2023年3月11日7 分

ビオディナミのリアル

3月10日、オレゴンからEvening Land Vineyardsサシ・ムーアマン(他関連ワイナリー:Sandhi WinesDomaine de la CôtePiedrasassi)をゲストに迎え、「ビオディナミを説く」と題したオンライン・セミナーを開催した。

信じるか信じないか、といったどうにも宗教的な見解に至りがちなビオディナミ農法だが、原理はさておき、結果でのみその是非を判断すべき、というのが私自身の考え方だ。

だからこそ、ゲストにサシ・ムーアマンを迎えた。

以前、カリフォルニアの特集記事を組んだ際にも、徹底した現実主義者のサシならではの正直な言葉に、随分と助けられたからだ。

本記事はサシとの対談をもとに、ビオディナミのリアルを(私自身の備忘録も兼ねて)掘り下げていく内容となる。

また、ビオディナミ農法そのもに関する説明は、以前寄稿したAdavanced Académie 1516をご参照いただきたい。

実際のセミナーでは、5つのテーマに分けてディスカッションを行ったが、内容が重複する部分もあったため、整理した形で記述していく。

テーマ1

農法の違いは、最終的なワインの品質に直結するのか。

この問いに対するサシの返答は、YesでもありNoでもあった。

まず、現実として慣行農法で育てられた葡萄から、偉大と呼ぶにたるワインはたくさん造られていることを、改めて認識すべきだろう。

数多くの伝説的なブルゴーニュも、ボルドーも、シャンパーニュも、バローロも、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノも、リオハも、慣行農法の葡萄から造られていた時代があったのは事実。

現実を素直に受け入れれば、「慣行農法では素晴らしいワインが造れない」といった極論が、そもそも破綻していることに気付くだろう。

その上で、ビオディナミ農法(ビオロジックも含め)がワインをさらなる高みへと押し上げるケースが多々存在しているのもまた、事実だ。

その最たる理由には、野生酵母が深く関わっている。

ビオディナミ農法(ビオロジックでも)では、果実の表層部に蓄えられる野生酵母の数が劇的に増える。そしてその野生酵母は、テロワールの複雑性を表現するための、極めて重要な要素となる。

実際に、ビオディナミ農法(ビオロジックも同様に)の葡萄と、慣行農法の葡萄とでは、発酵時に明らかに酵母の挙動が異なるそうだ。酵母の活動は気泡となって現れるため、目視で明確に違いが確認できるとのこと。

しかし、ここには大きな誤解も潜んでいる。

ビオディナミ農法には、どの葡萄畑のどの葡萄品種でも、品質を向上させる、といった魔法に近いことを可能にする力は無い

あくまでも適地適品種(正しい場所に、正しい葡萄品種が植えられている)が大前提にあった上での、ビオディナミの効果なのだ。

実際に筆者は、ビオディナミ農法で育てられたという日本のピノ・ノワールを飲んだことがあるが、その品質は2杯目に進むことを拒絶してしまうほど、悲惨なものだった。

テーマ2

調合剤(プレパラシオン)の効果は認められるのか?

調合剤の有効性(特に500番501番)に関しては、サシは当初かなり懐疑的だったそうだ。500番、501番共に、基本的には極々僅かな量しか散布しない。栄養学的側面から冷静に見た場合、そのような極微量の散布が、大きな効果を発揮するとは到底考えられなかったからだそうだ。

しかし、結果だけを見る限り、その効果に関しては疑いようが無いとサシは語っていた。原理は完全には不明だが、実際に土壌の中に生きる様々な微生物たちの活動は著しく活性化し、その微生物たちの種類や数も劇的に増えたとのこと。

502~507番に関しては、一部を堆肥に混ぜて使用しているとのこと。ただし、その原料となる薬草類は、農園内で育てた(育てられる)ものに限定している。葡萄畑を取り巻く環境の中で、当たり前のように育つ薬草を用いることに意味がある、とサシは考えているそうだ。

確かに、ビオディナミ農法の提唱者でもあるシュタイナー自身が、農園内で循環するということを重視していた。

オレゴンの気候ではうまく育たない薬草を、わざわざ使うことこそ、ビオディナミの本質とずれている行為なのではと、筆者も強く同意する。

真菌系の病害に対する予防措置として使われる508番に関しては、ほとんど使用しないそうだ。

テーマ3

ビオディナミカレンダーには有効性が認められるのか?

「葡萄畑においては、理に適うタイミングでのみ参考にする。」とサシは語った。Evening Landでは「現実的」であることを重視しているため、ビオディナミカレンダーを遵守することによって「非現実的」な作業が強いられることを、良しとしないのだ。

これは、ビオディナミカレンダーがそもそもミクロな領域に対して定められたものでは無いことに起因していると言えるだろう。

例えば特定の作業がビオディナミカレンダーによって指定されている日が、大雨だったとする。

そのような日に、本来すべき農作業を無視してまで、カレンダーが指定する見当違いな作業をすることは、理に適っているとは言えない。

また、醸造においては一切考慮しない、とのこと。

「物理学的に考えると、大きな力(惑星の動きなど)が影響を及ぼすには、大きな物体(海など)が必要となる。樽に入った僅かな量のワインに、大きな力が影響を及ぼすというのは、さすがに物理学の法則から外れすぎている。」

とサシは冷静に語った。

話はさらに、ビオディナミカレンダーが示す、果実の日、根の日といったものによって、ワインの味わいが変化するかどうか、というとこにまで及んだ。

人間が影響を受けている、もしくはワインの中に生きる微生物が影響を受けている可能性があるのでは、というのが私の主張。

それに対し、サシは「真の複雑性を宿したワインは、あらゆる環境の変化に影響を受ける。それは果実の日だからどう、というレベルではなく、屋内か野外か、晴れか雨か、といった変化でも、大きな影響を受ける、ということ。」と返答した。

そして、我々が同意したのは、「少なくとも確信的に言えるのは、そのような影響がより顕著に現れるのは、テロワールの真髄を宿した複雑な味わいのワインだけであり、大量生産を目的とした慣行的な農法や醸造によって造られたワインに、顕著な変化は生じない。」という点だ。

テーマ4

ビオディナミ農法とサスティナビリティ

慣行農法で育てられた葡萄(当然、化学合成農薬への依存度にもよるが)でも、優れたワインを造ることはできる(実際に自身が造ってきた)というスタンスのサシは、ビオディナミ農法を別の目的のために実践しているという。

それは、葡萄樹を可能な限り長く生きさせる、という目的だ。

サシの話によると、品質に直結する、という意味で確定的にYesと言えるのは、ビオディナミ農法ではなく、古樹とのこと。

そして、ビオディナミ農法は葡萄樹の寿命を延ばすために、最適解であると語っていた。

植え替えというのは、資源的にも金銭的にも負担が大きい。

古樹を守る為、というのは確かにビオディナミ農法の見落とされがちなサスティナビリティだろう。

一方で、二酸化炭素排出量(カーボン・フットプリント)という点においては、決してビオディナミは優れていない、とサシは語った。

ビオディナミ農法で認められている調合剤や自然農薬は、化学合成系に比べるとどうしても効果が弱いため、散布量と散布回数が増えがちになる。全て手吹きするというのも、ある程度の規模になれば非現実的となってしまうため、必然的にトラクター等の使用頻度が上がる。つまり、より多くガソリンを使って機械を動かすことに繋がる、ということだ。

総括

サシとの対話で改めて実感したのは、完璧な農法というのはそもそも存在していない、ということだ。ビオディナミ農法も、慣行農法も、広い視野で見ればそれぞれ一長一短であり、善悪二元論で語ること自体が間違っている、とすら思える。

とはいえ、筆者個人の立場が、ビオロジックとビオディナミの推奨にあることは変わりない。

慣行農法は確かに様々な面で高い安定性をもたらす。特に、経済面、そして(葡萄を無駄にしないという意味での)サスティナビリティに関しては、重要な役割を果たす。

しかし、そのような「人のエゴ」の犠牲となるのは、本来そこにあったはずの自然、そして生態系の調和だ。

我々は今、まさに実感しているではないか。

エゴが積み重なった結果の、気候変動という現実を。