2023年1月18日4 分

Not a Wine Pairing <1> クリームティー

クラシック・ペアリングというものは、何もワインの専売特許という訳ではない。

特定の食と飲が同一文化の中で共存し続けた結果、一部の組み合わせが完璧なクラシックへと昇華する例は、世界各地に少なからず存在する。

ペアリングの新シリーズ「Not a Wine Pairing」では、『ワイン以外のクラシック・ペアリングから、ワイン専門家や愛好家が何を学べるのか』をテーマとして、様々な検証を行なっていく。

第一回のテーマは、ワインと食というイメージからはどうにも遠い、イギリスのクラシック・ペアリングである「クリームティー」。

嘘か誠か、『全国民が毎日5杯紅茶を飲む』、とすら言われるほど紅茶文化が浸透しているイギリス。朝起きてすぐにベッドの上で飲む「ベッドティー」、ベッドサイドで飲む「アーリーモーニングティー」、朝食と紅茶を楽しむ「ブレックファストティー」、昼食前のひと休憩として嗜む「イレブンジス」、英国的優雅なひとときの象徴、皆様ご存知の「アフタヌーンティー」、夕方以降に肉料理や魚料理と楽しむ「ハイティー」、そして夕食後の「アフターディナーティー」など、1日の半分がティータイムなのでは?とすら思ってしまうほど、様々な様式が確立している。

今回テーマとする「クリームティー」も、ティータイムの一種だが、上流階級の文化だったアフタヌーンティーが、紅茶価格の下落に伴って中流階級や労働者層へと広がっていく中で、(アフタヌーンティーからサンドイッチや菓子類が省略されるという形で)簡略化されたものとなる。

クリームティー」を構成しているのは、4つの要素。

スコーン、クロテッドクリーム、ジャム、そしてミルクティーだ。

スコーンに関して説明する必要は無いと思うが、クロテッドクリームは日本ではまだまだ馴染みが薄いものだろう。

クロテッドクリームは、イギリス南西部にあるデヴォン州とコーンウォール州の伝統的な乳製品で、生クリームとバターの中間的なもの。

乳脂肪分約60%という濃厚で滑らかで分厚いクリームには、ある種の背徳感すら感じるが、「スコーンはクロテッドクリームを美味しく味わうために存在する。」と考える人すらいるほど、代替のきかない重要なパーツだ。

非常に手間はかかるが生クリーム(乳脂肪分47%以上)から自作することもできるし、少々高価だが、既製品として市販もされている。より安価な日本産のものもあるが、本場のクラシック・ペアリングを味わうのであれば、デヴォン州やコーンウォール州産のものを探したいところだろう。

クリームティー」では、熱々のスコーンを水平方向に真ん中で割って、背徳感は全力で忘れ去った上で、惜しげもなくクロテッドクリームとジャム(イチゴジャムが伝統だそうだが、柑橘のマーマレードでも、少し珍しいがイギリスっぽいルバーブのジャムでも良い)を塗り、ミルクティーと共に楽しむ。

ミルクティーに使用する紅茶は、アッサム(インド)やセイロン(スリランカ)が定番。

そしてこのクラシック・ペアリングの完成度には、目を見張るものがある。

スコーン特有の「粉っぽさ」は好き嫌いが分かれるところだが、ミルクティーという液体が混ざることで、しっとりとしたテクスチャーへと変化する。さらに、紅茶の渋みが、素材(粉)の繊細な味わいを、くっきりとした輪郭をもたらすように引き出してくれる。ミルクはクロテッドクリームの甘味にさらなるブーストをかけながら、クリームと完璧に調和する。

「クリームティー」の凄さはこれだけではない。スコーンと紅茶、クロテッドクリームとミルクという組み合わせが完璧だからこそ、エクストラの要素であるジャムの味わいが、余韻で弾けるように飛び出してくるのだ。

エレガント&ドラマティック。

まさに極上のペアリングだ。

「クリームティー」の要素をワインペアリングに置き換える際は、最後にジャムが弾けるドラマ性を再現したいところ。

そのためには、料理の塩とワインの酸、料理の甘味とワインの甘味、料理のクリーム風味とワインの新樽風味、などなど「固い組み合わせ」を複数作った上で、エクストラ要素となる風味を料理かワインのどちらかにもたせれば良い。

ペアリングの説明をする際に、「イギリスのクリームティーに着想を得たペアリング」などと言えば、(よくわからないところも含めて)実にクールだ。

進化のヒントは、往々にして回り道に隠されている。

ワイン以外のペアリングを知り、検証し、応用する。そしてそれは、「普通とは違う何か」を生み出すための、大きな助けとなるだろう。