2021年9月28日8 分

Advanced Académie <16> ビオディナミ・後編

最終更新: 2021年11月5日

前稿に続き、本稿でもビオディナミの詳細に迫っていく。ビオディナミ農法とオーガニック農法を決定的に隔てるものが2つある。調合剤(プレパレーション)ビオディナミカレンダーとも呼ばれる「農事暦」の存在だ。

調合剤

ルドルフ・シュタイナーは、植物が自然に備えている力(抵抗力)を最大限発揮することを手助けするために、動物の糞薬用成分を含む植物、特定の鉱物といった天然物のみを由来とした、極めて詳細な条件に基づく特殊な調合剤とその製法を考案した。中には、特定の植物と特定の動物の臓器の組み合わせが指定されているものまであるが、全てが特有の作用を達成するという明確な目的のために指定されている。調合剤は、シュタイナーが説く壮大で難解なエネルギーシステムと深く関連しているが、正確に理解するのは容易では無い。また、それぞれの調合剤には、関連する惑星が明示されているが、話が複雑化する上に、根拠も不明瞭、理解も容易ではなく、実践者以外には不必要な情報とも言えるため、割愛する。調合剤は、即効性が高いものではなく、効果を発揮するには下準備が必要となる。具体的に言うと、調合剤が効果を発揮するためには、畑から毒物(化学合成農薬、化学肥料)による悪影響が相当程度消失している必要がある。そのため、ビオディナミ農法に転換しても、その効果は直ぐには現れず、多くの場合3~5年の期間続けて、ようやく効果が現れる。

雌牛のツノ

後述する500番、501番の調合剤に深く関係している。なぜ雌牛のツノなのか、そこには明確だが難解な理由がある。シュタイナーの理論を可能な限り簡潔に説明すると、空洞である雌牛のツノは内部的にはエネルギーを留める役割を果たし、外部的には太陽のエネルギーとの繋がりを作り上昇的エネルギー(雌として、生命を育むエネルギー)を生み出す役割をもつ、ということである。この理論を目の当たりにして、多くの読者が、全く疑問を拭い切れないのは当然だと思う。筆者も似たようなものだ。なので、客観性をもつために、とある実験結果についても述べておく。牛糞を瓶に詰めたものと、雌牛のツノに詰めたものを用意し、同じ条件の元、地中で熟成(発酵)させたものを比べると、雌牛のツノに詰められた牛糞の方が、微生物の活動が70倍も高かったとのことだ。

ディナミゼーション

調合剤の仕上げには、ディナミゼーションと呼ばれる工程が必要とされている。ディナミゼーションは、指定された正しい工程を経た素材(雌牛のツノに詰めて、冬の間地中に埋められた牛糞など)をぬるま湯に入れ、1時間ほど激しく「攪拌」する工程である。螺旋模様ができるように、一方向に激しく攪拌させ、螺旋の渦が容器の底に達した段階で回転の向きを急激に反転させて再度攪拌する、という作業を繰り返す。コーヒーに砂糖を溶かすために攪拌するのと同じ、と思いたいところではあるが、ディナミゼーションの真の目的は、水に溶かすことにはあらず、エネルギーを活性化させることにある。なぜ、攪拌によってエネルギーが活性化するか、そして、そもそもエネルギーとは何なのか、という点に関しては、力学的エネルギーとは大きくかけ離れた概念でもあるため、あまり深く追求しない方が良いように思う。ディナミゼーションに関する理解は「エネルギーの活性化」の部分までで、十分だと思うが、一応参考までに、「その先」も述べておく。

螺旋渦の回転を、急激に半回転させた瞬間に、渦に数字の8にも似た「ねじれ」が生じ、ビオディナミではこのねじれを「カオス」と呼ぶ。カオスは、ビオディナミ(シュタイナーの人智学)において重要な要素である、物質世界(この世)と精神世界(あの世)が交差する特異点である。そして、生命の誕生は必ずカオスを通過して果たされる、という考えがあるため、植物という生命に対する農法の一部である調合剤にカオスが現れることは、ビオディナミ的には、極めて重要なのである。理解できなくて当然。これ以上の深入りは、お勧めできない。

500番

内容:牛糞を雌牛のツノに詰めて発酵させ、冬の間に「正しく選ばれた」場所に埋めたもの。

使用方法:1haあたり、牛糞60gを40Lの水に混ぜて、夕方に土にまく

使用目的:活性化された微生物を、土中に増やす

解説:最も重要視される調合剤の一つ。特有の奇異なプロセスは経るものの、実態としては、土に含まれる微生物の数を増やす、というシンプルかつ極めて効果的な目的がある。植物の根と微生物、真菌類等は、栄養分(ミネラル)の吸収を取り巻く複雑な共生関係を築いていると考えられており、微生物はその「運び役」として重要な役割を果たしている。

501番

内容:粉末状にした石英(シリカ)を雨水と混ぜて、雌牛のツノに詰め、春に地中に埋めて、秋に堀り出す。

使用方法:早朝に、植物の葉に直接噴霧する。

使用目的:葉の活性化と光合成の促進

解説:最も重要視される調合剤の一つ。冬に埋める500番と違い、春から夏にかけて埋めるのは、光合成に働きかけるという太陽のエネルギーとの関連から、日の長い間にエネルギーを蓄えるという考えから。単純に考えると、調合剤に含まれた石英がアンテナのような役割を果たして太陽光を集める媒介になる、とも言えるが、地中に埋める必要が(科学的見地から)あるのかどうかは不明である。

502~507番

内容

502:ノコギリソウの花を牡鹿の膀胱に入れて発酵させたもの

503:カモミールの花を雄牛の腸に入れて発酵させたもの

504:イラクサの煮出し液

505:樫の樹皮を家畜の頭蓋骨に詰めて発酵させてもの

506:西洋タンポポの花を雌牛の腸間膜に入れて発酵させたもの

507:カノコソウの花の絞り汁

使用方法:502〜507番の全て、もしくは一部を堆肥に加えて、秋にまく。

使用目的:地中の微生物たちが、効率的に活動できる環境を整える。

解説:502~507番の全ての植物素材が、特定の薬用効果をもっており、中には動物の内臓がもつ機能や、頭蓋骨のカルシウムの働きによって、その効果を高めると考えられているものも多い。その効果は、地中の栄養バランスを整えること、に集約されているとも言える。また、502~507番は、重要な調合剤である500番と501番が正しく作用する環境を整える前準備をする役割ももつ。

508番

内容:スギナの煮出し液

使用方法:噴霧する

使用目的:真菌類の病害を予防

解説:

真菌類系の病害対策という目的に他にも、各調剤の調整的な役割をもつと考えられている。

調合剤総括

ビオディナミの調合剤は、499番まであるホメオパシー(ドイツで医師をしていたザムエル・ハーネマンが、医学の祖とされるヒッポクラテスの考えに基づいて、誰しもがもつ自然治癒力に働きかける療法として、1796年に提唱した。)の調合剤に続くものとして考案されているため、ホメオパシーと同じく科学的見地からは、厳しくその効果が否定されることも多い。多少の語弊はあるが、日本人にとっては葡萄栽培における「漢方薬」的なもの、と理解すると、わかりやすいかも知れない。

ビオディナミカレンダー

1922年生まれのドイツ人女性マリア・チューンが、フランツ・ルルニが販売していた一般的な農事暦を、シュタイナーが説く「宇宙のリズム」と連動したビオディナミカレンダーとして、天文学を深く学んだ後に発展させたもの。ビオディナミカレンダーには、「根の日」、「葉の日」、「花の日」、「果実の日」が惑星の動きに連動して定められており、様々な作物の種まきや収穫のタイミングが驚くほど詳細に指定されている。ビオディナミ農法と同様に、マリア・チューンのビオディナミカレンダーもまた、極めて神秘的な側面を有しているが、ビオディナミ農法の確固たる指針の一つとして、実践者から大きな信頼を得ている。ワイン造りにおいては、醸造の様々な工程においても(特に澱引き瓶詰め)、ビオディナミカレンダーが参照されることがある。一方で、ビオディナミカレンダーの効果を、科学的に説明することは非常に困難だと考えられている。月の満ち欠けならまだしも、その他の惑星の働きとなると、物理学的、力学的立証は、全くもって容易では無いのだ。それに、惑星の働きが、実際の天候と高い精度で連動している訳でも無い。例えば種まきの日が、大雨だったとしたら、種は雨に流されてしまうだろう。収穫の日が大雨になることだって、当たり前のようにあるはずだ。

また、果実の日や花の日にはワインが美味しい、という話も良くあるが、この話に関して、筆者は極めて懐疑的な立場をとっている。仮に何かしらの惑星からのエネルギー(ビオディナミではフォースと呼ぶ)が、ワインの味わいに影響を与えているとしても、その影響は有機物にしか作用しないのでは無いだろうか?つまり、亜硫酸によって滅菌されていない、微生物の活動が止められていないワインであれば、ビオディナミカレンダーの影響を受ける可能性が(それでも懐疑的だが)僅かながら残されていると言える。

信じるか、信じないか

ビオディナミ農法の全てが、科学的に全く解明できないものでは無いようだが、それでもある種の「信仰」によって成り立っている部分はある。しかし、幸いなことに、様々な宗教における神々のように「目には見えない」ものではなく(宗教に対する批判的な意味は一切ないので、誤解なきよう)、作物という結果から、その効果の有無を判断できるものではある。そして、消費者となる我々も、ワインという結果から、ビオディナミの効果を判断することができる。少なくとも筆者はこう考える。前稿と本稿で述べてきたような調合剤などによるビオディナミ農法の効果が全て嘘で、実際は畑仕事の厳格化と実質的なオーガニック化による相乗効果だったとしても、筆者の考えは変わらない。

ビオディナミは、間違いなく効く。