2023年6月5日6 分

アメリカ西海岸の最前線 -Sashi Moorman-

『レトロなワインであり、昔のスタイルのワイン。』

アメリカ西海岸の最前線に立つサシ・ムーアマンは、自身のワインをそう表現した。

カリフォルニアでは、Domaine de la CôteSandhiPiedrasassi、そしてオレゴンではEvening Landのワインメーカーとして活躍するサシは、筆者とも懇意にしている造り手だが、私はあえて彼のワインをこう表現しようと思う。

『現代の知見で精巧に再現された、アンティーク調のワイン。』

そう、確かにレトロで昔風だが、サシのワインは、「今」の先頭を駆け抜けているのだ。

ワインにおけるスタイル上の世界的なトレンドは、常に「揺り戻し」を繰り返しながら前進してきた。

1990〜2010年代初頭にかけての約20年間は、広義でいうと「技術の時代」と考えて差し支えないと思うが、今の最先端は、1960~1980年代と第二次世界大戦以前のアプローチを混ぜ合わせた上で、最新の知見を随所に取り入れたスタイルが主流となりつつある。

そして、その最先端スタイルの根幹を成しているものは、「冷涼気候」「低介入醸造」だ。

サシが目指すワイン造りも、その根源はこの2点に集約される。

彼自身、ブルゴーニュや北ローヌ地方のワインを愛飲してきたが、かつては「冷涼産地」の代表格として知られた銘醸地も、温暖化によるティピシテの変容という、厳しい現実を突きつけられている。

そして今、世界が変わりゆく中、偉大な過去のワインに強い憧れを抱く造り手たちは、新たな冷涼地を探し求めているのだ。

このムーヴメントの最も興味深い点は、ターゲットとなる冷涼地のロケーションが、オールドワールドに全く限らない、ということにある。

より自由かつ広範囲な探索活動が、このムーヴメントを強力に支えているのだ。

さらにサシ・ムーアマンは、冷涼地というコンセプトに、「高密植がプラスとして働く」ことを条件として加えている。

詳細は以前の特集記事【コンテンポラリー・アメリカ 第二章】をお読み頂きたいが、かいつまんで説明すると、高密植化がその効力を最大に発揮するためには、冷涼気候、養分の少ない痩せた土壌、高密植度合いと自然な水分量の適切なバランス、という3つの要素が正しく揃っている必要がある、ということだ。

そして、アメリカ西海岸において、この条件が最も整いやすいのは、海から近い距離の場所となる。

一般的には、緯度や標高が重視されがちだが、強い寒流が流れ込むアメリカ西海岸では、それらよりも海への近さが決定的な要素となるのだ。

暖流となるヨーロッパ近海とは冷涼地の条件が正反対になるという特徴は、パワー型ワインが隆盛を極めていた時代には軽視されていたが、今その利点が強く輝こうとしている。

今回サシの来日にあたって開催されたテイスティングセミナーでは、彼が手がける4ワイナリーのフラグシップに相当するワインが登場した。

全てのワインに、最低限の亜硫酸を除く、あらゆる添加物の排除という低介入醸造が貫かれている。

Piedrasassiからは、Syrah “Rim Rock Vyd.” 2020

Arroyo Grande Valleyの西部、海から約11kmというスポットに、葡萄畑がある。温暖化の影響が非常に厳しい北ローヌ地方では、もはや絶滅危惧種とすらいえるアルコール濃度12%代の「熟したシラー」が、カリフォルニアから登場しているという事実にも驚かされるが、その酒質もまた凄まじい。

全方位に伸びるしなやかな味わいには、緻密かつ強靭なミネラル感(自根とのこと)、冷涼地シラーならではの黒コショウ的スパイス感、全房100%ながら青臭さを一切感じさせないフェノールの高い熟度、ぼやけがちなシラーの体躯を引き締める適切な酸といった、かつての偉大なコート・ロティを思い起こさせるような要素が散りばめられている。

Sandhiからは、Chardonnay “Romance” 2021

2015年にSanta Rita Hills AVAの最西部、つまり最も海に近く冷涼なエリアに植樹されたシャルドネからは、アルコール濃度12.8%ながら、かつてのブルゴーニュ・グラン・クリュを強く想起させる、桁違いのインテンシティをもったワインが生まれた。

まさに、新時代の冷涼地ワインを代表するような、圧巻の酒質にはただただ驚かされる。このようなシャルドネが、続々とアメリカ西海岸の冷涼ポケットから登場するのであれば、もはやワイン界の常識も、過去のティピシテに固執したままのテキストも、大幅に書き換えられるべきだろう。

Domaine de la Côteからは、Pinot Noir “La Côte” 2021

同じくSanta Rita Hills AVAの西側にある葡萄畑で、非常に冷涼なポケットとなる。頁岩が多い斜面上部の葡萄を用い、全房比率は100%となっている。

このワイナリーに関しては、「冷涼なヴィンテージの、最高の生産者による、全房100%のブルゴーニュ」と言うコンセプトが明確に打ち立てられており、その味わいには、かつてのDRCすら想起させるような、底知れない奥深さ妖艶で蠱惑的な魅力が見え隠れしている。

Evening Landからは、Pinot Noir “La Source” 2019

ワイナリーが所有するSeven Springs農園の中でも、ベストとされる区画から。オレゴンのピノ・ノワールは、カリフォルニアのSanta Rita Hillsと比べても、タンニンが強くなる傾向があるため、抽出は極限までソフトにしてあるとのこと。

土壌は鉄分を多く含む火山系粘土であるJoryが主体。粘土系土壌らしく、重心がやや低めとなりながらも、同時に確かな飛翔感を宿らせている点には、サシの豊かな経験、明確なヴィジョン、そして高いセンスを感じる。全房比率が33%(約1/3)となっていることも、全体的に明るくジューシーな味わいの一因として考えられるだろう。ブルゴーニュで例えるなら、Pommardの優れた一級畑的性質と言えるだろうか。

なお、全房発酵関連では、非常に興味深いサシ独自の考えを伺うことができたので、レポートしておく。

まず、全房比率の決定に関しては、「梗の太さ」が重要な判断要素となるとサシは断言した。

そして、梗の太さは土壌とも密接に結びついているとのこと。

岩石の多い土壌では梗は細くなり、全房比率を高めやすくなる一方で、粘土の多い土壌では

梗が太くなるため、全房比率を大きく上げるのが現実的ではなくなる。

この考えは、Domaine de la Côte(頁岩の多い土壌で、全房比率100%)とEvening Land(粘土の多い土壌で、全房比率33%)の違いとして、はっきりと反映されている。

また、全房発酵に関連して多数のワインメーカーから良く聞く「Fake Acid」の正体に関して質問すると、実にサシらしい理知的な返答があった。

Fake Acidとは、全房発酵によってpH値が上昇する(酸が下がる)にも関わらず、なぜか結果としては酸が強まったように感じることが多いという不思議な現象に対する、便宜的な表現なのだが、サシはこの現象を「揮発酸」で説明した。

確かに、pH値が上がることと、亜硫酸添加を極限まで控える「低介入醸造」が合わさると、揮発酸が発生しやすくなるはずだが、サシによると、この微量に発生した揮発酸こそが、Fake Acidの正体である可能性が高いとのこと。

Fantastic!と返したくなったほど、痛快にストンと腑に落ちる見解だった。

私はサシ・ムーアマンを、新時代を象徴するアイコンの一人だと考えている。

そう考える理由は、私とサシの仲とは全く関係なく、彼の造り出すワインそのものが、新時代の息吹に満ち溢れているからに他ならない。