知られている。また、当時ハード・バップ最高の奏者として知られていたコルトレーンが、固定概念の壁を突破し、新たな領域への挑戦を高らかに宣言し、文字通り孤高の存在となった、極めて重要なターニングポイント的作品でもある。


コルトレーンがジャイアント・ステップスで主題とした長3度の転調は後に「コルトレーン・チェンジ」と呼ばれるようになり、以降、数多くの音楽に強大な影響を与えた。目まぐるしい転調を正確に追いつつ、メロディアスなインプロヴィゼーション(アドリヴ)をするためには、音楽理論への深い理解、膨大な練習量、そして天賦の才能が必要とされるため、発表から60年以上経った今でも、ジャズ演奏において、一流の奏者か、そうでないかを分かつ大きな指標となっている。


さて、音楽に相当明るい人(余談だが、筆者はアメリカ・NYで音大を卒業している)にしかわからないような話を、わざわざ長い前置としたのには、当然理由がある。


オーストラリアのヤラ・ヴァレーに、ジャイアント・ステップスというワイナリーがあるからだ。


一人のワインプロフェッショナルとして以上に、一人の音楽家として、ジャンアント・ステップスという名を冠するなら、半端でつまらないワインは全く許容できない


コルトレーンのジャイアント・ステップスとは、つまり聖域であり、革新、挑戦、新たなスタンダードの象徴的存在なのだ。


さて、オーストラリアのジャイアント・ステップスはどうだろうか。


結論から言うと、コルトレーンが同曲に込めたある種の「狂気」と同じ匂いのするワインだ。


シャルドネにおいては、野生酵母のみで、500リットルの中樽(パンチェオン)で発酵、熟成は小樽(新樽比率20~25%)、ワインの移動は全てグラヴィティ・フロウで行い、ポンプを用いない。マロラクティック発酵は基本的にワインの意思に任せつつ、バトナージュのみ、単一畑のテロワールとヴィンテージの特徴により柔軟に変化させている。軽く清澄はするが、無濾過で瓶詰め。ピノ・ノワールにおいては、同じく野生酵母のみで、基本的に小さなオークファーメンターで発酵(クローンの種類によって全房か否かを判断)、熟成は小樽(新樽比率25%)、グラヴィティ・フロウでラッキング後は、無濾過無清澄で瓶詰め。添加物は亜硫酸のみで、これも適切かつ必要最低限な添加量におさめている。


このあたりまでは、テクニックとナチュラルを両立させた、現在最もアップ・トゥ・デートなタイプの醸造と言える範囲だ。


しかし、偉大な音楽の名を冠したこのワインに「狂気」をもたらしているのは、それら一つ一つの「手段」そのものではなく、全ての手段が緻密に連動することによって叶えられた集合的な一つの「個性」である。


シャルドネ、ピノ・ノワール共に、広域、単一畑を問わず、あらゆる醸造行程において徹底徹尾貫かれているのは、驚異的に精密なオキシジェン・マネージメント。樽は酸化を促し、グラヴィティ・フロウは酸化を防ぎ、スクリューキャップで閉じて瓶詰め後は完全に還元的な環境を保つ。


その結果として、計算し尽くされた酸化によって華開いた香味のピークポイントが、還元的な状態で完璧に保存され、異次元的に「ピュア」な表現に至っている


もっと簡潔に書こう。


ジャイアント・ステップスというワインは、とにかく美しいのだ。


今回テイスティングしたジャイアント・ステップスのワインは10種。


シャルドネの単一畑が3種。

広域シャルドネが1種。

ピノ・ノワールの単一畑が4種。

広域ピノ・ノワールが1種。

そして、今回はレビューしないが、ローヌ系品種のブレンドが1種。



単一畑シャルドネ

Tarraford Vineyard Chardonnay 2020(国内価格:¥5,500)

標高100mと、単一畑の中では最も標高が低い谷間の平地に位置するタラフォード・ヴィンヤードは、引き締まったミネラルのコアと、柔らかい果実味のファーが魅力的なコントラストを生み出す逸品。単一畑シャルドネの中でも、最も親しみやすい個性と言えるだろう。


Sexton Vineyard Chardonnay 2020(国内価格:¥5,500)

標高は130~210m。急勾配の斜面に位置しており、薄い表土を突破して地中深くまで根が張る。凝縮した力強い果実味、ある種のヨード的なアロマを伴う、強烈なミネラルが特徴的で、威厳に満ちた味わいと言える。


Applejack Vineyard Chardonnay 2020(国内価格:¥5,900)

標高は220~320m。アッパー・ヤラ・ヴァレーと呼ばれる、特段に冷涼なエリアの斜面に位置する畑は、涼しい期間が長いため、収穫もより低地のエリアより、1ヶ月以上遅くなることも多い。生育期間の長さがそのままワインに反映されたかのような、充実したフェノールを感じさせるパワフルでヴォリューム感のある味わいと、独特のスパイス感が魅力。





単一畑ピノ・ノワール

Sexton Vineyard Pinot Noir 2020(国内価格:¥5,900)

シャルドネと同様に、強い凝縮感とミネラルが特徴的で、非常にエレガントな印象。微かにスモーキーなアロマ、ダーク・チェリーやプラムのような果実味は、どことなく「陰った」印象にも繋がり、単一畑の中でも最もブルゴーニュ的な雰囲気をもつ。


Applejack Vineyard Pinot Noir 2020(国内価格:¥5,900)

ベリー系の非常に明るいアロマに、マッシュルーム的な土っぽさがエキゾチックなタッチを加える。中心部には強固なミネラルが陣取っているが、周囲は丸く優しい果実味でソフトに覆われている。コントラストというよりも、グラデーション的なシームレスさが魅力で、非常に完成度が高い。


Primavera Vineyard Pinot Noir 2020(国内価格:¥5,900)

標高230mのより平坦な場所に位置しているのがプリマヴェーラ・ヴィンヤード。平地らしい大らかさと朗らかな個性があり、ジューシーで柔らかく、親しみやすい。現状では最も開いている単一畑ピノ・ノワールでもある。複雑性には劣るが、難しさが無いというのは、十分な利点だ。


Fatal Shore Pinot Noir 2020(未輸入)

ヤラ・ヴァレーから離れ、オーストラリア最南端の産地であるタスマニア島の、さらに南端部にある畑からこの興味深いピノ・ノワールが生まれている。この地域は非常に涼しいエリアではある一方で、日照時間が長い。つまり、基本的にはヴォリューム感のある果実味、高い酸、強めのタンニン、そして濃い色となる。ファタール・ショアは、そういう意味ではまさに教科書的な味わいであり、ジャイアント・ステップスというワイナリーが、テロワールの個性を正確無比に描き出せる能力を有していることを、証明しているような見事なワインだ。




単一畑総括

単一畑のシリーズは、シャルドネ、ピノ・ノワール共にそれぞれの畑の個性が、たっぷりのディテールと共に描き出された傑作揃い。そして、国内価格5,500~5,900円というのは、破格と言っても過言では無い。価格帯としては、近年一気に注目を集めた南アフリカ産のカルト的なブルゴーニュ品種ワイン(多くのものが国内価格6,000円強)と十分に競合できるだけの品質があり、新興産地に押されてやや陰りがちのオーストラリアワイン市場に、新たな光をさす頼もしい存在となっていくだろう。




広域シャルドネ、ピノ・ノワール

Yarra Valley Chardonnay 2021

Yarra Valley Pinot Noir 2021

(共に国内価格 ¥4,200)

テローワル至上主義的な単一畑シリーズとは、大きく性質を異にするのが広域のシリーズ。複数の単一畑をブレンドし、総体としてのヤラ・ヴァレーを表現しているラインナップとなっているが、精密なテロワール表現を無くした代わりに、圧倒的なフレッシュさを獲得している。より万人受けする味わい、と表現しても良いだろう。フレッシュ&クリーンなスタイルは競合も非常に多い分野ではあるが、ジャイアント・ステップスの高い技術とセンス、ヤラ・ヴァレーの偉大さが合わさった広域シリーズは、この手のワインにありがちな単調さはなく、確かな緻密さと繊細な表現が込められた快作となっている。




さらなる進化のために

現状、ジャイアント・ステップの葡萄畑はサスティナブル(リュット・レゾネ)的な手法のもとで管理されている。冷涼なヤラ・ヴァレーは、完全なオーガニック転換が容易な場所では決して無いが、前例は確かにある。また、2020年にジャイアント・ステップスは、アメリカのジャクソン・ファミリー・ワインズ(カジュアルワインからウルトラハイエンドまで、世界各地で展開)の一員となった。強力な資金面でのバックアップがあれば、多少のリスクを負ってオーガニックへと突き進むのは、非現実的な話では無いだろうし、ジャクソン・ファミリー・ワインズはオーガニック転換に積極的なグループでもある。現状でも素晴らしい品質を実現しているジャイアント・ステップスは、ビオロジックやビオディナミへの転換という新たな「ジャイアント・ステップ」を踏み出すことによって、さらに高位の領域に達するだろう。そうなるとワインの価格は上がるだろうが、筆者としては何の不満も無い。むしろ、現状の価格(特に単一畑シリーズ)は安過ぎるのでは無いだろうか。